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「私弱いよ!」と職場でアピールしたらめちゃくちゃ強くなれた理由
「消えてしまいたい」
うっすらと脳裏をよぎる。
柔らかな朝の日差しと対照的に、かちかちに凝り固まった表情。ブラックコーヒーを淹れている自分の表情が死んでいることは手に取るようにわかった。
前職、私は福祉事業所で生活支援員として働いていた。"障害と向き合われている方々(以下、利用者さんと呼ぶ)の生活支援や就労サポートを行う仕事"だ。利用者の生活能力向上や生産活動面でのサポート、健康管理や相談業務など、その仕事は多岐に渡る。障害は「精神」「知的」「身体」「難病」など様々だ。
朝早くに出社し、誰もいない社内でひとり私は事務作業を行なっていた。
仕事が遅いことは恥ずかしいことである。だから、私はこうして何時間も前にこそこそ出社して仕事を少しでも片付けている。そんな時——
突然、涙がこぼれた。
目にゴミが入っただけかと思いたかった。眉間を熱くさせ、どうやら体が震えている。嫌になってしまうよな、自分のことが。
メールひとつ返信するのに、どうしてこんなに時間がかかってしまうのだろう。ファイリングして仕舞うだけなのに、どうしてこんなに山積みになっても手がつけられないのだろう。あのポスターも張り替えないといけない。あとあの人にも連絡を入れておかないと。それとまだ会議の資料もまとめていない。今日の外部MTGも緊張する、、ああ。もう一度本当は見直したいものがあるのに。
「もう限界だ」
何度もそう思ったけれど、私はまだまだ頑張りきれていないだろう。私より残業している人がいる。私より効率よく動けている人がいる。私より仕事をこなしている人がいる。
こうして人と比べてばかりの自分も正直うんざりである。私は私でやっていけばいいのに。今まで散々失敗してきたのに。意識しようと思ってるのに。同じ土俵に立たないようにしているのに。それなのに、どうしてこんなに息が詰まってしまうのだろう。
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「おはよう〜!早いね〜!」
気づけば数時間経過していた。寝ていたわけではないのに、私はハッと正気に戻る。続々と他の社員さんが出勤してきた。心臓の鼓動がやけに速くなる。
「いつも何時に来てるの〜?早いよね」
「えっと、さっき来たばっかりです」
「でも早めに来ててえらいよね〜」
私は、朝早く来たことによって自分が終わらせられた仕事を確かめる。「たったこれだけか」。頭の中はこんなに忙しくしていたのに、どうしてこんなに仕事が片付かないのだろう。仕事に追いつけなくなっていく私はパンクし、疲労感も比例していく。後で終わっていないものを上司に詰められることを想像して、それだけで胃液のようなものが、ぽとりと口の中まで上がってきていた。
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「おはようございます」
オンラインで社員全体の朝礼が行われる。
"ちゃんとしている人間"かのように、私は毎日必死に背筋を伸ばして振る舞った。積極的に発言もした。議事録も率先してまとめる。任された仕事は
全部こなした。任されるということは期待されていることだと思ったから。できると思われているのであれば、それに応えたいと思うではないか。
万が一にも「私にはできません」などと言えなかった。そんなの、給料泥棒みたいではないか。働いているのであれば、全部、やらなければならない———
「大丈夫…?」
ゆっくり顔を覗かれた。うわあと声をあげ、私は体を下手に動かす。
"私が担当している方"だった。
それぞれの部署に利用者さんが勤務している。社員(生活支援員)1人に対して、だいたい7、8人を受け持っている。実際はイレギュラーが多くあり、他部署の方のフォローもする必要があるため、体感だと20人くらいの調子に寄り添い、仕事をしていくことになる。
「最近、なんだか表情が固いから…」
色々、利用者さんも気づいたことをよく私に報告してくれる。
なんてことない。生活支援員はサポートする立場だが、ざっくばらんに利用者さんと日々会話する。上司と部下、みたいな関係より、仲間のような感覚の方が私にとっても相手にとってもやりやすいように感じた。それが伝わっているのか、よく私の様子も皆気にしてくれた。
「無理してない…?」
大丈夫ですよ。そう私はからっと返事をする。私が社員さんに相談するならまだしも、利用者さんの前で弱音を吐くわけにはいかない。どちらがサポートしているかこれではわからないじゃないか。
一人ひとりの利用者さんの福祉名簿をまとめていく。本当は朝早く来た時に終わらせておきたかったのに、結局この時間から着手している。頭が働かない自分を責め続け、こうして全員が出勤して揃えば、あらゆるイレギュラーな対応が舞い込んでくる。もう限界だ。どうしてこんなに私は弱いのだろうと嘆いた。
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また私はいつも通り数時間早く出社していた。
社用のポットに水を入れ沸かし、ブラックコーヒーを入れる。誰もいない社内は落ち着く。私はどこかこうして誰にも関与されず、ひとりで働き続けたいのかもしれない。ただその気持ちの中にも仄かな明かりが灯るようにして「みんなと一緒に働きたい」という気持ちもあった。
そうぐるぐる考えていたら、会社の玄関の方から音が聴こえる。
