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振り返らない背中

思い返せば最初から君とは合わなかった。

3年前。初デートの帰り道。改札の奥に消えていくその背中をずっと見ていた。君は1度も振り返らなかった。

この3年で、数え切れない程デートをした。その度に幾度も君を見送ったけれど、その1度も、君は僕を振り返らなかった。

付き合った日も。
喧嘩をした日も。
記念日も。
初めて君と寝た日さえ。

ショートヘアと笑顔の似合う女の子だった。素直で、優しくて、趣味も合う。

僕は何度も繰り返す。君を見送る改札前。
しなやかに揺れながら遠ざかるショートヘアの毛先に、小さく手を振る。
君が振り返らなかった背中の全てを、じっと見つめる。
人混みに紛れて消えてしまうまで。

別れの日、君は泣いていた。
僕の為に流す涙は愛しかった。
泣き腫らした目を拭いたかった。

それでも君は、僕を引き止めない。
僕はそれを知っている。
君は明日から、また僕の先を行く。
僕はそれも知っている。

改札をくぐった瞬間、君はいつも僕を忘れてしまう。
潮が引くように、君は僕の傍から居なくなる。
手のひらに残ったはずの温度が、冷めていく。

先を行く君の顔が僕には分からない。
振り返る笑顔だけがずっと欲しかった。
今まで得られなかったもの。そしてこれからも得られないもの。

終わりはゆっくりと僕の目を覆ってきた。
それはゆるやかな必然だった。

決定的な何かがあった訳じゃない。
ただ、チクリとした、鈍い痛みが大きくなっただけ。
もう、見ないふりが出来なくなっただけ。 

ばいばいと、手を振った。
君は赤い目を伏せて笑っていた。
笑った顔をしていた。

背を向けて、君は改札をくぐる。

僕は改札の手前で、歩く君の確かな足取りだけを、ずっと見つめている。

雑踏に消えていく君の足音を聞いている。


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