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カスタネット夫妻

「るるちゃん起きて、夫婦になりに行くよ」

ゴミ出しから戻った彼に声をかけられて、慌てて身体を起こした。
外はどうかと尋ねると、寒くもなく暑くもないという。
寒暖差が激しいこの時期は、慎重に服を選ばなくっちゃ。
クローゼットの前で少し悩んで、伯母さんのお下がりの薄手の真っ赤なワンピースに袖を通した。
物持ちのよい祖母からもらった伯母さんの娘時代の服は、いまは私のよそ行き服としてバリバリに活躍している。

「支度できたよ」と彼の部屋のドアを開けると、彼はパジャマから真っ青なミッチーシャツに着替えていた。

↓ シャツをめぐる話はこちらから。

赤と青って……ずいぶん既視感がある色合いだな。
それがなんなのかすぐにはわからなくて、内心悶々としたまま戸籍謄本や印鑑など、荷物の最終確認をする。
二人でバス停に向かっていたとき、やっと降りてきた。

カスタネットだ。

このパキッとした発色といい、手をつないでいるところといい……今の私たち、めっちゃカスタネットみたい。

手だけでも、ほどく?
いやいや、そのくらいじゃ我々のカスタネット感は薄まらない。
しかも「思ったより寒かったな」と彼氏が暖を取ろうと腕にしがみついてきた。やめろ、ますますカスタネット化するぞ。
とはいえもう外に出てしまったから、着替えることもできない。

カスタネットの擬人化みたいな格好のまま、私たちはバス停に並んだ。
バス停には、なぜかネギが刺さっていた。
誰かが落としたネギを不憫に思った誰かが、そこに刺したのだろう。

バス停にネギ

まだ高くて買えないけど、見ているとだんだんとネギが食べたくなってくる。
そろそろ鍋や味噌汁に入れたい時期である。
ともに並んでいる人たちも、そこはかとなくネギを気にしている気配。

バスを降りて、区役所前で信号待ちをする。
「おとーさんの字、久しぶりに見たかも」
そんな声が耳に入ってきて、あぁこの人たちも籍を入れにきたのだなとこっそり様子をうかがう。

その二人は、スニーカーとパーカーがお揃いだった。
Instagramで時々流れてくる正統派カップルみたいなオシャレさと、お揃いのさりげなさについまじまじと見てしまう。
くそ、素敵だな。
そう羨ましくなる一方で、向こうから「あのカップルめちゃカスタネットじゃん」と思われていたら嫌だなとそっと気配を消したくなった。

よくよく周りを見ると、ほかにも私たち同様区役所を目指している風のカップルが何組かいた。
さっきのカップルみたいに、小物がお揃いだったり服の系統が同じだったりと、それぞれがそれぞれの相手であることがなんとなくわかるような気がする。

なんか、神経衰弱できそう。
この信号待ちをしている二人組を適当にシャッフルして「この人のペアは誰でしょう?」とカップル神経衰弱をするところを想像する。
あの人たちは帽子がお揃いなのね。
この人たちはシャツとズボンの色を入れ替えてるのね。
対する私たちは、おそらく真っ先に「このカスタネットは絶対ペアだべ!」と引き抜かれるんだろなぁ。

そして唐突に思い出したけれど赤と青って、テツandトモとも重なる色合いだ。
それもちょっと恥ずかしい。二人のことは好きだけど、いまはそういう雰囲気じゃない。
こいつらカスタネットにあやかってやがる」と思われるのと「テツandトモに寄せてやがる」と思われるの、どちらが嫌かを真剣に考えているうちに信号が青になり、私たちは区役所に向かった。
祝日だったため裏口から入り、入籍届を係のおじさんに渡すと、あっさりと出口へ促される。平日に無事に受理されたか確認の電話をかけて手続きは完了だという。

あっけなさに拍子抜けしたまま、ミスタードーナツでドーナツを買い込む。
悲しいことに彼氏の好きなD‐ポップもエンゼルクリームもゴールデンチョコレートもなくて、彼は少し肩を落として代案をひねり出していた。

そんな彼を励ましながら大通りに出ると、遠くにバスの頭が見えた。
あれに乗ろう!走るぞ!
そう言うやいなや、彼は私の手を引いて走り出す。
二つほど信号が挟まっているとはいえ、たしかに走らないとバスには間に合いそうもない。
私たちは、かなり本気で走った。それでもあっという間にバスは私たちに追いつき、ほぼ並走状態になった。
半歩前を駆ける彼のドーナツの箱から、ズッシャズッシャとドーナツが楽し気に揺れる音がする。
遅れまいと雨上がりのコンクリートを強く蹴ると、ぺたんこのバレーシューズがパチンパチンと間抜けな音を立てた。

切羽詰まった気持ちにそぐわない浮かれた音に、つい笑いがこみ上げてしまう。
これじゃあ本当にカスタネットみたいじゃないか。

なんとかバスに乗り込んで、家に帰ってきた。
オールドファッションをトースターであたためていたら、彼が隣にやってきた。
「これで俺たち、夫婦だな」
私の左手を取って、自分の頬につける。夫婦だねと囁き返して、夫の首に手を回す。

「なんか今日の俺たちさ、服派手じゃない?」
ええ、いまさら?
私なんて半日中、カスタネットのことを考えていたのに。


バス待ち中

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つる・るるる
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