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あなたのハワイに染まりたい③ 不屈のエンジョイ編

今年のボーナスが出たら、ハワイに行こう。

数ヶ月前の夫の言葉は、もはや「この戦争が終わったら結婚するんだ」にしか聞こえなかった。
いや、ハワイには実際に行けたのだから、死亡フラグというわけではないのだけれど。

号泣する幼児に翻弄されてぼろぼろの状態でハワイに降り立った私たちは、「ハワイにさえ着いてしまえばこっちのもんよ!」とペットボトルの水をあおって武者震いをした。
これからさらなる予定外に見舞われるとも知らずに。


ミッチーすぎるアロハシャツ

「まずはアロハシャツを見て、テンションを上げようと思う」

おごそかに宣言した夫の引率のもと、ホテルに荷物を預けた我々はアラモアナショッピングセンターに行き、夫の愛するアロハシャツブランドに入った。
夫はここのアロハシャツを愛用しており、年がら年中アロハである。

ホームページで下見もしているから、あとは実際に試着してみて似合うか否か。
肩紐に貝殻が縫いつけられているワンピースを見ていたら(洗濯するときどうするんだろう)、試着室のカーテンが薄く開き、ちょいちょいと手招きされた。
試着室を覗くとシルクのツルッツルの、しかも極彩色の、大きな柄の入り組んだシャツを着た夫が呆然とした顔で立っていた。
親分を目の前で撃ち殺されたヤクザみたいだった。

「あかんわこれ。あまりにもミッチーすぎる

身体をくの字に折ってはくはくと浅い呼吸をする私に、彼はぽつりと言った。
及川光博氏にしか似合わないと言いたいらしい。
けどさすがに、さすがのミッチーですらこんなツルッツルなシャツは着ないんじゃない?
百歩譲ってステージ上のミッチーがこれを着ていたとしても、あなたはステージに上らないでしょう?
ていうか、あなたのなかのミッチー、空色のカーテンシャツを買って以降、どんどん独自に派手な進化を遂げてない?

私の反応でアウトと悟った彼は静かにシルクを店員さんに返し、ほかのシャツを何枚か試した。
けれどシルクの衝撃が抜けなくて、もはや何を着ていても笑えてしまう。
結局この日夫が買ったのは、日除けのキャップひとつだった。

マノアの滝……の、ような雨

翌朝、マノアの滝に向かった。
Uber(配車サービス)で運転手さんに依頼し、ホテルからマノアの滝へ乗せてもらう。
来てくれたのはすごく陽気なタンクトップのお姉さんで、「そこに入ってるお菓子、自由に食べてね!」とウインクしてくれる。
車内に流れているのは、軽快なハワイアンミュージック。お姉さんの趣味なのか、はたまた旅行客へのサービスとしての選曲なのか。
そういえば昨日空港からホテルまで運んでくれたお兄さんの車では、爆音でラップみたいな曲が流れてたっけ。

無事にマノアの滝のふもとの売店で降ろしてもらい、つやつやと緑が光る森のなかを歩き出したときだ。
ぽつ、ぽつ……と水滴が落ちてきたと思ったら、ザーッと雨が降ってきた。
見上げるとさっきまでピカピカに晴れていた空で、いまは雲がぐろぐろとうねっている。
このあたりは天候が変わりやすいと聞いていたけれど、まさかこれほどまでとは。

持ってきた折りたたみ傘を開いてしばらく歩いてみたものの、雨脚は激しくなるばかり。
台風の日の下校を思い出して、少し気持ちが高揚してしまう。
あの雨音しか聞こえないなかをひたすら無心で歩き続ける感じ、なんか好きなんだよなぁ。

右、左、右、左、あ、右に水たまり。
深く踏み込んでジャンプ。

「待ってぇ、るるちゃーん」

ふにゃりとした夫の声に振り返ると、深めの水たまりを踏んだらしい。
とりあえず小さな屋根の下に避難したら、目の前の看板に「WELCOME TO MANOA FALLS TRAIL」と書いてあった。
もしや、ここがハイキングコースの入口……?

