映画『スモーク』ほろ苦くて美しく優しい
アメリカの作家ポール・オースターの『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』が原作。
ポール・オースター自身が映画化に際し脚本を書き下ろしています。
脚本、演出、俳優たちの演技、音楽と全てが溶けあっていて、映画は総合芸術なんだと感じます。
ウェイン・ワン監督、ポール・オースター原作脚本、1995年製作、アメリカ・日本合作映画。
1990年のニューヨーク・ブルックリン。
タバコ屋を営むオーギー・レン(ハーヴェイ・カイテル)
彼は毎日同じ時間に同じ場所で写真を撮影しています。写真は丁寧にアルバムに貼り付けられていて、その数は4000枚。
タバコ屋には常連客が集まってムダ話。
常連客の一人ポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は小説家。妊娠中の妻を事件で亡くしスランプに陥っています。
ある日、車にぶつかりそうになったポールをラシードという少年が助けます。
助けられたお礼にラシードを部屋に泊めたポールですが、ラシードは両親不在で訳ありな様子。
物語は、タバコ屋のオーギー・レン、小説家のポール・ベンジャミン、ラシード少年の3人を中心に進みます。
オーギーの元彼女とその娘、ラシードと父親など3人にまつわる人物が現れる群像劇ですが、話はとてもシンプルで、そこに登場する小さいエピソードは普遍的で心を打つものばかりです。
小さいエピソードの積み重ねを観るうちに、オーギー・レンが一見強面だけど、筋が通っていて優しい事や、小説家のポールが皆と関わる中で生きる力を取り戻している事が感じ取れます。
一番素敵なエピソードは映画終盤に用意されている『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』です。
ニューヨーク・タイムズ紙からクリスマスの日の紙面にクリスマスの話を書くよう依頼が来たポール。
それを聞いたオーギーは共に喜び、締め切りが迫るのにアイデアが浮かばないというポールに「クリスマスに本当にあったいい話」を話します。
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オーギーが今の店に雇われた1976年夏のこと。
ポルノ雑誌を万引きした少年を取り逃がしてしまったオーギーが、少年が道に落とした財布を拾うところからストーリーは始まります。
財布の中にお金は入ってなかったのですが、免許証と数枚の写真がありました。写真の一枚には母親、もう一枚は賞状を胸に抱いていて宝くじを当てたようなうれしそうな笑顔の少年。
ほだされて、怒りの消えたオーギーは少年の財布をそのまま持っていました。
その年のクリスマス。
ひとりぼっちでクリスマスを過ごすことになったオーギーは、思い立って、財布を返しに少年の家を訪ねます。
やっと探し当てた少年の家にいたのは、少年の祖母ひとり。
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そこからのオーギーの話は、とても、ほろ苦く優しい。
オーギーを演じるハーヴェイ・カイテルの話に聞き入ってしまいます。
話が終わった時、ポールは言います。
彼女を幸せにした
映画のラストはモノクロームの映像で、オーギーが話したクリスマス・ストーリーが回想されます。
トム・ウェイツの曲と共に、画面に現れるストーリー。
この数分の美しく優しい時間を過ごしたくて、繰り返しこの映画を観るのかもしれません。
優しい嘘も悪くない。
トム・ウェイツ『夢見る頃はいつも』