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多様化する生活者に対して「松竹梅」の全方位MD改革を推進

コンビニスイーツをはじめ、お弁当やおにぎり、お惣菜といったコンビニグルメはメディアで常に取りあげられており、ヒット商品も多数存在しています。そして、オリジナル商品(PB)やコラボ商品は、企画力やクオリティにこだわった商品も多く、注目商品はコンビニ各社の差別化にもつながります。
そのような消費者の多様なニーズを捉えた商品展開の背景には、どのような戦略があるのでしょうか?大手3社のMD(マーチャンダイジング=商品政策)について、今回は「販売革新」編集委員の梅澤聡さんにレポート頂きました。

環境が大きく変化した今、コンビニのMD(マーチャンダイジング)は、どこに向かうのか

コンビニはスーパーマーケットやドラッグストアと比較して消費者に「価格が高い」と思われています。それでも、いつも開いている利便性と、おにぎりやサンドイッチ、近年はコンビニコーヒーや惣菜、スイーツなどの商品力により、右肩上がりの成長を示してきました。
ところが、コロナ禍を経た今、コンビニは「踊り場」を脱したとは言えない状況にあります。

コンビニMDの原則

コンビニのMDを考える際、マーケットの変化をどう捉えていくのか、チェーン本部の商品部は日夜頭を悩ませています。
コンビニ店舗は、一般的な立地では半径350m、徒歩5分で到達できる距離、商圏人口は2,000~3,000人を対象にしています。距離も人口も小売業の中で最も小さな範囲で商売をする以上、店側は客層を選べません。同じ商圏内に老若男女はもちろん、所得の高い人も低い人も混在しています。年齢、性別、所得が同じでも、消費に対する考え方が異なるかもしれません。
また、同じチェーンでも店舗やエリアによって客層は異なります。高齢者が半数を占める店舗もあれば、20代、30代が過半の店舗もあります。オフィス街の店舗でも、近隣で大規模な工事が始まり、建設作業員の来店が増えれば、好まれる弁当にも変化が表れます。
チェーン本部は、日本全国、あらゆる利用者に好まれる商品を用意することが必須で、一方の加盟店は、本部が推奨する品揃えの中から、自店の商圏で最も支持される商品を選択し、売場づくりに日々取り組んでいきます。
チェーン本部は、客層が選べない以上、全方位的な商品開発と仕入れ先の開拓を推進していく必要があるのです。
しかしながら、本部が推奨する商品も、店舗が仕入れる商品も、自ずと限りがあります。全体のトレンドを見極め、店舗を活性化させる商品政策が求められるのです。さらに、お客に週に何回も来店してもらうには、新規商品を次々と投入して、飽きさせない売場づくりも求められます。
コンビニの商品が「1年で7割入れ替わる」理由も、同じお客の目先を変えて、消費を活性化させる狙いがあります。

コンビニの価値訴求とは?

セブン-イレブンは、23年度の商品政策に関して、消費者心理が2極化していくと見ています。一つは、より品質の良い商品を求める「上質志向」、もう一つは、物価高に対する「生活防衛意識」の高まりです。
この両面に対応しながら、3つの政策を出しています。
第1に、味や品質向上を図る「価値訴求」、
第2に、選択肢を「松竹梅」の価格で分ける「経済性への対応」、
第3に、ウェルビーイングやサステナブルを重視する「健康・環境対応」です。
セブン-イレブンが求めるテーマは、業界全体の課題に共通します。ファミリーマートやローソンも含めて、ここでは論じていきます。

第1の「価値訴求」は、セブン-イレブンに限らずコンビニ各社が追求してきた商品開発の基本です。現在、価格訴求を強めるスーパーマーケット各社は、米飯・惣菜コーナーに100円(税抜き、以下同)を切る「おにぎり」を品揃えしています。対して、コンビニのおにぎりは最低でも120円前後、注力するのは100円台後半から200円を超える商品です。

ローソンの金しゃりおにぎりは、4方向から均等で、立体的におにぎりを成形することで、
人の手で握ったような、ふっくらとした食感を目指した。
画像は「金しゃりおにぎり 焼さけハラミ」(258円)

