見出し画像

リテールメディアは、小売業にとって新たな収益源になるのか?小売業の新たなB 2 Bビジネス、高まる期待と課題

買い物をするとき、商品がたくさんあって何を購入すればいいのか悩んでしまうことがありますよね。そのような中で、いつも利用するお店から興味のある商品をおすすめされて購入を決めたことはありませんか?
このようにオンラインショッピング・店頭どちらにおいても、興味・関心のある情報を最適なタイミングで受け取ることができるリテールメディアは、消費者により良い購入体験を提供できる可能性があります。さらに消費者だけではなく小売企業や広告主にとってもメリットがあることから、今後のさらなる成長が期待されているようです。
今回は「販売革新」編集長 毛利英昭さんにリテールメディアが求められる背景や課題、そして具体的な事例を取りあげながら、レポート頂きました。

リテールメディアとは、店舗を持つ小売企業(小売店舗事業者)ならびにEC専業の小売企業(EC事業者)が提供する各種デジタル系のメディア広告の総称で、小売企業が提供する買物アプリや売場に設置されたデジタルサイネージを使った広告、ECサイトのWeb広告などを指しています。

そもそも、小売業は最終消費者へ商品やサービスを提供するB2Cを基本とするビジネスです。一部のスーパーなどでは、飲食店などの事業者に対する販売額が4割を超えるような店もありますが、そうした分野以外でB2Bのビジネスを展開している例は、まれです。

その意味でリテールメディアは、既存の事業を活かしながら自店や自社アプリ、自社のWebサイトを広告媒体として収益を上げられる、新しいB2Bビジネスとして期待されています。

本稿では、リテールメディアが注目される背景と課題について考えてみたいと思います。

高まるリテールメディアへの期待

米国のBusiness Insiderの調査によると、2023年の世界のリテールメディア市場規模は約12兆円、特に急拡大している米国では約6兆5,000億円(1ドル145円として算出)の規模に達しました。
特にウォルマートが2022年度の決算で、デジタル広告を扱う部門であるWalmart Connectの売上が前年度比で2倍、広告主の数は2.7倍になったと発表したことは、小売業界に驚きをもって受け止められています。
米国リテールメディアの成長率は、2020年〜21年の急拡大からやや落ち着き始めていますが、この先も右肩上がりに規模が拡大すると予測されています。

日本では、電通グループのCARTA HOLDINGSとデジタルインファクトが共同で、リテールメディア広告市場に関する調査を実施しました。2023年12月25日に公表したプレスリリースによれば、リテールメディアの広告市場規模は2023年に3,625億円で、2027年には約2.6倍の9,332億円と予測されており、大きな期待がかかります。
ちなみに日本の総広告費は、2022年に7兆1,021億円(電通調べの推定値)ですから、この先、リテールメディアは総広告費の1割を超える規模に拡大する見通しです。

ファミリーマートが取り組むリテールメディア

リテールメディアの分野で注目を集める企業の一つにファミリーマートがあります。ファミリーマートはリテールメディア戦略を実践するにあたり3つの事業会社を設立して、店舗を「カスタマーリンクプラットフォーム」と再定義し、顧客と深くつながる政策を推進しています。

事業会社の第1は、購買データを使ったデジタル広告を担う「DATA ONE(データ・ワン)」です。2020年10月に、ファミリーマート、NTTドコモ、サイバーエージェント、伊藤忠商事の4社の合弁で設立した会社です。

データ・ワンの強みの1つ目は、購買履歴、購買データと紐づくIDを3,000万以上保有していることです。2つ目は独自メディアでの展開です。YouTubeやFacebookといった一般的なプラットフォームに加えて、ファミリーマートやNTTドコモのオウンドメディア、また店内に設置しているデジタルサイネージのファミリーマートビジョンといった独自メディアの保有を強みとしています。

例えば、日本コカ・コーラと実施したファミチキとコークの連動企画では、実施前、実施後の比較において、ファミチキとコークの併売率を6倍から7倍に増やすことができたといいます。

