顧客にとって“使いやすい〇〇”とは?〜店舗の広告活用(前編)〜
OMO戦略の一つとして、生活者のスマートフォンにクーポンなどのお得な情報や広告を配信する施策があります。データを活用したパーソナライゼーションも日々進化しており、一人ひとりの興味関心に合った情報を提供することも技術的には可能になっています。また、店舗に来店した人への情報伝達として、店内のスペースやディスプレイ、レジ付近のサイネージを活用するケースもあります。
このような店舗のメディア活用/広告活用について、近年の動向や考慮すべきポイントを深掘りすべく、今回も2回にわたって小売業DXの有識者である郡司昇氏に話を伺いました。
セルフレジは広告を見てもらうよりも、1秒でも早く決済してもらうことのほうが重要!?
――2021年からWalmartがメディア事業を「Walmart Connect」として再編し、OMO戦略をさらに強化しています。ウェブのデジタルマーケティングのみならず、店内の壁にTVスクリーンを設置して壁面広告にしたり、セルフレジに広告用のデジタルスクリーンを取り付けたりと、店舗側の施策を積極的に展開しているのが印象的です。
以前noteのインタビューでは「店舗にサイネージを置いて広告収入を得るビジネスモデル」について、「出稿側が広告を出したい商品と、お店側が売りたい商品のマッチングに課題がある」というお話を伺いました。それ以外に国内で施策を展開する上でのポイントがあれば教えてください。
郡司氏:店頭でのデジタルサイネージについては以前もお話しておりますのでそちらもご覧いただければと思いますが、セルフレジで広告を展開する場合については、広告の見せ方や配信内容を考慮するだけでなく、レジの“使いやすさ”にも配慮し、数秒の組み合わせを意識することがポイントだと思います。
例えば1人あたり2秒レジの時間を短縮できると、客数が2,000人の店なら4,000秒、1時間以上は短縮できることになります。もしその店が駐車場の混雑がボトルネックになっているとしたら、レジの待ち時間が1時間以上短縮できれば駐車場の回転率が良くなり、客数も増えて売上アップにつながりますよね。
――なるほど、それは効果がありそうですね。ちなみに国内で好例は何かありますか?
郡司氏:例えば、個人的にはライフの旗艦店「セントラルスクエア恵比寿ガーデンプレイス店」のセルフレジは非常に高速かつシンプルで使いやすいと思っています。あとは、ヤオコーのとある店舗のレジは、ポイントカードのスキャナがお客さん側に付いていました。なぜだろうと考えてみると、通常、ポイントカードや会員カードは店員が預かってスキャンしますが、お客さん側にスキャナを付けて自分でスキャンしてもらえば、それだけでも時間を短縮することができるんですよね。
1秒、2秒の組み合わせがレジの世界では大切なので、こういう視点で工夫することはすごく良いと思います。
――なるほど。そうするとセルフレジで広告施策をする場合でも、そういったお客様にスムーズに決済いただけるような工夫がポイントになりそうですね。デジタルサイネージに関しては以前、「最大の特徴は強制視認性だからパーソナライズとの相性は良くない」と教えていただきました。逆にパーソナライズ広告との相性が良いのはどんなシーンになりますか?
郡司氏:例えば、「このお客さんは犬を飼っている」という情報を検知して、ペット用品の広告を出してあげるみたいな話で、ウェブサイトやアプリに出す広告やクーポンに関しては、パーソナライズが機能すると思います。特にWalmartは一次情報に近い情報を大量に持っているわけですから、より可能性があるのではないでしょうか。
実はちょうど、Walmartのすごさを実感したエピソードがあります。最近久しぶりにアメリカに行くことになったので、Walmartのアプリを再ダウンロードしたのですが、7年前ぐらいの購入履歴が残っていて、終売している商品も写真付きで出てくるんです。普通だと良くてデータは残っているかもしれませんが、No Imageになりますよね。Walmartが7年間に取り扱った商品数はとてつもなく膨大だと思うのですが、それでもデータが全部残っていることに驚きました。逆に言えば、7年前から商品情報や写真をデータとして保存できるように揃えていたと考えることもできますね。
――そういったデータを活用して、今、郡司さんがWalmartからパーソナライズされたサービスを受けることもできるのでしょうか?
郡司氏:7年前のデータ活用は難しいと思いますが、今のアプリだと終売になった商品でなければ、購入履歴やお気に入り商品を買い物リストに入れてBOPISや自宅配送で届けてもらうこともできるし、行くお店が決まっていれば、この店のどこ(列や棚など)に、その商品があるかを教えてもらうこともできますよね。
このように、買い物が便利になるサービスを受けられます。
――確かにWalmartは店舗が広いので、歩き回らなくて済むのは良さそうですね。ちなみにクーポンもあるのでしょうか?
郡司氏:クーポンもありますね。ただクーポンに関しては米国の(衣食住)総合スーパーマーケットTargetのアプリのほうが進んでいる印象です。Targetはパーソナライズしたクーポンや前回買った商品に合わせてパーソナライズされた商品を提案するという事を、それこそ6、7年ぐらい前からすでにやっていました。
――そのくらい前から取り組んでいるんですね。ちなみにパーソナライズされたクーポンを提供するためにはアプリ会員になってもらわないと難しいと思いますが、日本だとアプリ会員になっている人の割合はまだ一部のように感じます。海外ではスーパーなど店舗のアプリ会員になることは当たり前なのでしょうか?
郡司氏:アメリカの場合、店舗と店舗の距離があるので、いつも使うお店がある程度決まっているでしょうから、アプリ会員になってもらうハードルはそんなに高くないと思います。日本の場合、特に都心ですとお店の選択肢が複数あるので、たまにしか行かないお店のアプリをクーポン目的で使うかというと、難しいところですね。
――そうすると、日本でアプリをダウンロードしてもらって、OMO戦略を展開するのはなかなか難しいのでしょうか?
郡司氏:アプリをダウンロードしてもらうだけなら、ポイントを提供できる会社であれば、実はそんなに難しい話ではないんです。
ただ、それよりも課題はクーポンの最適化ができていないことではないでしょうか。パーソナライズがうまくできていないと、全員に5%引きやポイント5倍、10倍のクーポンを提供することになり、販促のROIは当然悪くなります。その結果、利用者は増えるけれど、ROIに合わせて販促費を減らすことで販促の魅力が縮小していき、やがて誰も使わなくなってしまいます。
もう一つ、メーカーがお金を出してくれる商品だけをクーポンを提供するケースがあります。ただ、メーカーがクーポンで売りたい商品はカテゴリの2番手、3番手、4番手である場合が非常に多く、そういった商品がずらっと並んだクーポンサービスは生活者にとって魅力的なのか?と考えるとなかなか難しいですよね。しかも100個ぐらい並んでいて、その中から自分にとって必要なものを選ばなければならないとなると、面倒で使われなくなってしまいます。
――なるほど、パーソナライズに関してはアプリの設計もよく考えないとうまくいかないということですね。
後編ではアプリ設計のポイントについて、もう少し詳しく伺いたいと思います。
(後編に続く)
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【プロフィール】
郡司 昇(ぐんじ のぼる)
店舗のICT活用研究所 代表
ドラッグストア大手ココカラファインでEC事業会社社長として事業黒字化の後、全社マーケティング戦略を策定。マーケティングとECの責任者兼任。現職は小売業のデジタルトランスフォーメーションにおける小売業、ベンダー、顧客の三方良しを支援するコンサルタント。新著に『小売業の本質: 小売業5.0』