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褒め言葉はふりかけと思うことにする
先日、文学フリマ東京39に向けてZINEを発行した。
「日記散文集 駆け出すことができるかよ」
日記にかまけたエッセイ集だった。
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日記エッセイ
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この本を読んでくれた方達から、いくつかの褒め言葉をいただいた。
「たまに泣きそうになりながら読んでます」
「面白い。音読して子ども達と爆笑した」
「言葉の置き方がとてもスムーズだと思った」
自分にはもったいないくらいの褒め言葉の数々に、うまく反応することができなかった。嬉しさよりも、申し訳なさみたいなのが先立ってしまった。
けれど、朝にふと、褒め言葉はふりかけみたいなものだなぁと思った。
ふりかけがなくても白ごはんは食べられるけれど、ふりかけがあるとちょっと美味しい。それと一緒で、褒め言葉がなくても日常は生きられるけれど、褒め言葉があればちょっと嬉しい。人からの褒め言葉というのは、それくらいの気持ちで受け取ればいいのではないか。
まだまだ自己評価が低いという自覚はあるのだけれど、思い返せば要所要所で人からちゃんと褒めてもらったり認めてもらったりしていたことを思い出す。でも、低い自己評価のせいで素直に言葉を受け取ることができていなかった。
別にその人の言ったことを疑っているわけではない。そんな言葉を自分は受け取ってもよいのか、と自分を疑ってしまっているのだ。だけど相手だって、そんな仰々しく褒めてるわけではない。高級なトリュフや松茸で作ったシーズニングを振りまこうとしているわけではない。
だから、褒め言葉はふりかけと思うことにする。
なくてもいいけど、あったら嬉しい。
相手だって、ふりかけをかけるくらいの気持ちで言ってくれている。
そのくらいの気持ちで、人からの褒め言葉を受け取ろう。人にも、気軽にふりかけをかけてあげよう。そして、たまには自分で自分にふりかけをかけよう。きっと1番辛いのは、自分で自分を褒めたり認めてあげられないことだ。
何より、普通にふりかけは美味しいのだから。
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