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生きてるうちに、好きと言え

夜中のコンビニ、スウェットですっぴん眼鏡も慣れたものだ。
びゅーびゅーと吹く風が、火照りを冷ますから、子犬のように身を寄せ合って歩く。
冬は君の手をポケットにお招きできるからいい、とバンプが歌っていたな、と思い出しながら、彼のポケットに手を突っ込む。
あたたかいおでんと一年ぶりに再会して、彼は「柚子胡椒をつけるとうまいんだよ、しってる?」と笑う。
安い缶チューハイに、暖かい部屋で食べると最高なアイスも買っちゃって、急ぎ足で部屋にもどる。

そんな、ありふれた、どこにでも転がってる石ころみたいな。
それでいて、私たちだけが磨ける宝石のような恋を、私はいくつもした。

寒い季節に思い出すのは、きまって雪国で生まれた彼のこと。
運動神経が最悪な私と違って、スノボもスケートボードもまるで足に羽がついたみたいに滑るひとだった。
あまり雪が降らない京の街で積もった日には、笑い声が枯れるほど雪合戦をした。
授業に遅れちゃう!なんて本気で思ってはいないことを叫びながらはしゃぐ私を見て、本当に嬉しそうに笑っていた。
彼が連れてってくれると約束した地元のお蕎麦屋さんは、いったいなんていうお店だったんだろう。
故郷の町を見てみたかった。

大好きな映画を観るたびに、昔の恋人たちが顔を出して、思い出と一緒にパッキングされたフィルムの匂いを感じる。

オールナイトで上映している小さな映画館に一緒に行ったのは、スターバックスで働いていた綺麗な顔をした男の子だった。
えんじ色のふかふかの椅子に、隣り合う距離感にどぎまぎしながら、スクリーンの光に照らされる彼の顔を見つめていた。
バレませんように、なんて願っていたけど、きっと彼には私の気持ちなんてバレバレだっただろう。
「スタンドバイミー」
「あの頃、君を追いかけた」
「きっとうまくいく」
濃すぎるような3本立てで、笑ったり泣いたりしながら永遠に続けばいいと思った、そんな夜。
映画館の外に出ると、夜明け前のマジックアワー。
ゆるやかなグラデーションで紫に白む朝に、通り雨。
2人で買った一本の傘は、私たちの距離をきっと、ずっと、縮めていた。
映画を夜明けまで観る、ただそんな関係が、ありふれているようで実はないことに気がついたのは、"青春"と名のつく季節が終わってからだった。



私が学生時代過ごした街は、外国の人がたくさん訪れる、そんな場所。
知り合ったばかりの、頭の良さそうなスマートな男性が連れてってくれたのはアイリッシュパブ。
田舎町から出てきた私はどきまぎしていたけれど、相席になったイギリス人のご夫婦は、とてもチャーミングで。
いつのまにか昔からの友人のように肩を組んでビールを飲む私たちには、言葉なんかいらなかった。
「踊ってよ」
そんなセリフを片方だけ頬が上がる笑い方で彼は言う。
挑戦的な視線を投げ返して、私は音楽に合わせて体を揺らす。
ヒューなんて声が飛ぶ中、R&Bの強気なお姉さんが誰より格好いい音を奏でるから、私はビートに乗るだけでいい。
心拍数が上がっていくのに合わせるように、パブの熱気も上がっていく。
お酒に酔った頭で彼と吸う煙草は、世界でいちばん美味しかった。

年下の男の子との恋は、ガラスみたいに繊細で、それでいて刺さるように尖った時間だった。
詩人みたいな言葉遣いをする人で、誰にも惚れたことがない、なんて寂しい顔をする彼を一発で好きになってしまった。
どこか孤独の匂いを纏う彼の、いちばんになりたかった。
二人で夜明けまで話した、音楽のこと、絵画のこと、美しいと思うもののこと。
まるで「My favorite things」みたいに、お互いの好きなものを教え合うのは、大切なものを交換している気分。
"いままでどうやって生きてきたの?"
"あなたに出会う前は、きっと、死んでいたんだよ"
今思えば恥ずかしいようなセリフも、真夜中なら月と私たちだけの秘密だ。
微笑んでカーテンを閉めて、飽きるほど愛しあった。


女の子と過ごした夜はやっぱり特別で、あのラブホテルの部屋をよく覚えている。
二人きりの世界で真っ暗な部屋、体をぴたりとくっつけて、まるで二人で一人だったかのように重なるこころ。
泡風呂のなかシャボン玉を飛ばして、華奢なからだを抱きしめた。
花がよく似合う彼女に渡した、文字という花束を、誰より喜んでくれた大切なひとだった。
誰も知ってるひとがいない街で、まるで世界は私たちだけみたいに手を繋いで走った。
高いビルたちが乱反射する夜、電灯の光は私たちのスポットライト。
息が切れるほど笑ったそんな夜は、ロマンチックで、どこか切なかった。


こんなきらきらした思い出を、私は胸のロケットに大事にしまい込んでいる。
時々こぼれ落ちてしまう記憶が、胸をぎゅっと締めるから、愛したひとたちのことを多分一生忘れられない。

ホラー映画を観ながら怖くて手をつないでくれたあの人も、ジャニス・ジョプリンの古いレコードをプレゼントしてくれたあいつも。
ぜんぶが私の血となり骨となり、私を生かしている。
愛された記憶だけが、私の命を繋ぐから。

恋なんてしなくてもいいと思う。
いろんな愛の形があるこの世の中では、どんな生き方をしたって自由だ。
にんげんは、死んでいくだけの生き物だから、デスロードを誰と歩くかなんて気分次第。

私はだいすきな夫と結婚したけれど、きっとこれから先も恋をするだろう。
死ぬまで夫に恋をしてるかもしれないし、まるでウサギを追いかけて穴に落ちるみたいに、恋に落ちることもあるかもしれない。
恋は罠だから、いつ引っかかるかなんてわからないよね。
いつかお互いが恋した人と4人で暮らすのも楽しそうだ、と語り合う私と夫は、たぶん少し変わっている。

誰かの人生にお邪魔できたこと、一緒に時間を生きた大切なひとがいたということ。
それだけで私はもう笑って死ねる気がしてしまう。

人生100年時代、辛かったことも楽しかったこともぜんぶ抱えていかなきゃいけないから。
何度も生き直せるような時間をくれた神さまは、たぶん少し意地悪だけど、生きた日々を情熱と呼べるように。

まだ私と出会う前のあなたに。
いつか恋をするかもしれないあなたへのラブレターをこっそり綴っておきます。

私の座右の銘は「好きなひとには、生きてるうちに好きと言え」なので、画面の向こうのあなたに愛を伝えるよ。

愛してるよ、せかい。

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