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悪役ハネムーン

一日に二回、夫は「妻」を噛みしめる。
朝布団のうえで身体を伸ばして小さく呻くと、すかさず隣の部屋から夫が「るるちゃんが家にいる幸せっ!」と寝癖だらけの頭をくるくる撫でにやってくる。
夜風呂から上がると夫は「今日も俺たち夫婦だったねぃ」と、ほかほかと湯気を立てた状態で私を抱きしめにくる。はしゃぎすぎだ。

とんだ惚気話で始めてしまって大変に恐縮なのだけれど、同棲してから毎日、こんな感じで9ヶ月が経った。

その晩パソコンを見ていたら、いつものように風呂上がりの夫が抱きついてきた。
顔を上げると、彼は老いていた

目の下のクマはほんのりと色づき、頬にはほうれい線のような縦じわが見える。
玉手箱開封から0.2秒後ですか?とでも聞きたくなるような、絶妙な老け具合だった。
見慣れていたはずの夫の顔の急変にびっくりして、私に巻きついている彼につい「年とったねぇ」と呟いてしまう。

さっきまで私が見ていたパソコンには、7年前の私たちの写真が映っていた。
その写真を覗き込んだ彼は「ほんまやん!俺、ずいぶん老けたなぁ」と素直に目を丸くした。
そして私の顔をまじまじと見つめて、「一緒に年をとれて嬉しい」と頬ずりをした。私も同様に老いていると言いたいのだろう。
7年前のピチピチした私たちが、7年後に夫婦になった私たちを微妙な笑顔で見返していた。

2016年3月、大学生だった私と当時彼氏だった夫は、彼の卒業旅行として二人でハワイに行った。
そして2023年3月、私と夫は、新婚旅行でハワイに行く。
まさか再び一緒にハワイに来るとは思っていなかった。
しかも、夫婦になるなんて。

高橋果実店のマンゴー。
夫のお気に入りの、アロハシャツ専門店トリ・リチャード。
名前を憶えていないお店のクロワッサン・サンド。

どこのクロワッサン・サンドなんだろう

以前行ったときの写真や日記を踏まえて計画を練っていたら、夫が新たな提案をした。
せっかくの機会だから、綺麗な海辺でウエディングフォトを撮ろうという。

日ごろ気づけないほど緩やかに、でも確実に、私たちは年をとっていく。
お互いの老いを感じた彼は、新婚といえる今のうちにバッチリと決まった自分たちの写真を残しておこうと思いついたのかもしれない。
この決断がのちに悲劇を生むことなど知らず、私は二つ返事で賛成した。

そして週末、銀座でウエディングドレスを着た。
支店が銀座にあるこの店舗では事前に衣装を試着して一着決めたあと、現地に着いた後でハワイにしかない別の衣装と併せて最終決定ができるらしい。

店内は目に痛いほど真っ白で、ピチピチはしゃぐカップルが眩しかった。
まずは私のドレスを選ぶこととなり、10枚ほどのドレスが並んだ棚の前に案内される。

「このへんのドレスがハワイでも着ていただけるものですよ」

華やかなドレスを一枚ずつゆっくり品定めするふりをしながら、私はひっそりと冷や汗をかき始めた。

似合う、気が、しない。

なんだろう、「ハワイでウエディングフォトを撮りがちな人=ベリーベリーグラマラス」みたいな法則でもあるのだろうか。
グラマラスの対極をゆく、かつて「そうめん」と呼ばれていた私は、きらびやかなドレスに気後れして小刻みに震えた。

しかし「バストアップに成功したらまた来ます」なんて、退散できる空気ではない。
マナーモードになっている妻に気づくことなく、夫はにこにこと「こういうのもいいんじゃない?」と峰不二子しか着こなせないようなボンキュッボンなドレスを指してきた。正気か?

とはいえ現状では選択肢は10個しか与えられていない。
このなかから自分が着てもなんとかなりそうな衣装を選ばねば。

素早く、肩が隠れるタイプの一枚を選び取った。
現在私はインド映画『RRR』の主人公の一人、ラーマに感化されて腕ばかりをやたらと鍛えている最中だからだ。
そんな私が肩が露わになるドレスなんて着ようものなら、弓矢が似合う屈強な花嫁としてハワイの人たちを震撼させてしまう。

長袖のなかの私の肩事情など知らない店員さんは「もう一枚くらい着てみませんか?」と勧めた。
たしかにこの肩隠しドレスの予約が埋まっていた場合には、もう一枚スペアがあった方が安心ではある。
若干気乗りしないまま、胸元が眩しいドレスを選んだ。いかにもウエディングな、肩丸出しのドレスだ。

対する夫のタキシード選びは一瞬だった。
「黒のタキシードは暑そうだから、この白いのとグレーのを試着させてください」

そうして各々巨大な鏡張りの個室に誘導され、着替えさせてもらった。
万が一破いてしまったらと思うと気が気でなくて、つい足元ばかりを見てしまう。
店員さんに「ほら、ちゃんと鏡を見てみてください!完成ですよ!」と声をかけられ顔を上げ、目の前の鏡に映った自分の姿に愕然とした。

そこにはうっすらと胸の骨が縞状に浮き出た、もっさりしたおかっぱの女が映っていた。
貧しさが、もろに身体に表れている。
肩なんて鍛えている場合ではなかった。自分の胸元の貧相さにドン引きしてまじまじと鏡を見ていたら、妙な既視感を感じた。
記憶を手繰ると、ウルトラマンの敵、ダダに酷似しているのだった。

すみやかに星に帰れと言われるのではないかと身構えていたら、着替え終えた夫が店員さんを伴って部屋に入ってきた。

なぜか夫も、なかなかに悪役めいていた。
肩回りを重点的に鍛えまくっているせいで彼の身長に合わせたサイズのタキシードはピンと張り詰め、肩部分は今にも弾けんばかりだった。
マッスルポーズを決めようものなら両袖は爆散し、ダメージジーンズならぬダメージタキシードが完成してしまうことだろう。

彼に似合うのは常夏の砂浜ではなくて、荒涼とした『北斗の拳』の世界。
筋骨隆々の相手とボカスカ死闘を繰り広げた挙げ句、独特な断末魔の叫び声をあげて崩れ落ちるさまが目に浮かぶ。

「お写真撮りますね!お二人とも、もっと近づいてくださ~い!」
店員さんたちの華やいだ声を聞きながら、「ねえ、私ダダみたいじゃない?」と夫に囁く。

少し距離を取って私の全身を眺めた夫は、ぽつりと呟いた。
「やば、キャラデザが完全に悪役のそれ
人の体形をキャラクターデザイン呼ばわりするんじゃない。でも、わかる。

並んで撮ってもらった写真は、ウルトラマンと北斗の拳の夢の共演みたいだった。
家族LINEに写真を上げたら、弟と母から即「しにがみとムチムチ」「骨見えてるじゃん!ホラ〜!!」と返事がきた。
「当日はもう2サイズほど大きいものを用意した方がよさそうですね」と夫の肩まわりを慎重にチェックする店員さんを見守りながら、私たちは小さくため息をついた。

やたら悪役めいた二人が、新婚旅行でアロハなハワイに。
もう、むちゃくちゃに浮く予感しかない。
はたして私たちは、「いかにも新婚らしくピチピチしてるね」と後から楽しく振り返れるような、素敵な写真を撮ることができるのだろうか。

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つる・るるる
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