所持金が500円になるまで楽しんだ私の文フリレポート@京都
回してください、と隣に並んでいる女性から差し出されたパンフレットを受け取る。東京での盛況の噂を聞き、開場の30分前にみやこめっせに乗り込んだが、すでに横4列の待機列ができ始めていた。想像以上の熱狂に圧倒される。
文フリこと文学フリマは、小説やエッセイ、詩歌などの作り手が集まり、自ら販売するイベント。大手書店に流通する本だけでなく、個人で制作したものも多く出品される。
かくいう私もこの文フリの出店を目標に、1年前からいくつか並行して制作していたのだが、どれひとつとして間に合わなかった。せめて来年の下見にと客として参加を決めたのである。
受け取ったパンフレットをぱらぱらとめくってみる。小さな文字で見開きいっぱいに出店者名が並んでおり、気が遠くなる。作り手側に回るつもりでいたので、なんらの情報収集もせずに来てしまった。扉が開いたとて、どこへ向かえばよいのか。そうこうしている間にもぞろぞろと列が伸びていく。私のような虚脱状態の人などおらず、みなこなれて見える。人波に押され流され、買うどころか本の表紙すらこの目にとらえることができぬままゲート外に吐き出されるイメージが浮かぶ。開始前から帰りたい。と思ってしまった自分に嫌気がさして、さらに落ち込む。
「あの、こういうイベントってよく来られるんですか?」
先ほど丁寧にパンフレットを渡してくださった隣の女性に声を掛けてみる。「初めてなんですよ」とにこやかに答えてくださり、ひとしきり会場の混雑への驚きを共有すると落ち着いた。改めて出店者名簿と会場の地図を見比べると、取り扱う作品のジャンル別でブースが集まっていることが判明。今回はエッセイや詩歌に狙いを定める。
ゆるりと前に進み始め、「お目当ての本が手に入りますように!」と女性の健闘を祈る。いざホール内へ。
まずは知り合いの出版社・烽火書房さんのブースへ。編集者の嶋田さんが営む書店hoka booksさんのファンであり、バンドに挫折した縁で一緒にZINEを制作している仲である。
まだ手に入れられていなかった『たやさない』の第2弾と第3弾を購入。出版業界に限らずなにかをつくり、表現する方々が、ぞれぞれの活動の経緯や現在の状況を綴る中で、つづけつづけるヒントを探るエッセイ集である。毎号がらりと雰囲気を変える表紙は嶋田さん自らカットし、カバーを巻いている。内容もさることながら、手塩にかけ刊行しつづけるその静かな情熱に目を奪われるのである。
ひとまずなにも買えずに出るという最悪の事態は避け、ほっとして歩いていると『しないことリスト』のphaさんのブースを発見。東京に訪れた際に、スタッフとして働いていらっしゃる蟹ブックスさんにお邪魔したことがあると伝え、好きな歌人のお話などをさせていただいた。『おやすみ短歌』にも惹かれつつ、今回はISBNコードのついていない本を買うぞと『短歌五十首 少しだけ遠くの店へ』をチョイス。
「サインしますよ!」とゆるかわいいイラストと名前を入れてくださり、舞い上がる。
人ごみで立ち止まる余裕もないのではと危惧したものの、朝一番からお昼時を選んだのが功を奏し、比較的ゆったりと選ぶことができた。作り手の方とのお話も楽しく、気づけば3歩に1回足を止め、口と同じくらい快活に財布を開いた。
レザー風の表紙に目が留まったのが、星野灯さんの詩集『星は星であるために光る』。
1冊ずつ凹凸や風合いが異なる”世界でひとつ感”にわしづかみにされ、店頭で積まれた分から直感で気に入ったものを選ばせてもらった。読みながら触れる指先の感触も愛おしい。引きつけられたページから少しずつ味わっている。
やっぱり欲しくなってしまった『おやすみ短歌』(枡野浩一、pha、佐藤文香)を実生社さんのブースで購入。「眠る前に読む」をテーマに短歌をお三方が選び、感想と解説を添えている。角の丸みが本好きの心をくすぐるのよね。
あわせて『応答せよ、こちら洛外よりvol.1』も。「今日はこれを一番売らなきゃいけなくて。100冊で元が回収できるんです」とからりと経費事情を打ち明けてくださる。何冊刷るか問題は私の目下の悩みでもあるので他人事ではない……。実生社さんの本は、店頭でぱっと目を引く鮮やかさもありながら、ずっと手元に置いても飽きのこない色遣いがステキ。
タイムラインに流れるたびに目を止めていた谷じゃこさんの『ヒット・エンド・パレード』と『阪神タイガースほんとにほんとにありがとう!!ZINE』をゲット。
表紙とタイトルでもうべた惚れなのだけど、小さな不満や怒りすら諧謔味とともにすこーんと飛んで抜けるような勢いと快さを覚える歌が多く、味わいながらも次次と欲してしまう。
阿波野巧也さんも気になっていた歌人のひとり。
『百日百首』は百日分の日記と短歌の記録である。作品の背景が少し覗けるのは、短歌を読むのは好きだけどちゃんと楽しめているのか自信がない私のような初心者にもうれしい。もちろん歌集を購入するのが作り手にとっても読み手にとっても一番よいのだろうが、手に取りやすい価格でまずは触れてみるという選択が取れるのは文フリの魅力のひとつである。
クリアファイルに挟まれ、クリップ留めされた状態で手渡された『かるま通信.zip()』(水沢記、古都詩子)。
なんと丁重な……と受け取ったのだが、帰って裏表紙をよく読むと、クリアファイルでzipファイルを表現していたのか。クリップを外して解凍せよ、とは心ニクい。福岡と京都、ふたつの都市から生まれる詩と短歌のやりとり。全ページカラーで写真もしっかり味わえる。
モノ・ホーミーさんの『モノ・ホーミー線画集1』。
書店やSNSでかわいいイラストをよくお見かけしていたので、お迎えできたのがうれしい。漫画『ちょっとした、ごはんの話』は「食べものの話なんですけど、おいしそうとは言われなくて……」とおっしゃっていて、逆に興味津々。確かに私にとってはなじみのない食材や取り合わせが出てくるのだけど、むくむく想像を膨らませながらめいいっぱい味覚を研ぎ澄ませて読むのが楽しい。
牛隆佑さんのXで気になっていた『レ詩ピ2』は、嶋田さくらこさんの詩と短歌、レシピをもとに、小幡明さんがイラストを描かれたそう。他のメニューもあったけれど、大好物の苺タルトを迷わず選択。
レシピと詩の境界をとっぱらってしまう嶋田さんのことばと幸福感いっぱいの小幡さんのイラスト。ゴムべらが生地を切る音や甘酸っぱい苺の香りまで届いてくる。
昨年末にお白湯を始めた私。飛び込んできた文字に思わず足を止めてしまった南部宏子さんの『お白湯通信』。
北海道からいらっしゃったとのことで、本場の(?)温活情報を教えていただき、リニューアル第1号と第3号をお買い上げ。「大事なのはあたたかくなっても続けることですよ」と帰り際にいただいたアドバイスにどきり。夏は氷でキンキンに冷やして飲むの、しっかり見抜かれてる!
