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思ってたんとちがう『ロクロ・クビ』 【怪談〜Kwaidan〜】
また小泉八雲の『怪談』の話なのだが、耳なし芳一とムジナに続いて、今度は『ろくろ首』だ。
思えば、あんまりこの話の詳しい内容を知らない。
「女の首が伸びるアレ」みたいなイメージしか浮かばないのだ。
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では、怪談での『ロクロ・クビ』の内容を見ていこう。
(この話、長いぞ……!?)
【旅の僧クヮイリョーと山中の小屋】
500年前、とある旅の僧が長い旅をしていた。
名前はクヮイリョー(回竜)。
かつて彼は勇猛な戦士、イソガイ・ヘイダザエモン・タケツラとして名を馳せたが、主君を亡くして僧侶になったのである。
(サムライの心は未だその身に宿しつつ――)
ある時、クヮイリョーはカイの国の山々を歩いていた。
しかし山を抜ける前に夜になってしまったため、野宿をすることに。
するとそこに木こりの男があらわれ、クヮイリョーに話しかける。
「こんなところで一人で寝ているとは……怪物が怖くないのですか?」
クヮイリョーは、「友よ」と朗らかに答え、
「ゴブリン狐やゴブリン穴熊などは怖くはないですな。外で寝るのは慣れたものです」と返した。
「なんと剛胆な!!」と、木こりの男は驚く。
そして、「しかしやっぱりどうかと思うので、自分の家に来てください」とクワィリョーを家に誘った。
クヮイリョーもなんだか男の態度が気に入ったので、家にいくことに。
たどり着いた茅葺きの小屋に入ると、男女4人が囲炉裏で暖まっていた。
そして彼らは、こんな山奥に住んでいる人間とは思えないほど、クヮイリョーに対して丁寧な挨拶をしてくるのだった。
クヮイリョーはそれを見て、彼らが善良で高貴な出身であることを察知。
話を聞いていくと、木こりらは昔はダイミョーに仕えていたのだが、女や酒の失敗でお家取り潰しになり、こんなところに身を寄せているのだとか。
クヮイリョーは、「悪人こそ覚悟して善行をすれば救われるのです。今宵はあなた方のために経を唱えましょう……!」と宣言するのだった。
そして、深夜までお経をしっかり唱えたクヮイリョー。
なんだかのどが渇いたので裏庭に行こうとふすまを開けると……
なんと!首のない体が5つ転がっていたのである!!!
もはやゴブリンは定番なのでツッコまないが、山中の小屋で遭遇したのは、まさかの「首のない体」であった。
そう、「ろくろ首」といえば首が伸びるものを想像しがちだが、どうやら「ろくろ首」には色々とバリエーションがあるらしい。
・首が伸びまくる
・首が体から分離して飛び回る
・首から分離するけど細い糸みたいなものでつながっている
このうち、「怪談」で語られているろくろ首は、首が体から分離して自由に動くパターンというわけである。
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さて、いったいクヮイリョーはどうするのだろうか……!?
【ロクロ・クビとの戦い】
一瞬衝撃を受けたクヮイリョーだったが、辺りに血の跡がないことに気づき、冷静に状況を考え始めた。
「……ゴブリンの仕業か?……いや、かつてソーシンキ(捜神記)という書物に書いてあった気がする。ロクロ・クビの巣に迷い込んで頭のない体を見つけた際は、その体を動かしてしまえば、頭が体に戻れなくなり死ぬと!」
さっそく彼は木こりの体を運び、外に放り出す。
そしてこっそりと小屋を抜け出すと、木立の辺りで5つの頭が飛び回って話をしているのを発見した。
木こりの頭が叫んでいる。「過去話とかするんじゃなかったわ!!そのせいで経なんざ唱えられて、あいつに近づけないんだが!?」
お経の効き目、バッチリだったようである。
「だがあいつもそろそろ寝るだろう……おい、ちょっとあの男の様子を見に行ってこい!」
命令された女の首が家に様子を見に行き、焦った様子で再び木立に戻ってきて状況を伝える。
「あいつ家にいません!あとあなたの体、動かされてます!!」
それを聞いた木こりの頭は恐ろしい形相になり、
「体が動かされたなら俺はもう死ぬじゃないか!!あの坊主……!死ぬ前に貪り食ってくれるわ!!……ん? あの木の陰に居るぞ!肥満坊主!!」
見つかってしまったクヮイリョー!
