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【幸せへの誤解】幸せと、不幸せは同居する。うっかりSMへの気づき
最近、自分と向き合う中で気づいたことを、2つの記事で書きました。前半はこちら▼
そこで私はある勘違いをしていたことに気づいた。それは、「幸せな人は幸せである」という勘違い。
???... ですよねw
詳しく話すと、こうだ。
「幸せな人は幸せであって、不幸せではない」という勘違い。
実際はそうでもない。
「幸せ」と「幸せでない」は混在する。
例えば、私の場合だと、子どもと一緒にいて「幸せだな」と感じる。これは『幸せ』である。
一方、金銭的余裕がない。お金の心配がある。これは『幸せと感じられない』
そう、幸せな瞬間もあり、幸せでない瞬間もある。いつも心の中ではどちらも同居している。
つまり、人は複雑な生き物だから、幸せでありながら、不幸せも同時に持っている。100%幸せな時も、そうでない時もある。
幸せ=100%幸せ、ではないのだ。
別次元単位で「幸せでない」も同時にある。
「100%のうち、80幸せ+20幸せじゃない、ではない」
100の内訳ではなくて、例えるなら、別レイヤーという考えである
レイヤーとは、透明なシートを想像してほしい。
そこに絵を描いて、何枚も重ねていくのだ。
レイヤーを重ねて、『幸せ』が濃いか、心が落ち着かない『モヤモヤ』が濃いか。赤と青を混ぜたら紫になるけれど、赤紫か、青紫か、緑(他の感情)が混ざった紫か、時と状態によって変わる
アニメーションって、昔はセル画と呼ばれる透明なシートに描いたものを重ねて撮っていた
背景と動くキャラクターと、いくつか重ねて組み合わせて、一つの映像を撮る
人の心もそんな感じで、いろんな感情が重なって組み合わさって、上から見ると一つの心の動きがあるように見える。でも実際いくつも重なっていて、奥行きがあるし、どの断面から見るかによっても感情の濃さが違う
そう、一枚じゃなくて、一枚に見えるだけで、多様に混在している
幸せも、わかりやすい『幸せ』だけじゃなくて、そこには一見真逆の『不幸せ』も、他のネガティブな感情も、ポジティブな感情も、いろいろ混在している。
『あ、持ってていいんだ。それも』
何故だか「幸せ」は『幸せ』でなくちゃいけない気がしていた。とんだ誤解だ。
今「幸せ」と発っするには『幸せだけでないといけない』なんて、そんなわけない。
やべっ、今自分を縛ってた。
セルフSMだったわ。という発見。
「幸せ」でも、「幸せでない」感情を持っていていい。「幸せ」と「幸せでない」は同時に待っていていい。同居しているって話である。
〇〇すべき、であるべき、〇〇なはず、〇〇しないといけない
これらの概念?思いが、苦しみを生むと思ったから、断捨離したつもりだったけれど、まだ残っていやがったか...
私はこれを「うっかりSM」と呼ぶことにした。
またうっかりセルフSMしないように、気づいたら軌道修正していこう。そう気づいた出来事でありました
しがちよね、うっかりSM。
気をつけよー。
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