現代人が取りつかれた悪魔「生きがい」とどう戦うか?―朝井リョウ「死にがいを求めて生きているの」※ネタバレあり
朝井リョウさんの「死にがいを求めて生きているの」。タイトルがとても印象的な作品。「生きがいじゃなくて、死にがい・・・?」と思われる方も多いはず。
このタイトルの意味は作品のクライマックスで怒涛のように、息もつかせぬ緊張感の中で語られます!
【あらすじ】
北海道札幌市内の病院で植物状態となって入院している南水智也。その智也の病室に数えきれないほど足を運ぶの、堀北雄介。
二人は小学生の頃から「親友」だった。智也と雄介の周りにいた友人たちの葛藤を通して、二人の青年の関係性と、その背景にある壮大な「対立」を描く。
この作品はキーパーソンである智也と雄介が小学生~就職する年齢まで、その周囲にいる5人のオムニバス形式で語られます。
その年齢ごとに描かれる登場人物の苦悩がとてもリアルで、本作品の大きな特徴と言えるでしょう。
この作品のテーマは間違いなく「生きがいとは何か」。
ただそれだけではなく、今の時代だからこその「ただ生きるだけでは意味がない」「他者からの承認欲求を満たしながら生きていきたい」という、言語化が難しい絶妙な欲求が作品内で剥き出しに表現されており、読んでいて圧倒されます。
SNSに流れて来る数々の「社会的意義のある」「意識高い(死語?)」「自分らしさを追求」した投稿。
それらに違和感を覚えつつも、その違和感の正体を言語化できなかった経験がある方には是非読んでみて欲しい作品です。
承認欲求を飼いならせるか―自分自身をアップデートしなければならない苦しさ
この作品は「自分自身を良く見せたい」「昔は評価されていた自分にすがってしまう」登場人物が多数います。
雄介と智樹が大学の頃に出会う、安藤与志樹もその一人。
与志樹は「音楽と言葉で政治を身近に」というスローガンをもつ学生団体の代表を務める大学生。
中学生の頃に開かれたビブリオバトルで優勝してから「一目置かれる生徒」の一人になった彼も、高校生になるとその立ち位置が一変。存在感のない、ただの生徒の一人に。
焦った彼は、高校でも同じようにビブリオバトルを同級生に広めようとしますが、当然のように上手くいかず、徐々に孤立してしまいます。
く、苦しい…。
ステージが変わったことで、それまでの立ち位置から転落する恐怖。
そして、「人から一目置いて欲しい」「人とは違うことをやっている自分を認めて欲しい」という欲求から社会問題に取り組む学生たちの描写があまりにもリアルです。
共感性羞恥なのか、「これ以上指摘しないで…!」という悶えるような気持ちにさせられました。
承認欲求の悪魔に取り憑かれたことのある人なら同じように読んでて苦しくなる章ではありますが、最後に与志樹が掴んだ答えも是非読んで欲しいです。
生きがいってなんだ
そして、この作品の大きなテーマである「生きがい」。
私たちは歴史の教科書で幾度となく「この時代の人々は職業を自由に選ぶことができませんでした」「身分が一生決められており~」という話を何度も何度も聞かされてきたと思います。
それが職業選択の自由は当たり前、且つSNSの流行で他人の人生が覗き見できるようになった現代だからこその悩み。
朝起きて、仕事して、仕事が終われば家族との時間や一人の時間を自由に過ごして、寝る。ただそれだけの人生では満足ができない。
医療が発達して、長生きできるようになった。この長い年月をどう生きればいいか?どう「消費」しようか?
そんな切実な悩みが、この作品一の問題児である雄介を通して、ひしひしと描かれます。
私も今は作家になってプロデビューしたいという目標ができましたが、それが見つかるまでは「こうやってただ仕事だけして歳だけ重ねて死んでいくのか…?」という焦燥感がありました。
「生きがい」というのは、その人の人生の航路を指し示す羅針盤のようなものだと思います。
学生の頃は「次はこっちに進んでね」という階段が用意されていましたが、成人して社会に出てしまえば、「後は自分で好きにしていいよ」と突然「自由」が始まります。
それは自分自身で行き先を決めなければならないということ。その行き先を何も持たない人にとっては、その場に立ちすくむしかありません。
社会が時代と共に成熟するにつれて勝ち取り、当たり前となった「自由に自分の人生を生きていいのだ」というある種「贅沢さ」が生んだ苦しみという皮肉さ。
現代人が抱える生きづらさについて、これでもかというぐらい論理的に述べられています。苦しい(何回目?)
変わり映えのしない毎日辛いと思っている社会人の皆さん、これを読んで一緒にちょっと苦しくなって欲しい、大丈夫です、最後は自分の足元を見つめおす良いきっかけになること間違いなしなので…!
朝井リョウ作品に共通するもの
私は朝井リョウさんの大ファンです。以前、10代限定のイベントが地元の近くで開催された時は悔しくて悶えました。(20代半ばだったので参加できず…)
どこが一番好きかと言われると、毎回共通して感じるのは「そこまで描写しちゃうんだ!!」という、こちらがドキドキするような場面が絶対にあるところ。
何と言うか、言葉にしたいけどしてはいけないもの・そこまで踏み込むのはタブーなのでは?という領域を、鮮やかに言語化してくれるように思うのです。
その文章にハッとしながら、そしてその鋭さに傷ついたり救われたり、「そうじゃない」と時に怒りを感じながら。
朝井リョウさんは同年代なんですが、何と言うか、同世代が抱えるモヤモヤを描写するのが絶妙すぎて、同世代に生まれて良かった~~と思わずにはいられません。
朝井リョウさんは、きっと世の中に流布する「正しさ」だけではない、人間の正直で醜い感情も正面から捉えているのだろうと思います。
その切り取られた感情を通して、自分自身の人生観であったり、周りの人々に対する感情や社会問題に対する解像度が少しあがるような。
私にとって、朝井リョウさんの作品はそんな社会の中での自分の立ち位置を確かめるための大事な地図のようなものになっています。
本作も、そんな魅力に溢れており、最後まで一気に読み切ることができました。自分自身を振り返るのにぴったりな一冊です。
最後に―螺旋プロジェクト
因みにこの作品は「螺旋プロジェクト」という企画に乗っ取って書かれた作品です。
このルールの中で、現代社会の若者たちの問題を描き切っていて本当にすごいのですが、設定が絶妙に生かされているのがまた面白い・・・!
この勢いで今、同じ螺旋プロジェクトの伊坂幸太郎さんの作品を読んでいます。読み終わるのが楽しみ!