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月にまつわるエキセトラ。ママと私とお月様と。

月が私にアピールしてる気がすると友達に話したら「へえ?」と変な声を出されて、終わった。

あの日から私はお月様をよく見るようになった。2階の窓から覗くお月様をよく見るようになった。

ある日いつものようにお月様を見ていた私は自分の目を疑った。昨日のこの時間見ていた時とは明らかに違う場所にお月様がいるのだ。ちょっとどころの騒ぎではない、右と左、上と下、くらい違うのだ。

ザワザワする。

見てはいけないものを見てしまったような、気づいてはいけないものに気づいてしまったような感じがして背中が硬直する。

いつものように窓から月を見ているだけなのに現実感が薄くなっていく。

それ以降、村上春樹の月が二つになる小説の主人公くらい意識して月を見た。

月は優しい。会えるとうれしい。
いつも窓越しに手を振って挨拶する。

だからなのか、なかなか観測できない。つい眺めてしまう。

結局、変な動きのお月さまはあの日だけだった。なんだやっぱり気のせいか。気づけば、今まで通りの私とお月様の穏やかな日常に戻っていた。

しかし忘れかけた頃に、それはまた起こった。起こってしまった。

もしかしたら私の月の知識が間違っているのかもしれないと思い「月、動き」で検索してみる。

月の動きが書いてある絵が出てくる。
見たことがある。
私が知っている月の動き方だ。

月についていろいろ読んでみる。
1時間に約15度、西に動いている。
月の出は約50分ずつ遅くなる。
なるほど。

私の月の知識はあいまいだったが大枠の所で合っていた。ということは、私の見た月の動きはやっぱりおかしい。常識を超えている。

または私が常軌を逸している。

月の前で「うーん」と唸ってしまった。

気になって仕方ない私は、ネットや本ばかりか、科学館に行って月のことを勉強してみた。

月ってきちんとしている。
とにかく規則正しい。優等生。

そこから導き出される結論は一つ。月が自由気ままに動くなんて、そんなことは絶対に、ない。

やっぱりね。そうだよね。

それでも、しつこい私はサイエンスに詳しい友人に質問した。

「あのさ、今どこかの国が月を作ってて、それがチラッと見えちゃったみたいなことってないのかな?」

優しいその人は、しばらく考えてくれてから言った。

「ないね、まだない」

だよね。

月がおかしくないなら、おかしいのは私だ。間違いない。

そこで仮説をたててみる。

私は毎日月を見ていると思っているが、実は飛び飛びで、日にちが飛んでいることに気づいていない。または、同じ時間に見てると思い込んでいるが、時間が全然違っていた。

これが一番リーズナブル。
我ながらちゃんとしてる。

確かに、気づくと1週間あっという間に過ぎているし、気づくと何時間も過ぎてることなんてざらだし。

ところが納得できないワタシが、ぶつぶつ文句を言ってくる。

「でもさ、あれはやっぱり……」

私はその声をかき消すようにちゃんと声に出して言ってみる。

優等生の月と私だよ?
思い込みの女王だよ?

最近の私の思い込みはひどすぎるので、この説に違いない。

あそこだとおもっていたお店が全然違う場所にあったことなんて数知れずだし。

つい先日も入口に置いたはずの赤い傘が無くなっていて「ないない」と騒いでさんざんまわりを巻き込んだ。

終いには「雨だから誰か取っていったのかもしれない」と言い出しみんなを困らせた。

結局「大切な傘」だから取られないようにと、部屋の隅に隠すように置いていたことを私がすっかり忘れていたというオチ。

私は恥ずかしすぎて「疑ってごめんね」と口に出すことさえできなかった。

大事なママの傘だったからちょっとパニックになったとはいえ、これはやばい。

しかし記憶って本当に当てにならない。私も友人も入口にあった赤い傘をしっかり見ている。

「ここに傘置いたんだよね」

「確かにあった、私、朝見たから」

友人は自信たっぷりに答えてくれた。

思い込みはパワフルだ。

とにかく自分の記憶を信じちゃいけない。

「まずは自分を疑え」

疑うなら月じゃなく、もちろん私。


とっくに結論は出たはずなのに、何かないかとぐずぐずと月の検索をしていたらうれしいサプライズがあった。なんと私みたいな人が他にもいるのだ。月の位置がおかしいと言ってる人が。

どうやら私は信じたいらしい。

私が月をよく見るようになったのには理由がある。

その日を、その日の月を、よく覚えている。

あの日、あの夏の日、私は病院を訪れると入院中のママとオンライン面会をした。コロナ禍だったので直接の面会が許されていなかった。

エレベーターで5階に行けばすぐそこにいるのに、会いに行けない。

画面越しで見るママは、もう目を開けることも話すこともできない。

でもママはずっと私に必死に何かを伝えようとしてくれていた。

時折目をうっすらあけてくれる。
乾いている唇が微かに開く。

ずっとのどが動いていた。

声にならない声でずっと私に話してくれた。

私にはわかった。

ママは私に「心配しないでー」と言っていた。

入院してから、電話で話す時はいつも

「大丈夫よ。心配しないでー」

と明るい声で、ちょっと笑いながらそればかり言っていたから。

私はなんとかママと話したくて、もう一度ママの声を聞きたくて、画面に映るママに向かって「うん、うん、わかった、わかってる、大丈夫、大丈夫だよ」とまるでちゃんと会話できてるみたいに、そして自分に言い聞かせるように繰り返し言っていた。

