これは,彼と私だけの秘密です。

夜行秘密を読み終わると同時に,微かにバイブ音が響いた。

やけに小説めいた表現になってしまうこと,つい1分前まで本の中にいたから許してほしい。

カツセマサヒコという名前は,どこかでみたことがあったが,特段意識したことはなかった。ある小説の作者であると知るまでは。

**
あの夜私は彼と二人で,音楽や小説の話をしていた。

あのバンドいいよね,と既に互いが知っていそうなバンドを一通り挙げ終わった頃だった。私は少し格好つけたくなった。

「キリンジって,知ってる?キリンジの,エイリアンズって曲が好きなんだけど」

「え,もしかして『明け方の若者たち』観た?」

彼からの答えは私の予測し得ないものだった。観てないと言うと,彼はその映画が好きなこと,カツセマサヒコが好きなこと,そしてエイリアンズを映画通りアラームにしていることを語り始めた。

「でもそれって,映画で知ったんでしょ?私は自力でこんないい曲見つけたよ」

少し悔しかった。その映画,私も確かに気になっていたが,観ないで誤魔化していた。私が文化的な欲求の全てに素直になると,きっと彼のようになると思う。彼は一瞬の興味を逃さないで,自分を浸らせることができる。

少し意地が悪いことを言ってしまったと後悔したが,彼が悔しそうな顔を浮かべているのを見て少し安心した。

(私がエイリアンズに出会ったのは星野源のオールナイトニッポンである。)

**
「夜行秘密」とは,私がindigo la Endの中で最も好きなアルバムの一つである。しかしある時,「夜行秘密」と検索をかけると,小説ばかりが引っかかった。

公式ホームページのようなものを開くと,すぐにindigo la Endのアルバムを基に書かれた小説だとわかった。

正直読みたくなかった。

私には私の世界のindigo la Endがある。それ以外に染まることなど許せなかった。

彼と語り合った翌日,明け方の若者たちを観た。彼を介すと,私は文化的欲求に急激に素直になる。

「カツセマサヒコは『夜行秘密』も書いてるよ」

彼からの連絡でようやく気がついた。カツセマサヒコは『明け方の若者たち』の人ではなく,『夜行秘密』の人。だからピンとこなかったんだ。

そしてたまたまその頃,『夜行秘密』を読む覚悟をようやく決めたのだった。彼とはいつもタイミングが合う。

直ぐに読んだ。今読み終わった。

評価が分かれていたから,あまり期待はしないで読み進めた。途中,私がindigoの中で一番好きな曲のタイトルが出てきたので付箋を貼った。

「登場人物に共感できなかった」

そのコメントにはじめは賛同した。出てくる人物全てが私と1ミリも重ならなかった。しかし,話が進むとだんだん色んな世界が広がっていった。確かにこの小説は私と同じ世界に存在している。私とは交わらないというだけで。

正直に言うと,面白かった。読んでよかった。きっと直ぐ,『明け方の若者たち』も読むだろう。

**
感想を,彼に教える約束だ。indigoの曲は彼に重ねて聴くことがほとんどだったから,小説を読みながら彼のことを考えていた。最後の1行を読み,本を閉じるとバイブ音が微かに聞こえた。まさかと思った。彼からだった。

くだらない内容が送られてきている。それは私と彼が"両想い"であるとわかったからであろうか。

私たちはあの夜,エイリアンズについて語り合ったあの夜,確かに気付いていた。いや,それより前に気付いていたのかもしれない。彼と離れた4年前。私と彼はそれぞれ違う相手を選んだ。確かに何かが合っていたのに。こんな人他にいないってどこかで予感していたのに。

それを無視してしまうほど,若かった。

4年ぶりにちゃんと話す彼。女の影はなくなっていた。一方の私はどうだろうか。少し汚い影がチラつかなかっただろうか。

確かにあの夜,私たちは同じ気持ちでいた。それを確かめ合っていた。

色んな人を巻き込んでしまったと思う。彼も私も多少はモテるタイプであると思う。彼を待つ間,色んな人を巻き込んでは突き放し,気付かないふりをして傷つけてしまった。

4年前。あのとき,彼はモテていた。私の親友が,彼のことを好きだった。結局親友も私と同じタイミングで失恋して他の人を選び,そしてその彼氏と今も続いている。もし彼女が,私と彼が繋がっていると知ったらどう思うのだろうか。

私が傷つけてしまった"あの人"たちは,どう思うのだろうか。

いつか私は殺されてしまうかもしれない。それは,彼女か,あの人か,はたまた彼か,わからない。わからないが,それでもきっと会いに行くだろう。

夜行バスに乗って,遠く離れた彼の元へ。それまでこの本のことは忘れないでいよう。

このことは,彼と私だけの秘密です。


**


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?