そして3つ目は、これらの結果をデータドリブン(詳細な購買分析など)のリポートで共有していることです。

事業会社の第2は、ファミリーマート店内に設置している「ファミリーマートビジョン」を手掛ける「GATE ONE(ゲート・ワン)」です。デジタル会員基盤のデータや顧客接点を活用しながら、店舗のメディア化を推進しています。

事業会社の第3は「Famima Digital One(ファミマデジタルワン)」です。ファミペイアプリの付加価値を高めるサービスを開発し、例えば、「ファミペイ翌月払い」という後払いの金融商品では、ファミリーマートの購買データ、ファミペイによる行動データの個々を与信モデルの中に組み込み、ファミマで使うほど与信枠が広がる仕組みなどをつくり利便性の向上を図っています。

ファミリーマートは、1,700万ダウンロードのファミペイアプリ会員の基盤をデジタル上で持っており、ここをベースにメディア事業、デジタル広告事業、決済・金融事業をおのおの推進していく構えです。デジタルワン、データ・ワン、ゲート・ワン、この3つの“プラスワン”の価値創造を担う会社により、リテールメディア戦略を推進していくことになります。

リテールメディア注目の背景 変わりつつあるネット広告のあり方

リテールメディアが注目され始めたきっかけは、前述の海外での市場規模拡大が挙げられますが、広告主から見た広告媒体への評価の変化も見逃せません。それは「デジタル広告の費用上昇」です。

近年、既存のメディアからネット広告へのシフト傾向が強まるとともに、ネットの広告単価は上昇傾向にあり、デジタルでのCPA(顧客獲得単価)が年々増加して、野放図に広告を打てなくなってきているという事情があります。

次に、「サードパーティCookieの制限強化」があります。規制が本格化すれば、従来型のデジタル広告の仕組みによるサイトを横断するデータを取得しづらくなり、広告閲覧者に対して繰り返し広告配信するといった、これまでのような広告配信手法が取りにくくなります。

そして、昨今の個人情報保護の観点から、消費者が自分の情報の利用についてネガティブな意識を強く持ち始めていることも、広告主にとってマイナスに働いています。

実際、ネットを利用しながら「見られている」と感じる人は多いはずです。
求めもしない不快な広告に手を焼いているという声をよく耳にします。「いくら設定を変えても、cookieを削除しても、不快な広告が消えない」「トラッキングされた履歴をなんとか消したいのだが、うまくいかない」といった声もあり、中には、ネットの使い勝手は悪くなっても、あらゆる情報をネット上に流さないようにしているというIT関連企業に勤める人すらいるくらいです。

インターネット社会では、ネットの恩恵にあずからずに仕事はできず、ネットを無料で利用する代償と思いたいところですが、知らないうちに見られているという状況を望ましいとは思わない人が増えているようです。

こうしたターゲティング広告のあり方について、一部の広告主は、ユーザーの声を反映してか見直す方向にあります。例えば、某大手飲料メーカーは、ターゲティング広告の予算を大幅に削減して、個人データを流用しない広告へと切り替えを進めていると報道されたこともあります。

ステマ規制に動きだした消費者庁

消費者庁は、景品表示法の規制の範囲を2023年10月1日からステルスマーケティング(以下、ステマ)に広げ、広告であることを隠して大げさな表示をするなどして、消費者をだます、あるいは誤った認識を与えることへの規制を始めました。すなわちステマが景品表示法違反に該当することになりました。

ステマ規制の対象となるのは、商品やサービスを提供するメーカーなどの事業主であり、企業がインフルエンサーなどの第三者に依頼・指示するものも含まれます。違反した場合、消費者庁が再発防止を求める措置命令を出し、広告を依頼した事業者名を公表します。そしてさらに従わなければ、刑事罰の対象となる可能性があるとのことです。
なお、いまのところ企業から広告・宣伝の依頼を受けたインフルエンサーなどの第三者は、規制の対象とはなりません。

