カーテンみたいなシャツを着て
彼氏を、ミッチーこと及川光博氏に寄せていきたい。
そんな大それた望みを抱いたのは、私の弟が彼氏の顔立ちがミッチーに似ていると言い出したことがきっかけだった。
言われてみれば、たしかにちょっと似ている。
そんな気づきから、私のミッチーシリーズは始まった。
彼氏を中年めいた私服から卒業させるべく「及川光博 私服」で検索してみたものの、ステージ衣装的な謎にきらびやかな衣装しか出てこず、「へいミッチー!なに着てんのよ!!」と軽い気持ちで投げかけた『ミッチーの私服』。
それに対して及川光博氏のファンであるベイベー・男子の方々からどえらい勢いで寄せられたミッチーの私服情報をまとめ、いつの間にかミッチー本人を追いかけてしまうようになった自身のベイベー化への戸惑いと葛藤を記した『続・ミッチーの私服』。
『続・ミッチーの私服』に寄せられたコメントを機に、及川光博ワンマンショー「GROOVE CIRCUS」にひょいと参泉したレポートを、もう後戻りできないほどの情熱を込めて綴った『初心者ベイベー、ミッチーを浴びる』。
そういえばnoteにはダッシュボードという閲覧数などが見られる機能があるのだけれど、note公式に目をかけてもらった記事のすぐ下にミッチー三部作が食い込んでいた。
ミッチーのすさまじい人気っぷりが窺える。
さて今日書きたいのは、時系列的には『続・ミッチーの私服』と『初心者ベイベー、ミッチーを浴びる』の間の話。
まだ生ミッチーを見る前の、無謀にも彼氏がミッチーを目指せると信じていたころの話だ。
さる信頼できる情報筋から「ミッチーはポール・スミスが好きらしい」という情報を得た私は、自分の誕生日プレゼントとして、彼氏に「ポール・スミスで私服を買って、おしゃれしてほしい」とねだった。
「ほぉーん、いいんじゃなーい」とあっさりOKをもらい、5月某日、地下鉄に揺られてとある駅ビルへ。
『続・ミッチーの私服』から抜粋すると、ミッチーのシャツはこのような特徴があるという。
できれば昔着ていたカーテンみたいな柄じゃなくて、最近のミッチーが着ているらしい、あまり派手すぎない柄シャツを選んでくれたらいいな。
そうひそかに願いながら店内に入ると、原色のシャツにカラフルなベストを重ねた、いかにもおしゃれなアフロのお兄さんが出てきた。
「気になる服があれば、おっしゃってください。ご試着できますのでね」
てっきりお客さんだと思っていたら、店員さんだったらしい。
「好きな服を見るがいい」と彼氏を促すと、彼はようやく両手両足が生えそろったカエルのような遠慮がちな足取りで棚の間をじわじわ歩き、やがてあいまいな微笑みを浮かべて私を振り返った。
そして、「これ……どうかな?」と一枚のシャツを引き出した。
それはまさに、カーテンみたいな柄だった。
顔が似ていると柄の趣味も似るのかしら?
しかも、いかにも金髪碧眼のモデルが着てそうな、目の覚めるような鮮やかな青。
そして、ツルッツルの生地。
「ミッチーみたいな服を買う」という点では、カーテン柄を選んでいる時点で正解といえよう。
でも、よりにもよって過去ミッチーの趣味からセレクトしてくるなんて。
できることなら最近のミッチーに寄せてほしいって言ったじゃん!(言ってない)
ていうか、そもそもそれ……似合うん?
保険のため「ほかに気になるシャツはある?」と聞くと、かなり悩んでもう一枚選んできた。
彼がすでに持っている服によく似た、モノトーンのシャツだった。
それを買うなら、さっきのカーテンの方がおもしろいな。
もはや似合う似合わないではなく、おもしろいかそうでないかに重点を置いている時点で「私服が渋すぎる彼氏のために、ミッチーみたいな服を買いに行く」という当初の目的からはだいぶ離れているのだが、当のミッチーがカーテンを好んでいるのだからそれはもう仕方がない。
いいよいいよ。
好きな服を着てるあなたが、たぶん一番かっこいいよ。
もしも誰かに「カーテンみたい」と言われても、ミッチーの威を借りて堂々といればいい。
私は非常に穏やかな心で真夏の青空のようなシャツを指差し、彼を試着室へと促した。
普段の持ち物から青色が好きというのは知っていたけれど、こんな真っ青な青も好きだったのは新発見だ。
しばらく待つと、彼は元の服に着替えて試着室から出てきた。
「えっ?着た状態を見せてくれないの?」とびっくりして言うと、「あぁ、サイズのことしか考えてなかったわ」と彼らしいシンプルな返事が返ってきた。
XLがちょうどよかったと彼は言い、シャツはやはり、その青が気に入ったらしかった。
このシャツ、彼氏が着たらどんな感じになるんだろう。
まったく想像できなかったが、とりあえずレジへと背中を押した。
会計を終えてシャツの入った紙袋を受け取り、軽やかに歩く彼の横顔をそっと盗み見る。
嬉しそうな笑顔に、釣られてこちらまでにこにこしてしまう。
誕生日プレゼントとしては、最高だ。
部屋に帰って、彼にさっそく着て見せてもらった。
意外や意外、似合っていた。
え、カーテンとかおもしろがってマジでごめん。
改めて彼氏のポテンシャルの高さを見せつけられたような気がして、嬉しいような悔しいような複雑な気持ちになる。
ミッチーと同じポーズを何種類か取ってもらい、その姿をカメラに収めた。
かっこいい、かっこいい。
なんか思ったより順調にミッチーの道を歩んでる感じ。
べた褒めしながら撮影しまくったためか、それ以降彼はちょっといいところに出かける際にはこのシャツを選ぶようになった。
ブライダルフェアや少々リッチなレストラン、デパートの催事を見に行くような時。
私のスマホの写真フォルダには、コバルトブルーのシャツの彼が一気に増えていった。
特に格好よく撮れた写真を何枚か、家族LINEに上げておく。
しばらくして、ピロン♪と通知が鳴った。
母「カーテンみたいな柄だね」
ああっ!やっぱり!?
でもカーテンが似合うって、それはそれで才能ともいえると思うの。