私たちは顔を見合わせて、深く頷いた。
帰ろう。
ここから先、ますますぬかるんでいる道を、無事に進める気がしない。
来た道を戻る途中で、タンクトップ&短パンの上からカッパをかぶったカップルとすれ違う。カッパなら、滝を目指せるかもしれないね。

滝みたいな雨だから、もうこれはマノアの滝ってことだね。

あまりにも悲しいことを呟く夫とすごすご歩いていると、「イヤッハァー!!」と高らかな雄叫びが轟き、ぐしょぐしょに濡れた女性が駆け下りていった。
楽しそう。
濡れ具合も滝への情熱も中途半端な私たちは、「これからまたUberで運んでもらうから、なるべく濡れないようにしよう」と慎重に歩いた。
ふもとで迎えてくれたUberの運転手さんは雨の日のマノアに慣れているらしく、車内は座席にも床にもビニールシートが張り巡らされていた。
なんらかの事件現場みたいだった。

檻にはめちゃ鶏がいる

マノアから遠ざかれば遠ざかるほど、天気がよくなってきた。
先ほどまでの土砂降りが嘘のように晴れているので、気を取り直してホノルル動物園に行くことに。

案内板を見ると虎や象、チーターなど、さまざまな動物がいるという。
動物園に行くこと自体が久しぶりで、ついうきうきと早足で動物の檻に近づいてしまう。

ところが。
檻を覗き込むと、そこにいるのは鶏だった。
次の柵に近寄っても、やはりいるのは鶏だった。
「庭には2羽鶏がいる」なんてかわいい話ではない。「檻にはめちゃ鶏がいる」状態だ。

鶏、ハワイでは超VIP待遇なのかな……?と思いきや、そのへんの芝生でも親子連れで駆け回っている。
え、お育ちのいい鶏と庶民派の鶏がいる……?

庶民派の鶏の家族(ひよこ何羽いるんだろう)

んなわけない、そもそも檻や柵のなかの鶏は主役ではない。
本当の主役は、日陰の奥底か巣穴的なところに潜んでいた。

広く張り巡らされた電気柵の上には、平然と小鳥のカップルがとまっていた。
えっと、「電気柵をものともしない鳥です!」っていう展示ではないのよね……?
柵の向こうに目を凝らしたら、背後の塀とまったく同じ体色をもつ、象がいた。

とき子さんじゃん!!!

象を見つけた喜びに思わず叫ぶと、近くにいた日本人の女性が「あの象、とき子さんって言うんだって」と自分の子どもに教えた。
小田原のウメ子、井の頭のはな子、そしてホノルルのとき子。
んなわけあるかい。
お母さんダメだよ、そんな適当に聞きかじったものをナチュラルに息子に受け継いじゃ……!!

見えますか?
とき子さんです(嘘)

「ごめんなさい、とき子は私の友だちの象好きな人間です」と言おうかと振り返ったが、男の子が「とき子ー!」と満面の笑みで象に手を振ってしまっていたので、もう何も言わないことにした。
私たちにとって、あの子はとき子。
もうそれでいくしかない。ちゃんとした名前がついていたらごめんね。

夫は夫で、独特な楽しみ方をしていた。
日陰の木の上で足を投げ出して眠りこけている黄色い猿を見て「休日の俺みたい」、園内を自由に歩き、家族連れの食べものを覗き込む孔雀を見て「俺がお菓子を開けたときに近寄ってくるるるちゃんみたい」といちいち自分たちを重ねてくる。
身体を水に浸して並んでいる2頭のカバや、日陰で涼む2匹の猿を見た彼は「俺たちみたいだね、ふふふ」と手をきゅっと繋いできた。
なにそれかわいい。

カバさんの後ろ姿

結局顔を見たり、動いているところを見られたのは、象とキリンと猿と、孔雀、それから無数の鶏くらいだったのだけれど。
私たちは満ち足りた気持ちでホノルル動物園をあとにした。

何があってもハワイを愛す

その後も私たちはあちこち出かけた。
カイルアまで足を延ばしてピルボックスという山の上にある見張り台まで登り、夫はお気に入りのサングラスを落とした。シャツに引っかけていたら気が付いたら消えていて、下るときにかなり注意して探したけれど見つからなかった。

