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宇津保物語を読む6 嵯峨院(仲頼抄)#4(終)
忠保、仲頼の病因を尋ね、娘を諭す
つとめて、父ぬし、少将の方にまうでたまひて、(忠保)「いかにかく籠りおはします。つきなくも思ほさるらむ。忠保心ざし深けれど、いとあやしくのみ侍りて、しるしなきことをかしこまり申しはべり」。少将、(仲頼)「あなかしこ。何か、つきなきことも侍らず。日ごろ乱り心地の例にも似ず侍れば、内の方にも参らで籠りはべるなり」。(忠保)「などか、さはおはしますらむ」。少将、(仲頼)「知らず。この左大将殿の饗に参りてはべりしに、宮のかはらけ取りたまひて、いみじく強ひたまひしかば、期もなく食べ酔ひにける名残りにや侍らむ」。(忠保)「いと不便なることかな。すべてこの御酒聞こし召し過ぐることこそいと悪しきことなれ」。少将、(仲頼)「いかでこの官まかり離れなむ。すずろなる酒飲みは、衛府司のするわざなりけり」といふ。父ぬし内に入りて、(忠保)「君はこのごろ悩みたまふことありけり。何ごとをか仕まつらむ。いとほしく」などいふを、この女、例ならぬ気色を見て、いと心憂しと思ひて、前なる硯に手習ひをして、かく書きつく。
(仲頼妻)この世にはつらき心も知りはてぬ
契りし後の世をも見てしが
と書きて、押しわごみて置いたるを見て、あはれと思ふ。わが心ともいはじ、あぢきなきを見て、えあるまじきことを思ひて、人にもつらしと思はるること。いかばかり思ひし人にもあらなくに、と思ふにも、あはれなりければ、
(仲頼)「むかしより契りし深き仲なれば
生きも死にをもともにこそせめ
なほ心地の例ならず悩ましければぞや。御ためにおろかなるには、などてかあらむ」などいひて、もろともに臥しぬ。
〔絵指示〕母、子居て、もの参らむとて調じいそぐ。父ぬし手づから雉作る。ここには、少将にもの参る。娘。雉などあり。
訳
翌朝、父(忠保)は少将(仲頼)の部屋に行って、
「どうしてこのように引きこもっていらっしゃるのですか。私たちのすることで、何かご不満でもございましたか。私は婿殿のためにと深い志はございますけれど、いつも貧しくてばかりでして、確かなご支援をすることも出来ず、たいそう恐縮しております。」
少将「めっそうもない。何の不満もございません。ここ最近、いつになく気分がすぐれませんので、宮中にも参内せずに籠もっているのでございます。」
忠保「どうして、そのようになってしまったのでしょう。」
少将「わかりません。左大将殿の宴に参上しましたとき、兵部卿宮が、酒を勧められまして、たいそう無理強いなさったので、限度もなく飲み食いいたしましたせいでしょう。」
忠保「それはいけませんなあ。総じて飲み過ぎというのはよくないことですからね。」
少将「なんとかして今の近衛府のお役目から離れたく存じます。むやみに酒を飲むんで酔っ払うのは、酔ふ(衛府)司のすることですからね。」
などという。父君は母屋に帰り、
「婿君は、どうやらご病気のようです。何をして差し上げましょう。お気の毒に。」
などと妻に報告をする。
一方娘は、仲頼のいつもと違う様子を見て、たいそうつらいことだと思い、前にある硯をとって、次のような歌を書きすさぶ。
この世では、辛い気持ちもすべて経験し尽くしました。
あなたと約束した来世はどうなってしまうのか、見てみたいものです。
と書いて、丸めて置いてあるのを見て、仲頼はかわいそうにと思う。
(私の本心ではないが、いかんともしがたい あて宮の姿を見てから、あってはならないことを思ってしまい、妻にも辛い思いをさせてしまった。これほどまでに愛してきた人であるのに。)と思うにつけても気の毒でならないので、
「昔から約束してきた深い仲なのですから、
生きてゆくことも、死んでしまうことも、一緒ですよ。
やはり、気分がいつもになく辛いのです。あなたのせいでいいかげんな気持ちになるなんて、決してありませんよ。」
といって、一緒にお休みになった。
〔絵指示〕
母と娘がおり、食事の準備を急いでしている。
父君自ら、雉を調理している。
こちらは、少将に食事を差し上げている。
娘や雉などがいる。
お父さんが、婿殿に話しかける。母と娘の会話とは違い、男どおしの話なので、あっさりとしたものである。
(飲み過ぎが原因といわれ、すっかり信じてしまうのもどうかと思うが)
さすがの仲頼も妻を大切にしなければと、反省しております。
さて、 いつもは絵指示の訳は省略してきましたが、今回は訳してみました。病気の仲頼のために食事の準備をしています。精をつけるためでしょうか、雉料理を準備しています。
おもしろいのは、父忠保自ら雉を料理している点です。
貧乏のためかもしれませんが、仲頼のために何かしてあげたいという、思いやりが伝わってきます。
これで、嵯峨の院にある仲頼のエピソードの紹介を終わります。
次は、あて宮の熱心な求婚者「源実忠」のエピソードを紹介します。
しばらくはお時間の猶予を。