徹底した目利きと品質管理で持続可能なマグロ流通を目指す「西松の三崎まぐろ」
日本の食文化に深く根付いているマグロ。今やどこのスーパーに行っても手軽にマグロの刺身や寿司を買うことができますが、その品質や鮮度はさまざまだったりします。海から食卓に届くまでにどのような過程があり、おいしさを左右するポイントはどこにあるのでしょうか?今回は高品質なマグロの持続可能な流通に取り組む企業について、「食品商業」編集長の三浦慶太さんにレポートいただきました。
「マグロ」は日本人の大好物ですが、遠洋延縄漁船によるマグロ漁の実際や、小売の店頭に並ぶまでの流通の過程については案外知られていません。マグロ漁船の性能や作業員のスキルを勘案したマグロの調達、徹底した検品と品質管理、「まぐろコンシェルジュ」による小売店の販売支援、未来のマグロ漁師の育成まで、マグロ流通をトータルプロデュースする株式会社西松を取材し、おいしいマグロを消費者に届けるためのこだわりに迫りました。
神奈川県三浦半島の最南端にある三崎漁港は、「天然の良港」として平安時代から利用され、江戸時代には江戸の食を支える漁村として発展しました。1922年に三崎魚市場ができて、生のマグロの取引を開始。戦後、漁船の近代化・大型化によりマグロ延縄漁が盛んになり、マグロ漁船が三崎港に集中するようになりました。1950年代半ばには船内に冷蔵庫を持つ冷凍船が開発され、三崎漁港は遠洋マグロ延縄漁船の一大基地として発展してきました。
その三崎漁港のすぐそばで、西松は1894年に魚問屋として創業し、1917年からマグロ延縄漁船の廻船問屋を始めました。廻船問屋とは「船問屋」などとも呼ばれ、港に着いた貨物船から積荷を下ろして荷主に取り次いだり、漁船に漁具や釣り餌などを斡旋したりする生業です。その後、三崎漁港の発展と共に事業を拡大させ、水産食品加工部門を新設して冷凍マグロの加工販売事業を本格化しました。
しかし、1999年をピークに冷凍マグロの取り扱い量が減るにつれて同社の売上も減少したため、それまでの下請け的な事業から脱却し、目利きによって高品質なマグロを厳選してスーパーマーケット(SM)や飲食店などに直接ライセンス販売するビジネスモデルに転換していきます。
そうして会社の在り方が大きく変わろうとしていた2006年10月、4代目の相原宏介さんは西松へ入社しました。相原さんは入社前に築地市場(現在は豊洲市場)の卸に約6年勤めていましたがマグロを担当したことはなく、ゼロから知識を習得し、一社一社販路を拡大しながら実践の中で経験を積んでいきました。ライセンス販売へのビジネスモデルの転換は功を奏し、2008年をボトムに売上は回復していったといいます。
マグロの品質を左右する船上処理と冷凍能力
「マグロの質の向上」とは、具体的にどういうことなのでしょうか? 相原さんにいろいろとレクチャーしてもらいました。
小学校の頃、「遠洋マグロ延縄漁業」について習った記憶があります。大型のマグロ漁船に乗って世界中の漁場に出かけていき、10カ月〜1年間ほど漁を行います。「延縄漁」とは、約3,000本の釣り針に餌を付けた長い縄を海中に投入し、マグロが掛かるのをしばらく待って、長時間かけて巻き上げていく漁法です。延縄は全長約150〜180kmもあり、投入するのに約6時間、待機に2〜3時間、マグロの引き上げ作業に10〜12時間かかります。作業は早朝から深夜まで続き、海が荒れていても行われる厳しい漁ですが、その分やりがいも大きいそうです。YouTubeで「遠洋マグロ漁業」と検索すれば動画が何本も出てくるので、ぜひ一度見ておくことをお薦めします。
マグロが海面に上がってきたら数人がかりで魚体にギャフ(かぎざお)を引っ掛けて船上へ引き上げ、すぐにエラ・ヒレ・内臓を除去、血抜きなどを行い、船内の冷凍機に入れてマイナス60℃で急速凍結させます。マイナス60℃以下という超低温で管理することで、マグロのような大きな魚体でも全体を均質に冷やすことができ、たんぱく質の酵素分解や脂質の酸化、微生物の繁殖などを抑え、マグロ本来の赤色と味を保持することができます。
こうした船上での作業の良し悪しが、商品としてのマグロの品質に大きく影響すると相原さんは言います。
SMの鮮魚売場でマグロの商品を見ると、パックの中でドリップが溜まっている刺身や、血がにじんでいるサクなどをよく見かけます。相原さんに言わせれば、これらの原因の多くは船上での血抜きなどの処理が悪いために身が鬱血していたり、冷凍に時間がかかってしまい細胞膜が壊れたりすることだそうです。解凍するときに温度を上げ過ぎた場合も細胞が傷付いてドリップが出ることがあるそうですが、鮮度の良い状態で素早く処理され適正に急速冷凍されたマグロであれば、基本的にドリップは出ないとのこと。そうした良い状態のマグロを選別して、他より高く買い上げるのが西松の「質を求める仕入れ」なのです。
中途半端な品質のものは絶対に出荷しない
このように西松では、マグロ漁船について徹底した情報収集を行い、優良な漁船が獲ってきた質の高い冷凍マグロを買い付けています。西松の質に対するこだわりはそれだけに留まりません。マグロは言うまでもなく大型の魚です。同じ個体であっても、冷凍機の中で冷風がうまく当たっていない部分があったりすると、その部分だけ品質が劣化している場合があるそうです。
