小泉八雲の『怪談~KWAIDAN~』 3つのバージョンを読み比べる
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)といえば、まず『怪談』を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。
『怪談』は、日本の怪談話を英語でまとめたものだ。
なので実際に小泉八雲が出版したのは『Kwaidan』である。
自分たちが「耳なし芳一」などのおなじみの怪談話を知るようになったのは、逆輸入のような形で日本語に再翻訳された「怪談」による影響がかなり大きいと思う。
そして最近、円城塔氏の翻訳によって、最新版の「怪談」が発売された。
なんという魅力的な表紙……!!
(表紙はヘオルヘ・ヘンドリック・ブレイトネル作「白い着物の少女」)
しかし多くの人は、「もう翻訳されてる話なのになんでまた出すの?」と思ったことだろう。
この最新版が今までと違うのは、英語版に忠実に翻訳しているところだ。
では、「英語版」「日本語版」「最新版」で比較開始!!
今回紹介するのは、皆さんご存知「耳なし芳一」。
これは「怪談」の一番最初に載っている話だ。
では簡単にストーリーを話そう。(知ってる人は飛ばしてほしい)
うーん、久々に読んだが面白い話だ。色んな意味で。
さて、ではこの話が3つのバージョンでどんな感じになっているのかを見ていこう。
例えば、芳一が琵琶の名手であることを説明する場面。
岩波文庫の日本語版では…
なんというか、読めるし意味もわかるのだが、
なんかこう……とっつきにくい感じというか、かなり古さを感じる文章だ。
「かたるのに聞こえていたが」なんて表現は正直今まで使ったことがない。
では、最新版……いや、円城塔版を見てみよう。
まさかのゴブリン登場である。
そう、英語版では鬼神を紹介する際にゴブリンが使われていたのだ。
しかしこう、わりと現代人には円城塔版の方が文章が頭に入りやすいような気がしないだろうか?(カタカナが多いのはあれだけど)
では原典である英語版も見てみよう。
おお! ”goblins[kijin]”としっかり記載されている。
ちなみにこの文をDeepLに入れると、「鬼神も涙を禁じえない」とか普通に言ってくる。すごい。
さて、この例を見ればわかるように、円城塔版は英語版に忠実で、地名等に関しても漢字を用いていないことがわかるだろう。
実際に海外の人がよくわからない単語に触れるときの気分で読めるというわけだ。
そして現代を生きる日本人としては、古い文よりはむしろこっちのほうが読みやすくなっている。
例えば日本語版では「宿直(とのい)の衛士」とか平気で書いてあるが、自分はそれがなんとなくの雰囲気でしか理解できない。
「陵(みささぎ)」「納所(なっしょ)」「三昧のてい」「黄白」とか言われても、自分には何が何やらだ。
ちなみに「宿直の衛士」は、円城塔版では「どこかの宮殿の護衛」である。
わかりやすい!!(宮殿という表現が正しいかはともかく)
ちなみに英語では、「some palace-guard on duty.」となっている。
やっぱり英語に忠実な翻訳だ。
そして円城塔版は、英語版に忠実であるがゆえに、
「わらじ」が「サンダル」になったり、
「ふすまの開く音」は「スクリーンがスライドする音」になったり、
「カイモン!」という門を開けさせる掛け声にも、あとで注釈が用意されている。
これが英語で読んでいる人に向けたわかりやすい表現というものなのだろう。
そういえば、墓で演奏している芳一に寺の人が呼びかけるシーンもちょっと面白い。
日本語版ではこうだ。
これが円城塔版では、
なんだろう。
頭の中になぜかニンジャが浮かんでくる。
もしかしてそれもあって面白く感じるのだろうか……?
ちなみに円城塔版では、タイトルは「ミミ・ナシ・ホーイチの物語」。
そして物語の最後には、英語版読者でもミミ・ナシの意味がわかるように、「ホーイチ・ジ・イヤーレス(”Hoichi-the-Earless.”)」と書かれている。
……小泉八雲、気が利く人なのかもしれない。
そして注釈が入っているおかげで、逆に日本人も気付かされることがある。
2話目のオシドリという話は、猟師のソンジョーが赤沼という場所でオシドリ(北京ダック)の夫婦を発見し、オスを射抜いて調理して食べたところ、夢にメスのオシドリが人間の姿で出てきて涙ながらに以下の歌を読む。
ちなみに日本語版は以下のようになる。
円城塔版は「なにこれ?」という感想になるのが正直なところだが、実はラストの注釈で「赤沼」と「空かぬ間(割くことの出来ない二人の幸せな時間)」のダブルミーニングに触れているのは英語版と円城塔版だけである。
日本語版は「日本人ならこれくらいわかるべ?」ということで説明無しなのだろうか?(無理だろ)
そして驚愕のオシドリ=北京ダック説。
もう残りの話も楽しみでしょうがない。
実は自分の中で、小泉八雲はとても印象に残っている人物である。
なぜなら小泉八雲が日本で暮らすうちに作った家紋は、「鷺(サギ)」がモチーフだから。
アオサギ好きな自分としては注目ポイントだ。
つながる旅行記で小泉八雲の家に行った話が出来るのはいつになるやらだが、皆さんも是非この機会に、ニンジャスレイヤー風味を感じる新しい「怪談」の世界を味わっていただければと思う。
こうやって別の手法で古典を開拓するのも面白いな……!