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欲しくはないけど経験に金を払う

「情報を得る」と言うことは目には見えないから分かりづらいが、かなりのアドバンテージであり、実はそれなりの対価を支払われるべきものである。だがしかし、時にはマイナス方向の情報もあることも忘れてはならない。

私がドトールに行けばアイス豆乳ラテを頼むことは話すまでもないが、それと一緒にスイーツを欲する時もあることはみなさん初耳であろう。

ドトールのスイーツと言えばミルクレープだし、ゴールデンボンバーといえば女々しくてである。その事実は私も鬼龍院翔も認めているくらいに有名なことだ。

だから私はドトールでスイーツを食べるならミルクレープを頼むし、カラオケでゴールデンボンバーを歌うなら女々しくてを歌うことで、間違えのない固い人生を送れている訳である。

そんなこんな毎度のごとく、ちょうどミルクレープとアイス豆乳ラテ分だけ胃の空きが出来たなと思いながらドトールにいらっしゃいませ入店したある日のこと、レジ横に「カヌレ」と言う、聞いたことはあるが実態はわかっていない「メンディー」くらいの理解度の物体が陳列されていた。

その時はミルクレープが食べたかったし、別に「カヌレ」を食べてみたいとは全く思わなかった。なぜなら「カヌレ」が何なのか分からないから。

ただもしここで「カヌレ」を食べれば、私は「カヌレを食べたことある人」になれると言うことが魅力的に感じた。今後どこかのコミュニティでカヌレの話で盛り上がっていることがあれば、「カヌレを食べたことある私」ならその会話に混ざれるかもしれない。

ここでミルクレープを食べても、今のちょっとの時間だけ「うっまっ!!!」と感じるくらいで今後の私の人生が大きく変わることは無いだろう。しかしここで「カヌレ」を食べれば、今後の私の人生が大きく変わることは無いだろうが、今は持ち合わせていない新たなる知識を身に付けることができるかもしれない。

ということであまりよく分かっていない「カヌレ」を注文した。「メンディー」のライブとかには決して行かないであろう私にしてはなかなか逞しい行動である。カヌレが美味しかったかどうかはまた別の話であるが。

ここでふと思い出されるのは大学院生時代、強化学習を専門とする研究室で研究に勤しんでいた時に学んだ「探索と活用」のバランス。簡単に言えば、今までの情報を活用して最大の利益が得られる行動を選択するか、未知の行動を選択することで今までよりも大きな利益を得られる行動を探索するかのバランスが大切であると言うこと。

今までの情報からミルクレープを選択していればある程度美味しいことは確約されている。しかしここでカヌレの美味しさを一度探索しておくことで、もしカヌレがとんでもなく美味しかった場合に、今後の選択を全てカヌレにする事によって、ミルクレープしか選択肢を知らない自分よりもより多くの利益を得られると言うことである。カヌレが美味しかったかどうかはまた別の話であるが。

すなわち私は大学院に通い、時代に置いていかれたかのような大きなレンズの眼鏡を掛けた教授にご指導いただきながら、誰のためになるのかも誰が興味あるのかもわからないような研究を粛々と進めることで、いまここドトールでカヌレを選択することができたのである。カヌレが美味しかったかどうかはまた別の話であるが。

ありがとう全ての大きなレンズの教授、さよなら全ての大きなレンズの教授

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