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ルクセンブルグ・フランがないっっ。だけど頑張った一人旅。 その5
さて。
2時間もの間、どうやって過ごそう。気づけばさすがに外は薄暗くなり、濃い紫色に包まれていた。
駅構内には、けっこうな人がいた。
夜行列車を待っているらしかった。一通り見回して、一番安全な場所はどこか探す。
太い柱の下に、ちょっとした出っ張りがあり、そこに70代前半くらいのおじいさんが座っていた。隣がちょうど一人分空いている。おじいさんなら安全だろう、と思い、近寄って行き座った。
しばらく経って、おじいさんの方から話しかけてきた。
英語だったけれど、もちろん母国語はルクセンブルグ語かフランスまたはドイツ語だと思われる。明らかにネイティブではない話しぶり。
私もつたない英語で返す。
おじいさんは、夜の電車でベルギーに旅行に行くと言う。一人旅。陸続きだと、そんなふうに日常的に他の国に行くことができるのか。
羨ましかった。
私も事情を説明した。
「・・・というわけで、従妹が迎えに来るのを待っているんです」
そうこうしている間にも、入れ替わり立ち替わり怪しい男たちが、何か言ってくる。そういう男たちは、えてしてフランス語を話しているので、私には何を言っているのかまったくわからなかった。わかっていたら、よけいに怖かったかもしれない。
バサバサバサ。
何の音かと思ったら、おじいさんが新聞を広げる音だった。
薄暗い照明の下、真剣に読んでいる。
ちらっと見たけれど、フランス語みたいで内容はまったくわからない。
おじいさんが、英語に訳して説明してくれる。何か事件、というよりも経済的なことだったように記憶している。だから、説明されても、今一つ理解できなかった。
「ああ」
おじいさんが、天を仰ぐように上を向き、ため息をついた。
「EUになったら、ルクセンブルグみたいな小さな国は、いったいどうなってしまうんだ・・・」
嘆きの内容は、こんなふうだったと思う。
はっとした。
私は今日本から遠く離れた場所で、人の生きている声を耳にしている。そんな思いが、湧いてきた。EUになることで良いことはたくさんあるだろう。またニュースでは、そのように報道されることが多い。