そしてクヮイリョーにおそいかかる計5つのロクロ・クビ!!
しかし、クヮイリョーは若木を引き抜き、既に応戦体勢を整えていた。
頭が向かってくるや凄まじい威力で殴りつけ、4つの頭は一瞬で敗北!!
あっという間に逃げ去っていったのだった。(さすが元サムライである)
しかし、もうすぐ死ぬ木こりの頭だけは諦めずに飛びついてくる!
服の袖に噛み付いた頭に対し、クヮイリョーは何度も殴打を浴びせた。
やがて頭は唸り声すら発さなくなった。
死んだのだ――
しかし、凄まじい力で袖に噛み付いており、どうやっても顎を開くことは出来なかった。
一方、小屋では、4つのロクロ・クビたちが自分の体に戻り、身を寄せ合っていた。頭はクヮイリョーの一撃によって傷つき、血が流れている。
そして裏口からクヮイリョーが入って来た。
「坊主!坊主だ!!!」ロクロ・クビたちは森へと逃げ去っていった。
……もうすぐ夜明けである。
クヮイリョーは袖に噛み付いたままの頭を眺めて笑い出す。
「よいミヤゲができたわ!!ゴブリンの頭とは!!!」
そうして彼は荷物をまとめると、山を降りて旅を続けた――
この僧侶、武闘派すぎる……。
そう、クヮイリョーの元サムライだった設定がここで生きてくるのだ。
サムライなら妖怪とか自分で倒しちゃうのである。
しかしこの部分、完全に精神状態がサムライ時代に戻っている。
殺生を禁ずる僧侶とは思えない暴力描写もそうだが、戦闘の後に小屋に向かっている時点で、逃げたロクロ・クビを全員始末しようとしているとしか思えない。
そして死んだ頭を見て「よいミヤゲができたわ!!」である。
(やはりサムライから僧侶は無理があったのでは……?)
そして普通ならこれでお話が終わりになりそうなものだが、まさかのまだ話が続いちゃうのが「怪談」の「ロクロ・クビ」である。
次はまさかの裁判編!!
【突如始まる裁判編】
スワの大通りを大股で歩く男がいた。
そう、クヮイリョーである。
クヮイリョーを見て、婦人は怯え、子供は叫んで逃げ出した。
なぜならクヮイリョーは例の頭をぶら下げながら歩いていたからである。
すぐさま街は喧噪に包まれ、クヮイリョーは警察に捕まった。
警察はクヮイリョーが誰かを殺し、被害者がその際に犯人(クヮイリョー)の袖に噛み付いたと思ったのである。
捕らえられたクヮイリョーはというと、なぜか微笑むのみで、彼らの問いかけにもずっと黙っていた。(喋れや)
一晩を牢屋で過ごし、翌日になって判事のもとに連行されたクヮイリョー。
判事は「なぜ自分の罪を人々に誇示するように歩いていたんだ?」と問いただす。
それに対してクヮイリョーは、
「お役人様方、これは私が括り付けたのではありません――勝手についてきたのです。それに、私は犯罪などしておりませんよ。だってこれはゴブリンの頭なんですから」
そして、小屋での顛末を語りだす。
だが5つの頭との戦闘シーンの場面にさしかかると、クヮイリョーはつい笑っちゃうのだった。
それを聞いていた判事達はというと、(完全に狂ってんなこいつ……)という感じで、もう常習犯確定だし処刑しようという雰囲気になっていた。
しかし最も歳をとった判事が、「結論を出すのは早い。頭を調べよう」と言い出した。
老人は服に噛み付いたままの頭をじっくりと観察する。
すると、首筋になんだか奇妙な赤い印のようなものがあるのを発見。
そしてなにより、首の切り口はとても滑らかであった。
老人は、「これはロクロ・クビだ。赤い印があるのが証拠だと、かつて本で読んだことがある。なによりカイ地方にはゴブリンが居るからな……」
老人は続けて、「しかしあなたはどれほど剛胆な坊様なのですかな……?もしや、サムライ階級に属していたのでは……?」
クヮイリョーはそれを聞き、
「正しい推論です、判事殿。私は長く武人をしておりました……キューシューのイソガイ・ヘイダザエモン・タケツラと申します。ご存じの方も多いのでは?」
法廷に驚嘆の声が満ちる。
なんとその名前は未だに世に知られたものだったのだ。
クヮイリョーはその後、ダイミョーのところへ連れて行かれて歓待を受け、あれこれ褒美も貰って万々歳。
まさかの裁判編に突入したロクロ・クビ。
往来を生首晒しながら歩いたらそりゃ捕まるよ……。
そしてなぜか捕まったときに謎の黙秘をしていたクヮイリョー。
「いや喋れや」と思わず突っ込んでしまった自分だが、その後の裁判パートを見るに、喋っても無駄だった気はする。
クヮイリョー、なんだかもう完全にサムライ時代の精神状態に戻っている気がする。
きっと大通りを自慢気に歩いていたのも、敵将の首を見せびらかしているサムライの思考だったんじゃないだろうか。
戦闘描写を語るときに笑いだしたり等、やはり180度違う人生というのは、そう簡単には歩めないのかもしれない。
あと「剛胆」って言われるとつい嬉しくなっちゃう性質がありそうだ。
思えば最初にロクロ・クビの小屋についていったのも、剛胆って言われたからだった。
……だがそうなってしまうのも無理はない。
クヮイリョーは想像以上に名のしれた武人だったのである。
なにせ九州の武人なのに長野県の諏訪の人が知ってるんだから。
ネットもない時代にこれは相当だ。
……まあでも大名から褒美も貰ったし、
これでお話は終わ……らない!!