めずらしい。こんな時間に誰だろう。忙しくしている社員さんに違いない。
挨拶に行こうと思い、コーヒーの入ったカップをテーブルに置き、私は駆け足で向かう。
「おはようございます…!」
そこにいたのは、私に「大丈夫…?」と聞いてくれた利用者さんだった。まだ出勤の時間まで何時間もあるのにどうして——
「きっと朝からお仕事しているんだろうなと思って」
そうだけど、、でも、、。声が詰まった。何しに来たんですかとは言えなかった。一度帰りましょうとも言えなかった。
こんなに早く来てもらっても仕事はない。そう説明しようと思った時、利用者さんが口を開く。
「いいんですよ。みんなを頼って」
私はまた泣いた。嗚咽してしまった。
生活支援員が利用者さんの前で泣いてしまうなんて、あってはならないことだ。精神疾患を抱えている人も多い。私の不安定なところが、周りに伝染してしまったら、私の存在価値などマイナスになってしまう。泣いてはいけない、泣いてはいけないと思えば思うほど止まらなくなってしまった。私は生活支援員で、いい大人なのに。全部、失格ではないか。
「頼っていいんですよって、言いに来ました!それだけです」
みんな弱いんですと利用者さんは言った。私をよく詰めてくる上司の上にも、またさらに上司がいて、みんな必死で、みんな弱いことを教えてくれた。
「だから、もっと助けて!私弱いから助けて!って言ってください」
一気に肩の荷が下りたみたいで、私は思わず腰をすとんと床に落としてしまった。
ずっと言われたかったのかもしれない。
助けてと言っていいよと言われたかったのかもしれない。私が弱いことを、ちゃんと自分で認めたかったのかもしれない。でもどれもとても恥ずかしくて情けないことだと感じていたから。
思えば幼少期は、我慢をしたり、真面目に生きていることで褒められるような家庭だった。我慢してえらい、真面目にやってえらいと言われ続けていたのだ。それに対して何か恨むような気持ちなど毛頭ないが、きっとここまで思考がこびりついていたのかもしれない。
私はその朝、利用者さんと一緒にコーヒーを飲んだ。仕事は一度置いて、ゆっくりと社内で時間を過ごした。うちの会社は窓が大きく、緑が広がっているような健やかで、綺麗な景色だった。それをふたりで眺めながら、他愛のない会話をたくさんした。
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「おはよう〜!早いね〜!」
また続々と社員さんが出勤してくる。私は気持ちを切り替え、いつものオンラインの朝礼に望んだ。
「じゃあ、議事録まとめるの今日誰にお願いしようかな〜」
上司が画面をゆっくりと見渡す。私は「やります!」とは言わなかった。いいんだ。これで。私は精一杯もうやっているよ。また幾分余裕ができたら積極的に仕事をもらいにいけばいい。私は弱いんだから、別にいいんだ。
そうしていつも通り、会社全体が動き始める。私は事務処理をしたり、福祉面談などをこなしていく。どれもこれも仕事が山積みで、その日も私は頭がパンパンだった。そんな私にもお構いなしに皆話しかけてくれたり、頼ってくれたりする。でも、今日は違うんだ。
「私今日もう無理〜〜〜〜!」
声の適切なボリュームもわからず、私は社内で叫んだ。思わず笑みがこぼれた。私、何やってるんだろうと我に一瞬で返ってしまった。ただそのさらにすぐの一瞬、皆が寄ってきてくれた。
「私にできることない?」
「頑張りすぎだと思ってたんだよね」
「やっと言ってくれたね!一回何か飲んだら?」
利用者さんがたくさん声をかけてくれた。精神疾患をお持ちの方は、敏感な特性を持っている方が多い。だからこそ、ずっと気づいてくれていたのかもしれない。
「もっと頼ってください…!」
皆が口を揃えて言っていた。本当に、ありえないほど涙が止まらなくなってしまいそうだったが、私は必死でこらえて平静を装った。そして私は真面目な顔で言葉を放つ。
「私、めちゃくちゃ弱いから、みんな助けて!」
生活支援員とは思えない発言である。だがこれをきっかけに、利用者さんは困っていることや悩んでいることを"事前に"私に話してくれるようになった。「社員が弱音を吐いているのであれば、私も言っていいよね」と、いい意味で皆のハードルが下がっていった。これはとてもありがたいことだった。いきなり課題が出てくるより、先にわかっていればできることは多い。そのことに気づいたのと同時に、私は今まで仕事を溜め込んで、周りに同じ気持ちにさせていたのではないかと反省した。
そうしてそれから数日が経ち、上司との面談があった。
私は相変わらず仕事が遅くて、達成できているものが少なかった。改善策をまとめたり、必死にレポートだけはまとめた。それを見て、上司は柔らかく口を開く。
「最近、あなた強くなったよね」
私は思わず混乱してしまった。そんな私の様子を見て、上司は続ける。
「自分の気持ちを正直に話せるようになると、人は寄ってくるし助けてくれるものなんだ。ただみんな意外とそれをしない。とても勇気のいることだからね」
私はまた目頭を熱くしてしまった。自分で心に縛り付けていた紐が解けていくようだった。
私は弱い。でも、強いところもある。そういう人間でいいじゃないかと思えた。むしろこうして人間臭くいるほうが、合う人が自然と寄ってきてくれるのかもしれない。何より私の性に合っているだろう。
そんな人たちと私は、あたたかいコーヒーを飲んで、生きていたいのかもしれない。
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