例えば、本年春に発売したローソンの「金しゃりおにぎり 焼さけハラミ」では、脂のりの良いアトランティックサーモンのハラミを塩麹、清酒に漬け込んで焼き上げるといった、手の込んだ具材により価値を高めています。また、“金しゃり”は、ローソンが12年ぶりに製法から見直した新立体成形機を採用、“手で握ったようなふっくら感”を目指したおにぎりです。
発売する地区ごとに、全体の米に占める産地の米の割合を50%配合、大粒の米をブレンドすることで、「粒立ち」の良さも訴求するなどして「価値訴求」しています。
セブン-イレブンも2023年3月に「八代目儀兵衛」監修の商品を4アイテム発売。さまざまな試食を経て「冷めても甘い」ブレンド米を完成させ、従来よりも米に負荷をかけずに、旨みの層を残した精米方法に変更するなどしています。
価値を高めるために、イクラや牛肉、銀鮭といった、具材の高質化を求める方向は、目新しさや選択の幅を広げる効果はあります。一方で、土台となる、米のおいしさや、製法の改善、地産地消など、地道な取り組みによる価値訴求も見逃せません。
日本の消費者は価値の高い商品には(惜しまず)お金を払う ――。日本のセブン-イレブンを実質創業した鈴木敏文氏が繰り返し主張してきたコンビニMDの原則です。
2001年に発売した「こだわりおにぎり」は、当時100円前後の価格だったおにぎりの価格を180円前後まで高めて、業界常識を変えました。高価格帯のおにぎりは、今ではファミリーマートもローソンもラインナップしています。鈴木氏が唱える“価値があれば高くても消費者は喜んで買う”というMDの考え方を「こだわりおにぎり」により実証した格好になりました。

コンビニは決して高くない!

第2の「経済性への対応」は、コンビニ業態には難しい課題です。
1970年代前半(半世紀前)に70万軒はあった中小食品小売店は、当時勢いを強めたスーパーマーケットの安売りに疲弊していました。店舗規模と仕入力の違いにより、大手スーパーと価格で勝負できません。そこで登場したのが、買物の利便性を取り入れた新しい商売「コンビニ」です。長時間営業により、購買頻度の高い商品を販売し、欲しい時に、欲しい商品が、欲しいだけ手に入ることを訴求。その成功を目にした酒販店や米穀店、食品・雑貨店などが続々とコンビニに業態転換したのです。
利便性で勝負する半面、スーパーマーケットと同じ品揃えでは、早朝と深夜に買物ができる“開いててよかった”だけの店になってしまいます。そのため、付加価値の高い、オリジナルの商品を揃えて、利便性と売場の価値を高めていったのです。
例えば、釣りやゴルフで未明に家を出た人たちが、コンビニに立ち寄って、おにぎりやサンドイッチを購入し、車中や現地で簡易に朝食をとる新たなスタイルを提供しました。
70年代から80年代にかけて取り組んだ、おにぎりやサンドイッチ、米飯弁当、調理麺などのデイリーフーズにより、コンビニは、スーパーマーケットとは次元の異なる独自の利用動機を確立しました。乱暴な言い方をすれば、この間、コンビニは「経済性」を強く意識しなくても、やっていけたのです。
しかし現状は、ネットスーパーの伸長や、ウーバーイーツに代表されるフードデリバリーサービスの台頭、大手コンビニ同士の過当競争、コロナ禍をきっかけとする在宅ワークの浸透などにより、従来の業態特性だけでは成長が難しくなったのかもしれません。
ターゲットはスーパーマーケットです。 “コンビニは決して高くない”といった「経済性への対応」により、“遠くのスーパーより近くのコンビニ”を訴求する政策を取り入れていきます。
実際、セブン-イレブンは「松竹梅」のバランスをとった価格帯の品揃えが重要と考えて商品政策を進めています。「松」にあたる「価値訴求」は、絶対に欠かしてはいけない政策として継続する一方、現在の環境下では「梅」の商品も強化してバランスを保つようにMDを変更しています。

「セブン・ザ・プライス」のラインナップ。
コンビニのスーパーマーケット的な需要を促すため、
日配食品や加工食品の価格を下げて、客数アップに努めている

その象徴がイトーヨーカ堂の低価格PB「セブン・ザ・プライス」の導入です。2023年3月より、確実に売上が見込める「食パン」(6枚入り、8枚入り、共に98円)から、随時セブン-イレブンで発売しています。5月には同PBの極小粒納豆(68円)や絹豆腐・木綿豆腐(各58円)などにアイテムを拡大させています。

松竹梅の明確化で売上増

既存の商品に関して「松竹梅」の一つの例として、セブン-イレブンでは(ドライグロサリーの)カップラーメンを挙げています。セブンプレミアムゴールドの「すみれ札幌濃厚味噌」(278円)を「松」とすれば、「竹」がセブンプレミアム「蒙古タンメン中本旨辛味噌」(220円)、「梅」が(同)「醤油ヌードル」(138円)になるといいます。こうした「松竹梅」のバランスを、しっかりと取ることによって、数量、金額ともに前年を上回る結果になったそうです。

ファミリーマートの松竹梅の価格帯を意識した商品。
左から、高価格帯の「SPAM®むすび ツナマヨネーズ」(258円)、
中価格帯の「具だくさん!サーモン」(166円)、手価格帯の「手巻真昆布」(119円)