そこで西松では、マグロをサクなどの商品に加工する際に、魚体を4節に分割した上で、一つ一つの節の状態を検品しています。具体的な方法は、最も身が厚くて凍結に時間がかかる胴中の部分を約1センチの厚みでスライスして解凍し、お客様が食べる状態にして検品します。刺身として試食して、味、見た目ともに問題がないことが基準になります。もし変色などの不良が見つかった場合はその節全体を通常の出荷から外し、状態に応じて加工品の原料などに回しています。
こうした絶対的な品質基準を満たす天然の冷凍マグロを、自社ブランド「西松の三崎まぐろ」(登録商標)としてSMや飲食店などにライセンス販売しています。SMの店頭で販売される際には、西松のマグロであることが一目で分かるブランドシールを貼ってもらいます。納品先の小売店とお客様の双方に、西松が品質を保証する商品であることを発信しています。ライセンス契約を行う企業は、基本的に1都道府県につき1企業と決めています(複数県にまたがって店舗展開している企業を除く)。
マグロの流通経路を知る
ここで、西松のビジネスモデルを理解するためにも、マグロの流通経路について説明しておきます。
マグロを流通形態で分類するとすれば、天然生マグロ、天然冷凍マグロ、養殖マグロ(国産・輸入)に分けられます。
国内産の天然生マグロの産地は、青森県大間、長崎県壱岐・対馬、和歌山県那智勝浦などが有名で、漁師さんが小型の漁船で漁獲します。
遠洋マグロはえ縄船によって漁獲され、日本に水揚げされる天然冷凍マグロは、太平洋・大西洋・インド洋・地中海など世界中の漁場で漁獲されます。
養殖マグロは、国内では鹿児島県、愛媛県、三重県、長崎県、高知県、大分県でクロマグロを中心に養殖が行われています。海外ではスペイン、メキシコ、マルタ、トルコ、クロアチア、オーストラリア、韓国、台湾、チリで同じくクロマグロを中心に養殖が行われています。
国内流通量の割合は、天然生マグロが10〜20%、天然冷凍マグロが60〜70%、養殖マグロが20〜30%といわれています。
こうした中で西松は、先述の通り、腕の立つ漁業者から高品質な天然冷凍マグロを買い付けて、徹底した品質管理を行い、スーパーマーケットなどの小売店に直接出荷するビジネスモデルを確立しています(図表のオレンジ色の部分)。
販売パートナーを育成する「まぐろコンシェルジュ」
優れた技術と冷凍設備を持つマグロ漁船から買い付けたマグロを、徹底した検品によって品質の良いものだけを選別し、出荷する仕組みを構築している西松。しかし、どんなに質の高いマグロでも、小売店で適切な商品管理がされていなければ消費者においしいマグロを届けることができません。ましてや「西松の三崎まぐろ」というブランドを掲げている以上、店舗における品質管理は西松にとっても極めて重要な課題です。
そこで、小売店の売場担当者にマグロの商品知識と販売技術を学んでもらうための取り組みとして相原さんが考案したのが、「まぐろコンシェルジュ」という西松独自の教育認定制度です。マグロに関する知識、解凍や商品化の実技、実地研修など、通常4日間・4部構成の研修・学科試験を経て、認定を受けることができます。現在、ライセンス契約を交わしている小売企業は5社で、100人を超えるコンシェルジュが誕生しているそうです。
未来の漁業者を増やすため水産高校の実習船を支援
最後に、西松が取り組んでいる水産高校の遠洋航海実習船の受け入れについて紹介します。水産高校は全国に46校(農林水産省ホームページ参照)ありますが、そのうち北は東北から南は九州までの7校のマグロ延縄漁の実習船について、西松で廻船問屋業務を行なっています。
実習船の主なカリキュラムは、延縄漁に使う道具や餌などを積み込み、太平洋に出航してマーシャル諸島などの漁場へ向かいます。延縄漁の実習を行ったあと一度ハワイのホノルル港に入港して、現地の高校生などと交流し、日本に戻り三崎港に入港します。三崎で漁獲物を水揚げして、母校に帰ります。全体で40〜60日間の工程になります。
実習船は水産高校が立地する各都道府県の所有であり、実習で釣り上げた魚は入札によって販売されます。各県と契約している問屋は相場を考慮の上、漁獲物すべてに値段をつけて売れ残りをなくします。西松も各県と契約し、廻船問屋として長年にわたり船の円滑な運航の手伝いや、実習船が獲ってきたマグロを買い上げて販売しています。
以上、マグロ漁船の冷凍機の性能や船員のスキルを踏まえたマグロの目利き、品質の良い部分だけを出荷する徹底した商品管理、「まぐろコンシェルジュ」による小売店の販売員の育成、水産高校のマグロ延縄漁の実習船の支援など、最高品質のマグロの持続可能な流通に取り組む西松。おいしいマグロの向こう側に、同社のような企業の努力があることを知っていただければと思います。
(取材・文:「食品商業」編集長 三浦慶太)
株式会社西松への取材を通して、同社のこだわりやマグロに対する思いを詳しくご紹介いただきました。船上での作業スキルや冷凍能力の優れた漁船から買い付けていることはもちろん、品質基準を満たすものだけを出荷するための検品作業、さらには小売店での品質管理や販売技術向上までサポートするなど、流通のあらゆる過程で徹底的に質を追求することで、おいしいマグロを食卓に届けることを可能にしているようです。
また、持続可能な一次産業に対する思いも強く、漁業者へのフィードバックや水産高校の実習船支援を通じて、産業の底上げや人材活性化に貢献しているところも印象的です。こうした企業姿勢が消費者に伝わると、安心して同社の商品を選ぶことができ、応援したいという気持ちも生まれそうですね。スーパーで「西松の三崎まぐろ」ブランドの商品を見つけた際は、ぜひ試してみたいと思います。