まさかのラストパートがあるのである。
【クヮイリョー、強盗に遭遇する】
スワを旅立つことにしたクヮイリョーだったが、未だに彼の傍らにはロクロ・クビの頭があった。クヮイリョー曰く、ミヤゲにするらしい。
スワを離れて数日経ったある日、クヮイリョーは強盗に出くわした。
「服を脱げ!!」
強盗の要求にクヮイリョーは大人しく従い、衣を脱いで強盗へ差し出す。
強盗、受け取った衣に生首が繋がっているのを見て、跳び上がって一言。
「おま……!坊主!!あんた俺より酷い野郎だな!!さすがの俺も自分の袖に殺した人間の頭なんて括り付けて歩かねぇぞ!!」(確かに)
そして強盗は、「ど、どうやらご同業みたいですな……恐れ入りました!俺もこの手で脅かしていこうと思うんで、この頭5両で売ってくれませんかね?」と、まさかの頭の購入を持ちかける。
その申し出にクヮイリョーは、「まあいいが、これはゴブリンの頭だぞ?それでも構わないんなら良いが」と返した。
強盗は、「こっちは真剣なのにそんな冗談まで言うとは!!」と、全然信じていない様子。そして本当にお金を払って、強盗はロクロ・クビと僧衣を手に入れたのだった。
クヮイリョーはその後、自分の旅へと向かった。
強盗はというと、買い取った僧侶姿で「おばけ坊主」として精力的に追い剥ぎ活動をしていたのだが、スワの辺りでロクロ・クビの噂を耳にする。
(これ、もしかして本物なのか……?)
そう思った強盗は恐ろしくなり、頭を元の場所へ戻して埋めてやろうと、カイの国へ向かい、山中の小屋を探し回った。
ようやく見つけ出した小屋には、誰の姿もない。
あちこち探してみたが、ロクロ・クビの体も見つからなかった。
そこで彼は頭だけを小屋の裏手の木立に埋め、墓を作り、
ロクロ・クビのために供養を行ったのだった――
〜おしまい〜
まさかの強盗パートがラストである。
ろくろ首の頭の購入イベントに始まり、まさかのクヮイリョーが途中でフェードアウトするとは……。
そして最後には強盗がろくろ首の供養をして終わるという、読む前には予想もできなかった結末となった。
でも正直クヮイリョーよりこの強盗の方が僧侶適正は高いかもしれない。
(クヮイリョーは絶対供養なんてしない)
思えば序盤の「木こりの過去に対するクヮイリョーのセリフ」と、ラストの「強盗による供養」は、見事に悪人正機説に関する描写だ。
これはそういう教えを含んだ物語でもあったのかもしれない。
まあ教養のある人が読んだら他にも色々と深い感想が書けそうな気がするが、自分はちょっと厳しいので……単純に、面白かった。
武闘派僧侶、戦闘、裁判、強盗による供養……なんだか盛り沢山だった「ロクロ・クビ」。
昔の本を漁ってみるのはやっぱり面白い。
思ってたんとちがったのは事実だが、この裏切られかたは良いものだった。
今後も食わず嫌いせずにあれこれ手にとってみよう。
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