画面越しに少しだけ見えている看護師がママの頭をやさしく撫でてくれていた。

帰り際に私は、小さな観音さま像を担当の看護師に渡した。私が9歳の時に入院した時も、その後もずっと私の枕元にいて守ってくれた観音さま像を。

ママの枕元に置いてくれるという。

ハンカチに包んだ観音さま像を渡しながら、人の善意に頼ることしかできないもどかしさで胸が潰れそうになった。

病院を出るとなぜか足は図書館へ向かっていた。

気がつくと私は仏教の本棚の前にいた。何冊か適当に手に取り、いつもの席に着く。

しばらく窓から見える空をただ見ていた。青い空と白い雲、強い日差し、いつもの夏の青空が広がっていた。

私は気持ちが落ち着くとノートを開いた。ママが入院してからの全ての記録と、自分の気持ちを書き留めているノート。

私は新しいページを開くとそこに自分の気持ちを書いていった。

「空を見つめる。今の私もママもおばあちゃんも同じこの世界の粒子。たとえ器がなくなっても全ては最初からあり、今もある。……」

今読み返してみると分かる。
私は書きながら「長いお別れ」をしていた。

前日まであんなに良くなることを願っていたのに、私の中で何かが変わった。

画面越しのママを見て私は思った。

私が望む限りママはきっと、
私のためにがんばってしまう。

もっともっと生きてて欲しかったし、せめてもう一度家に帰ってきて欲しかった。

でも、わかっていた。口に出すのも頭の中に浮かんでしまうことも耐えられなかったけれど。

ママの体はもうとっくにその時が来ている。

だから書いたんだと思う。
書きながら自分に言い聞かせていたんだと思う。

「体は just case。星の王子さまは正しい」

肉体と魂。消えてしまうのは肉体だけ。その日のノートにはそんな言葉が並んでいる。

そして私は自分の気持ちを書き終えるとなぜか自然に、本当になぜだかわからないけれど「観音経」を書いていた。

手に取った本の中にあった観音経。

「妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈」 

いつもの青のフリクションボール0.7ミリで漢字を一文字一文字書いていく。

一列20文字、頭の中で唱えながら、それを26列ただ無心に写していった。持地菩薩の謝辞の部分の漢字78文字も含め全て写し終わると、3ページぎっしり青いインクで書かれた598文字が並んだ。

初めての写経。

写経というには拙い。
子供の漢字の練習帳みたいだ。

顔を上げるとすでに夜になっていた。

全て書き終えた私は、窓から見える夜空に向かって言っていた。

「ママ、ありがとう。もういいよ。もうがんばらなくてもいいよ。私はもう大丈夫だよ」
      
「ママ、心配しないで」

涙は後から後から出てきたけれど、心はとても静かだった。

静けさの中に私がいた。

図書館の外に出てみると、そこにはぽっかりと明るい月がいつもと同じ顔をしてそこにいた。

夏の夜のぬるい風に身を任せ、私はママの病院の前までゆっくりと歩いて行った。

病院まで来ると、しばらくママの病室を見つめた。

私はママに向かって手をのばしてみた。

話すわけでもなく、泣くでもなく、私はただ手をのばした。

どのくらいそうしていたのだろう。

気がつくと、何かが視界に入ってきた。すぐには理解できなかったが、それは自分の指先だった。自分ののばした手の指先。私は不思議な物を見るようにしばらくそれを見ていると、その視界の先に、その指先のちょっと上に、大きな大きなお月様が、いた。

その月は月だけど月じゃなかった。

なんというか、私をひとりにしないでくれた『人』だった。

お月様が私を見ていてくれた。

閉じていた気持ちが、固まっていた心が、緊張していた体が緩んでいく。

ずっとそこにいてくれたんだ。
ずっと見守ってくれていたんだ。

そう思った瞬間また世界と私がつながって、急に夏の夜に戻った。電灯に照らされた私がいて空気はまだ生暖かかった。

私はどこかに行ってたみたい。

帰ろうと思った。

私はお月様に

「一緒に帰りましょうか」

と声をかけて

夏の夜の中を

ぶらぶらとゆらゆらと

お月様と二人

歩いて家まで帰ってきた。

私は少し酔っていたのだろうか?

あの時の妙に明るい気持ち。
お月様と私はとくに話すわけでもなかったけれど、ずっと一緒だった。

学校の帰り道、仲良しの友達と離れたくなくて「バイバイ」を言いたくなくてわざとゆっくり歩いたように、私はお月様をちらちら見ながらゆっくりゆっくり歩いて帰ってきた。

どこまでもやさしい夜だった。



明け方、電話が鳴った。

ママはちゃんと私のメッセージを受け取ってくれていた。

病院に駆けつけた時、ママはもうすでに旅立っていた。

私はママに言った。

「ありがとう」


この日からお月様は私にとって特別な意味を持つようになった。

ついお月様を探してしまうし、いるとうれしい。見るといつも手を振ってしまう。

だから、月が私にアピールしてくるというのもまんざらではない気がしている。

とりあえずそういうことにしておこうと思っている。


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