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涙のリクエスト 〜自由奔放な母、タモヨ その5〜 #052 (いい夫婦の日プレゼンツ)

このところ8月の父の誕生日に、父サチオの好物のウナギやカルビをもって帰省することにしている。

5月の母の誕生日にはいつも水着を贈る(※)のだが、帰省時父にだけ食べ物を持っていくのも悪いので、電話した折、母にも何か食べたいものがないか聞いてみた。

母タモヨはしばらく考え、「そうね、お寿司が食べたいわ。最近食べてないから」と言った。じゃあお昼に買って行くから、と私は約束した。当日妻と私は途中で「角上魚類」(新潟県長岡市寺泊に本拠を置く鮮魚店)に立ち寄り、握りたてのお寿司を調達した。

お昼頃実家に着くと、いつも通り自由奔放な母は、用事で外出していた。戻ってくるなり、最近車をぶつけて大変だったこと(幸いけがはなかった)やその後のやり取りについて怒涛の勢いで話しだした。

母のリクエストの寿司を買ってきたと告げると、母は言った。

「私ぜんぜんお腹空いてないの!さっき朝食食べたのよ。朝食、大事だから!」

われわれは衝撃を受けた。

母が朝食を大切に思っているのはわかる。しかしここで問題なのは母が昼に寿司をリクエストしたのに、昼にお腹いっぱいになっているということだ。

「私は食べられないけど、あなたたち食べなさいよ。お父さんも食べたら」とタモヨは言う。

「い、いや、お母さんが食べたいっていうから買ってきたんだけど…」

「私は朝食を食べたのよ。大事だから!」

タモヨはまったく話を聞いていない。

そうだった。昼食があるとわかっていても朝食を食べてしまうのが我が母タモヨなのであった。リクエストされたからと言って、自由奔放な母タモヨがお腹を空かせてるとは限らない。しばらく会わない間に、われわれは常識にとらわれてしまっていた。

父も母と同じ時間に朝食を食べたはずなのだが、「せっかく買ってきてくれたのだからみんなで食べよう」と食卓に着いた。おお、さすがは長年部下を大事にして仕事をしてきた父サチオ。母に腹を立てていた私は、父に救われた気がした。

しかしそう言った直後、われわれが食卓に皿や箸を並べていると、父サチオは穴子の寿司のパックを開け、箸で挟み「じゃ、いただきます」と一人食べ始めた。

みんなで食べるのではなかったのか。


そうだ、最近父も自由奔放なのだった。

先日うちに遊びに来た6歳になる友人の息子が、大人がみな揃うのを待ちきれず、マグロの寿司を食べ始めていたことを私は思い出した。

母タモヨは、最近のいろいろな出来事をわれわれに話したくて食卓に着いたようだった。そして話しながら、寿司は食べずに、何故かホタテの磯部揚げにぱくついている。

父は熟れて赤くなった桃を、マグロの切り身と間違えて醤油につけてうまそうに食べている。タモヨは「あなたそれはマグロじゃなくて桃よ」と父に言いつつ、自分でも桃をうまいうまいと食べていた。

タモヨよ、お腹いっぱいなのではないのか。

リクエストされたものが喜ばれないことに、私たち夫婦は心の中で涙した。

まあしかし、両親はなんだか元気なので、それでいいと思うことにしたのだった。

(追記)
ちなみに今のところ両親ともに認知症や記憶障害は特にみられない。だからこそ、私はふたりの自由奔放さにクラクラするのであった。

母タモヨシリーズ(マガジンにしました)

2024年11月7日執筆、2024年11月22日投稿(いい夫婦の日for両親&われわれ)

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