「入社2か月でクビ」という衝撃の一文で手に取らざるを得なくなった真崎さんの『あなたのキャリアはどこから?わたしはクビから』。
「わたしも転職が多くて……」と打ち明けると「こんな感じですか?」と本の表紙をめくって差し出される。1ページ目が職歴紹介になっている。入社から退職まで1年きっていたり、非正規になって正社員に戻ったり、わあ、私と近い。互いに「頑張りましょうね、生きるの」と誓い合って別れる。
この日のミッションは「酒の本を買って帰る」。ということで巡り合ったのが『三酒三様』(浅沼シオリ、早乙女ぐりこ、武塙麻衣子)。
酒好きの書き手3人によるアンソロジー。3人で飲んだ同じ1日をそれぞれの視点で描いたエッセイも収録されているとのこと。もう楽しそう。最近はもっぱらサイゼのみの私だが、「サイゼで元日から飲んでました」という早乙女ぐりこさんのレべチエピソードに打ちのめされる。辛味チキンへの愛と切なさを共有し、サイゼ熱も高まってしまったが、この本で予習して、久々のお店開拓に繰り出すのもいいな。
「自由って好きですか?」と聞かれ、興味をひかれたのが真実のホタテさんの『自由苦手』。
いつだって求めてはいるけれど、いざ手に入ると扱いに困るのよね。楽しかったものが「やらなきゃいけない」に変わっていたりして。せっかくの自由を自分で縛っている。「この本をつくるときもそんな感じでした」と共感していただき、私も一度ゆっくり考えてみようと手に取る。
欲しい本リストに入れていた『転職ばっかりうまくなる』を発見!同い年だったり、書店員を経験していたり、周りより転職回数が多かったりと、シンパシーを感じて気になっていた。
なんと著者のひらいめぐみさんが在席されており、こちらもサインを入れていただく。緊張しすぎて自分の転職回数がわからなくなる失態を犯すも、文フリで生まれるご縁に感動……!
最後に購入したのが吉村萬壱さんの『萬に壱つ』。
吉村さんの文章は拝読していたのだが、編集されたなかむらあゆみさんに「写真もスキで」と推していただき手に取る。なにげない生活の景色の中に、心がうごめくなにかがある。評することができるほど目を肥やしてきたわけではないけれど、なにかの正体をじっくりと探りながら読みたいと思う。
夢中で本を選んでいたら、半分回ったところで所持金が500円になってしまった。からっぽになった財布と引き換えに、入場時にもらったバッグはぱんぱん。開場前に帰りたいとほざいていたのが嘘のよう。
心残りはあるが、どうしようもないので外へ。しみるような京都の冷たい風を頬に受け、満足感の奥に積み重なった疲労に気づく。
本を買うのは案外疲れるらしい。どこを向いても文字、文字、文字。強制的に飛び込んでくる情報の多さに頭がぼんやりして、立ちすくみそうになる瞬間があった。本というのはどうしたって信念が込められるもの。その”強さ”は意識しているより鮮烈だ。にもかかわらず、買って読まなければわからない怖さがある。書店で働いていた私ですらある。
その心のこわばりをほどくのが、会話だ。簡潔に内容を説明してくれると安心するし、作り手自身が楽しんでいるのが伝わると、聞いている側のプレッシャーも和らぐ。
来年出店するとして、noteで活動しているだけの私はおそらくほぼ全員に「こいつ誰やねん」と思われる。長年培ってしまった人見知りも、時間とお金をかけて届けたかった熱意も、ちょっとぐっと押さえて、目の前に訪れた出会いを楽しむゆとりが大事かもしれない。
もうひとつ印象的だったのが「昨日届いたんです!」「新刊がなかったので急遽つくりました!」という作り手さんの土壇場の行動力である。1年前から取りかかって間に合わなかったのは仕方ないとして、なにも手を打たなかった自分の生ぬるさを痛感する。あたためている企画を時間の要するものと、思い立って仕上げられるものに分類しておく必要がありそうだ。
作り手としては出ていったお金以上の収穫を得たのかもしれない。取りこぼさぬよう、腕にかかる重みを抱え直しながら晴天の大鳥居をくぐる。