こうしたことから、規制対象となる広告主がインフルエンサーなどの利用に慎重になりつつあります。
これまでは、「お分かりですよね」と暗黙の了解としての広告、PRがまかり通っていたところがありますが、見直しが必要になってきました。

リテールメディアの課題

リテールメディアに対しての課題も多々あります。ここでは、広告主、小売事業者、消費者の3つの角度から見てみます。

1)広告主から見たリテールメディア

海外のリテールメディアの内訳を見ると、圧倒的にECサイトでの広告規模が大きく、最も大きな収益を挙げているのはAmazonであり、ウォルマートですらまだ追い付ける状況にありません。日本のEC化率は海外に比べてまだ低く、小売業が展開するWebサイトでの広告効果はまだ限定的といわざるを得ません。
次に企業規模、店舗数、来店者数の問題です。コンビニや大手チェーンストアでなければ、顧客接点の数が少なく、広告媒体としては効果が期待しにくいといわれます。
海外と比べて寡占化の進んでいない日本の小売業は中小規模の事業者が多く、例えば共通の電子レシートアプリなど、何らかの仕組みで中小小売企業をまとめるようなプラットフォームがまだ広がっていないため、広告主から見ると魅力が薄いようです。
また、ネットのように消費者の詳細なデータを入手できずターゲティングが難しいこと、そして最も大きな課題は、広告効果の検証をしっかりできるプラットフォームが構築されていないことが挙げられます。

2)小売業から見たリテールメディア

大手と中小では意識の差が大きく見られます。大手は前述のファミリーマートのように、保有する顧客IDをバックボーンに、データ収集、分析、販促、効果検証ができるものの、現時点では中小企業にはそれが難しいことが挙げられます。
また、小売業にとって広告事業は本業ではなく、広告代理店などの力を借りる必要があることと、広告主や広告代理店と広告配信を契約できても自社の収益にどの程度プラスになるか懐疑的に見ているといった声も聞かれます。さらに、リテールメディアの広告収入が増えると、リベートや販促協賛金などに影響が出るのではと懸念する声も聞かれます。

3)消費者から見たリテールメディア

消費者にとって最もうれしいのは、広告を受け入れることでクーポンや割引を受けられることでしょう。そうしたインセンティブがなければ、前述のように個人情報が使われることにネガティブな意識がまさってしまうことも考えられます。
もちろん、自分の購買履歴をもとに、膨大な商品の中から適切な推奨品をタイミングよくリコメンドしてくれるようになれば、そうした利便性を取る消費者も多いかもしれません。

本稿では、リテールメディアの概要について紹介しました。小売業における新たなB2Bビジネスであるリテールメディアに期待はかかるものの、広告ビジネスという観点で、リテールメディアを推進するには「広告営業、情報収集・分析、広告配信、評価検証」といった一連のプロセスを進める基盤が不可欠なことや、いくつもの専門分野のビジネスパートナーとの協業が必要であることは間違いないでしょう。

(取材・文:「販売革新」編集長 毛利英昭)

国内で導入が広がりつつあるリテールメディアの現状と今後の課題についてレポートしていただきました。ファミリーマートの事例では、膨大な顧客データ基盤を活用して広告メディア事業を展開するだけではなく、ローンなどの金融商品やBNPL(Buy Now Pay Later)などの決済サービスにも発展させてビジネス領域を拡大しているところが印象的です。また、買い物利便性向上など消費者にメリットを提供している点にも注目です。ご紹介いただいたようにリテールメディアの推進には様々な課題があるものの、やはり消費者にとって嬉しい体験や付加価値を提供することは重要で、それによってユーザーやデータがさらに増え、より良い体験の創出やビジネス成長にもつながるのではないでしょうか。

以前noteでも取り上げましたが、海外ではリテールメディア領域で事業展開するスタートアップ企業が出てきています。国内でも新しいプレイヤーやソリューションの登場を期待しつつ引き続きチェックしていきたいと思います。