ファミリーマートも「松竹梅」の品揃えを意識し、例えば「おむすび」では、差別化の高価格帯(191円~)、伸長させる中価格帯(151~170円)、稼ぎ頭の低価格帯(121~140円)の3つに分けて、立地やエリアの特徴を踏まえて、販売強化しています。
高価格帯は「SPAM®むすび」や「ごちむすび」などで価値訴求、中価格帯は「具だくさん!おむすび」などで新たな販売ボリュームをつくり、低価格帯は「和風ツナマヨ」「手巻真昆布」などで定番を強化していきます。
最後の低価格帯では、価格感度の高いお客に向けて、価格を抑制した商品を展開。価格高騰に対する客離れ防止につなげると同時に、スーパーマーケットやドラッグストアとの競争対策と位置付けています。
ただし、ファミリーマートは、ことさら低価格帯にフォーカスしたわけではなく、3ラインの明確化により、中価格帯の売上を伸長させ、その結果、おむすび全体の売上アップに成功しているといいます。
どれだけ生活防衛意識が高まっても、質の高い商品に対価を払うお客はいます。コンビニは加盟店と荒利分配方式を取っているので、荒利額の確保も重要なテーマになります。単価の低い商品ばかりを揃えていては加盟店が運営できなくなります。「松竹梅」の価格対応は、コンビニにとって生活防衛意識に対応するだけでなく、消費者の選択肢を明確にすることでもあります。
さらに、セブン-イレブンは、経済性に対して「安心価格対応」を推進しています。
ナショナルブランド(NB)の商品と比較して、プライベートブランド(PB)のセブンプレミアムの中で経済的に優位性があると考える115アイテムに「安心価格」の販促物(POP)を付けて売り出しました。その結果、対象商品が実施前に1日当たり5,600円の売上だったが、実施後の22年12月には7,000円の上乗せを確認できたといいます。そこで23年2月1日より「安心価格」商品を計147アイテムに拡大。今後も継続して実施していくとしています。
一般的にコンビニが苦手としているカテゴリーに「調味料」があります。調理油やマヨネーズなど、あまり強くない商品群です。しかしながら、「安心価格」により、コンビニの調味料が求めやすい価格であると伝えることができたそうです。

健康促進と環境負荷の軽減。
商品政策の第3が「健康・環境対応」

健康・環境は、トレンドだけではなくSDGsの観点からも消費者に訴えるべき課題です。2023年度、セブン-イレブンが非常に強化している商品が、店内で最終調理する「スムージー」です。フードロスの低減になる冷凍の果実・野菜を使用し、「ウェルビーイング」と「環境負荷低減」の2つを両立させていくとしています。2023年度内に全国の設置可能な店舗に導入していくようです。
素材は、冷凍野菜・果物と、豆乳やはちみつ、果汁などを固めたアイスキューブを使用。お客はレジで会計を済ませた後、専用マシンにバーコードを読み取らせて蓋を外して商品をセッティングし、ボタンを押して完成を待ちます。購入の流れはアイスコーヒーと似ているので、お客にとって操作のハードルは高くはないでしょう。
飲料系は、夏場の売上が高く、気温が低くなると思わしくありません。夏場に発売するスムージーと同じアイテムを、冬場に継続していたのでは売上は見込めません。秋冬用のスムージーも既に準備を進めており、清涼感だけではなく健康感を訴求していくとしています。

コンビニを取り巻く環境が大きく変化しました。当のコンビニはチェーン展開を始めて半世紀、右肩上がりとは言えない状況にあります。セブン-イレブンは、これを「踊り場」と称しました。踊り場は、景気などが上昇する局面で、一時的な横ばいの状況を指して言います。踊り場を脱するためには、MD改革による、需要創造が必須です。

セブン-イレブンが2023年に導入する「スムージー」。
コンビニコーヒー以来の需要創造を期待する大型商品企画。
健康と環境の両方に配慮する

(取材・文:「販売革新」編集委員 梅澤聡)

コンビニならではの課題と特性を捉えた、MD改革の現状をレポートしていただきました。消費者ニーズが多様化し、ネットスーパーやフードデリバリーなど“利便性”に対抗するサービスが台頭する中で、コンビニ各社は「松竹梅」の価格帯で消費者に幅広い選択肢を提供したり、豊富な品揃えで客数アップを狙うなど、創意工夫を凝らしながら外部環境の変化に対応していることがよく分かります。特に高価格帯のおにぎりや健康・環境を訴求したスムージーなど、付加価値の創出を可能にする「企画力」は、これまで数々のヒット商品を生み出してきたコンビニの強みなのかもしれませんね。

一方、多様なニーズに応えていく中で、発注や商品管理、品出し・陳列など現場の業務負荷にどのような影響を及ぼすのかは気になるところです。消費者ニーズを満たす改革を推進すると同時に、現場の負荷も軽減していく。そのようなオペレーションの工夫やテクノロジーの導入にも、引き続き注目していきたいと思います。