せっかくアメリカに来たのだからハンバーガーを食べようと、フードコートのマハロハバーガーにかぶりついていたら、突然夫が「俺の右目、いつの間にかコンタクトレンズが消えてる」ということもあった。ハードのレンズならわかるけれど、彼のレンズはソフトタイプだ。どうしてそんなことに。

ロイヤルハワイアンセンターのフラダンスショーがとにかく素敵で、感極まってちょっと泣いてしまう。すべてのステージが終わったときに私たちの前にいた女性がかけ降りてきて、首からかけていたレイをかけてくれる。
「素敵だったね~!綺麗だったねぇ~!!」とはしゃぐ私に、夫が「お花もらえて儲けたな」と嬉しそうに言う。なんなんだ。
「レイは絶対に捨ててはいけない」と旅行本で読んだ記憶があったので、ひとしきり夫とかけ合ったあとは紐を外して自然に返す。

アラモアナショッピングセンターの書店のハリー・ポッターコーナーが独特だった。
日本でよく見かけるのって、たいていハリー、ロン、ハーマイオニーの仲よし三人組セットや、ハグリッドやマルフォイ、スネイプ先生などの主要キャラのグッズじゃないですか。
なぜかドールハウスのペアがハーマイオニーとハグリッド(これはまだわかる)、トレローニー先生とハリーのセットだった。
なんで?!占う人と占われる人とはいえ、「この二人でドールハウス作ろうっと♪」ってなる?動機というか絆というか、因縁わりと薄くない?
そして一番印象的だったのは、屋敷しもべ妖精ドビーの人気っぷりだった。スクイーズのぬいぐるみ、ミニかばん、フィギュア、マグカップ、小物入れ、全部ドビー単体だった。
いやドビーのことは好きだけど、そんなにドビーを持ち歩きたいとか、部屋のインテリアとして飾りたいとか思ったことないよ?

旅行終盤、カフェラテを買ってエスカレーターを下っているときに、ふいに夫が「あぁ幸せすぎる。一生一緒にハワイに行こう」と熱っぽく囁いた。
もっと全力でハワイを満喫しているタイミングはいままでいくらでもあったのに、なぜいま。

海を眺めているときでも、おいしいものを食べているときでも、いいアロハシャツが買えたときでもなく、こんななんでもない瞬間に幸せが極まってしまう夫がなんとも夫らしくて、彼のいうハワイの魅力がようやく腑に落ちた気がした。

行きの飛行機で眠れなかろうが、お目当てのアロハシャツが派手すぎようが、滝のような雨に見舞われようが、全然動物に出会えなかろうが、サングラスを失おうが、右目のコンタクトレンズを失おうが、ドビーに気圧されようが、それでも彼のハワイへの思いは揺らがない。
「うまくいかないときにこそ、その人の本質が出る」とよく言うけれど、これほどうまくいかないことが続いても、夫は終始楽しそうだった。
ハワイで何が起きても、彼はハワイを愛することにしたのだ。

スリやぼったくり、しつこい客引きなど海外旅行の王道トラブルに比べれば、私たちのトラブルなんてトラブルのうちには入らないけれど。
でもどんなに小さくてもトラブルはトラブルで、「せっかく来たのに……!」と小さくモヤっとしてしまうようなことは起きる。

それでも夫は、不屈の意志でこの旅行を楽しみ続けた。
彼のように「愛することにする」「楽しむことにする」と腹をくくって、対象への印象を強い意志でもって決定づけてしまうことは、ひょっとしたらかなり気が楽で、快適なことなのかもしれない。
よほどのことがないかぎりは、何が起きても揺るがない。愛してしまえば、楽しんでしまえば、全部、うまいこと集約されていくのだから。

だから。
夫がハワイを愛するように、私は夫を愛していくことに決めた。


(番外編に続くかもしれない)

山を登る夫
ピルボックスから見た海
ウミガメがいたカイルアビーチ
もらったレイをビールにかける

出発前編はこちら。

飛行機編はこちら。


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つる・るるる
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