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番外編 駄作 "最後の雨"

鬱蒼と木々が生える何も無い公園のベンチで、6月のうっとおしい雨に打たれながらあの子が来るのをを待っていた。
ショートカットの似合うあの子は僕と約束した時間には現れない。
「3日後の15時、そこの公園のベンチで待ち合わせね」
髪を揺らし、振り向きざまに言ったあの子は、その後こっちを振り向かずにただ真っ直ぐとなにかに導かれる様に歩いて行った。

同じクラスのあの子は、男子から人気はあるものの女子からの評判は悪く、色々な噂が飛び交っていた。中には、先輩と屋上で…なんて噂もあったが、何も気にせず平然と過ごすあの子は歴戦の名将のような風格があった。
もちろん僕はそんなあの子に話しかけることができる訳でもなく、ただただ見ていただけだった。


そんなあの子と初めて会話を交わしたのは、課題を見せてほしいと言われた高校3年の1学期の時だった。普段は欠席も忘れ物をしないようなあの子だったが、前回の授業は何故だか休み、オマケに課題も忘れたらしい。
断る理由もない僕は素直に課題を
「はいこれ。」
と言って見せて、返ってきたお礼の言葉で会話は終了だ。
これは会話ではないって?世間一般ではそうなのかもしれないが、僕にとっては立派な会話である。


初めて会話を交わした次の日は梅雨の始まりを告げる朝のニュース通りに雨が降っていた。その日の学校も何事もなく終わりを迎えようとしていた矢先の6限目に、ある噂が僕の耳に入ってきた。あの子がこないだ休んだ日には、先輩の家で…というような噂だった。ただの噂だ。ただの噂だが他に情報が回ってこない以上、僕はその噂を信じる他なかった。

その次の日も雨だ。つまり、初めて会話を交わした日の2日後。
噂も学校中に広まる中、凛とした姿でいつも通りの日々を過ごす名将がいる。目が合ったか合ってないかも分からないがあの子から目を逸らす。噂を気にしていないと言えば嘘になるかもしれない。緊張?動揺?恋?わからない。わからないけど目はそらさなきゃいけない。そう感じた。


相変わらずの雨。実は僕はそんなに雨が嫌いではない。自分の嫌な部分が洗われていくような、そんな清々しい気持ちさえある。
今日の名将は…周りを見渡してもいないが、視線の端の方に廊下を歩くいつものショートカットがふっと映り込み、安心した。自分でも何に安心したのかわからない。とりあえず安心したのだ。
あの子の隣にいたのは教師だった。職員室に向かうらしい。後ををひっそりつけていくとそこでふと聞こえた言葉は、"兄"と"引越し"このふたつの言葉。この時はまだ言葉の意味はわからなかった。

久々の晴れだ。朝起きてみると、カーテンの隙間から陽光がキラキラと降り注いでいる。天気予報にも背かう珍しい晴れだった。
そんな日のHR。委員会を決めるHRで、運がいいのか悪いのかあの子と同じ委員会になった。色々な人からの目線が痛い。恨むなら決めた教師を恨んでくれ。心の中でそう唱えた。

次の日も晴れ。予想外の晴れで天気予報士も顔を顰めている。
おはよ~遅れてごめんねと毎回同じセリフで入ってくるあの子と何回か委員会を共にやっていく中で、僕とあの子は普通に話せるようになった。他愛のない会話。誕生日、好きな食べ物、好きな本…
兄弟は?
僕が質問を投げかけた時に、あの子の返答のリズムが乱れた。1人。義理のお兄ちゃんが1人。
俯きながら答えたあの子の顔は見えなかったが、どこか寂しげな表情をしていたと思う。
その日の会話はそこまで。これ以上会話をすると踏んではいけないような地雷を踏んでしまいそうだったから。

晴れ晴れときて、3日目も晴れ!…とまでは行かなかった。今までで一番の大雨。今日も委員会がある。
気まづい。今まで通りに話せるのか不安になった。
おはよ~遅れてごめんね。と、意外といつも通りのあの子のお陰でホッと肩を落とし、いつもと同じような作業を繰り返した。
委員会が終わり、各々家に帰る時、振り向きざまに短い髪を揺らしながら言った。
「3日後の午後5時、そこの公園のベンチで待ち合わせね。いつも本読んでるでしょそこで。」
「え?」
驚くべきことが2つ。いつも学校の近くの公園のベンチで1人、雨が降っている日もそうじゃない日も本を読んでいることを知っていたこと。もちろんもう1つは、3日後の午後5時に待ち合わせ。だ。
一体何をするつもりなのか検討もつかなかったが、思い返すとあの子の表情は前に義理の兄がいた事を告白した時の顔に似ていたかもしれない。その後あの子は1度もこちらを見ずに、いつもより早足で歩いていった。

次の日も雨だ。梅雨だから当たり前、いくら雨は嫌いじゃないと言っても、雨が嫌な時もある。
凛としたショートカットの名将は休みだった。なぜかわからないけど風で木々が揺れるようなザワザワっとした胸騒ぎが起こった。
もちろんあの子が休んだ日には噂が飛び交う。

約束の日。予報は雨のち晴れ。学校が終わる頃には晴れているだろうと思い、傘は持たなかった。胸踊る気持ちで学校に登校したものの、今日もあの子は学校には来なかった。
委員会を1人で終わらせて、公園のベンチへ向かう。
15時。約束の時間、あの子はこない。どうしたのだろうかと心配することもなかった。何故かって?教師と話していた事が物語っている。引越しだろう。何を伝えたかったのかわからない。モヤモヤが募る。

最後にあの子を見たのは早足で歩いっていった時。小さいようで大きな背中。短い髪。顔は見えない。

降り止まない雨。少しばかり大粒になった気がする。濡れるお気に入りの夏目漱石の草枕。
傘は持ってくるべきだったと後悔する。
15時を過ぎた。あの子は来ない。
次の日もあの子は来ない。

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