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宇津保物語を読む8 あて宮#2
入内の準備 仲忠、豪華な品々と歌を贈る
かくて、御参り近くなりぬ。御調度、御装ひをうるはしく清らに調ぜられ、御供人、大人四十人、みな四位、宰相の娘、髪丈にあまり、丈よきほどに、手書き、歌詠み、琴、琴弾き、人のいらへすること、みな上手。歳二十余のうち、唐綾、ただの絹一つ混ぜず、みな赤色。童六人、五位の娘、十五歳のうち、かたち、するわざ、大人のごとく、装束、唐綾の、赤色の五重襲の上の衣、綾の上の袴、袷の袴、綾の衵着たり。下仕へ八人、手織りの絹は混ぜず、檜皮色に紅葉襲、侍の娘。樋洗まし二人、みなかくのごとし。
かくて、その時になりて、御車数のごとし。御供の人、品々装束きて、日の暮るるを待ちたまふほどに、仲忠の中将の御もとより、蒔絵の置口の箱四つに、沈の挿櫛よりはじめて、よろづに、梳櫛の具、御髪上げの御調度、よき御仮髻、蔽髪、釵子、元結、衿櫛よりはじめて、ありがたくて、御鏡、畳紙、歯黒めよりはじめて一具、薫物の箱、白銀の御箱に唐の合はせ薫物入れて、沈の御膳に白銀の箸、火取、匙、沈の灰入れて、黒方を薫物の炭のやうにして、白銀の炭取りの小さきに入れなどして、細やかにうつくしげに入れて奉るとて、御櫛の箱にかく書きて奉れたり。
(仲忠)唐櫛笥あけ暮れものを思ひつつ
みなむなしくもなりにけるかな
とて、孫王の君に、夏冬の装束して心ざす。御使、さし置きて帰りぬ。
訳
さて、あて宮の入内の日が近くなった。調度品や装束を美しく準備なさり、供人には女房40人が従う。女房たちはみな四位か宰相の娘であり、髪は背丈にあまり、身長もほどよく、文字や歌、琴の演奏に優れ、人との応対もそつのないものばかりである。年齢は20歳あまり、唐綾の唐衣を着て並の絹の衣装などは決して着せてはいない。それがすべて赤色で統一している。
女童は6人従う。五位の娘で15歳以下。容姿も芸事も大人並み。装束は唐綾の唐衣に赤色の五重襲の上着を着て、綾の上袴に袷の袴、綾の衵を着ている。
下仕えは8人。手織りの絹は着せずに檜皮色に紅葉襲を着させている。みな侍の娘たちである。
樋洗ましが2人。これも同様である。
こうして、出立の時刻となり、車は定められた数が並べられた。お供の人々は身分相応の装束を着て、日が暮れるのを待っていると、仲忠の中将のもとより、蒔絵の置口の箱4つが届いた。
まず一つめの箱には沈の挿し櫛をはじめとして、さまざまな梳り櫛が収められている。
もう一つの箱には髪上げの調度品として、上等の仮髻、蔽髪、釵子、元結、衿櫛をはじめとした珍品が収められている。
もう一つには御鏡、畳紙、歯黒めをはじめとした一揃い。
薫き物の箱は白銀の箱が用意され、その中に唐の合わせ薫物を入れ、沈の膳に白銀の箸、火取、匙、沈を灰に見立て、黒方を薫物の炭のようにして、小さな白銀の炭取りの中に入れ、細やかに美しく飾り立てて差し上げる。
そのうちの御櫛の箱にこのような歌が書かれていた。
明けても暮れてもずっとあなたのことを思い続けていましたが
それも空しくなったことです
仲介の女房の孫王の君に、夏冬用の装束を心付けとして贈る。使いの者はこれらを置いてそのまま帰参した。
涼、実忠、悲嘆の歌をあて宮に贈る
かくて、源中将、夏冬の御装束ども、装ひなどうるはしうして、沈の置口の箱四つに畳み入れて、包みなど清らにて、かく聞こえたまへり。
(涼)人知れず染めわたりつる袖の色も
今日いくしほと見るぞ悲しき
とて奉りたまへり。宮、おとど、見たまひて、「いひ知らずうるはしきものどもかな」とて、「とどむればあり、返せば情けなし。ものは警策なる要のものなり。なほとどめつるなり」とて笑ひたまふ。
源宰相、さるいみじき心地に、え聞き過ぐしたまはで、兵衛の君に、装束して心ざしたまふとて、
(実忠)燃ゆる火も泣く音にのみぞぬるみにし
涙尽きぬる今日の悲しさ
など、「聞こえたまふべき暇あらば、かく聞こえたまへ。よろづのこと忘れきこえねど、ものも覚えず」となむのたまへりける。
訳
そしてまた、源中将(涼)からは夏冬の装束を美しく調え、沈の置口の箱4つに畳入れ包み布なども美しくしておさめたものが届く。
それにはこのような歌が添えられている。
人知れずあなたのことを思い、流した涙に染まった袖の色も
今日のこの日、どれほど染まったであろうかとながめるのは辛いことです。
この歌を大宮と大将はご覧になり、
「なんとも言えないほどすばらしいものですね。」
「いただいてしまうのもどうかとも思うが、お返しするのも情けのないようだしね。どれも立派な必需品ですわ。やはりいただいておこうかしら。」
と言ってお笑いになる。
源宰相実忠は、あのような苦しい容態の中でも、あて宮の入内を聞き過ごすことも出来ず、兵衛の君に心付けの装束とともに歌を送る
私の心の中に燃える思ひの火も涙によって下火になりましたが
その涙も枯れてしまった今日はまたさらに悲しいことです
などとあり、「申し上げる機会があったら、こう申し上げてください。仲介の御恩は忘れませんが、頭がふらふらしてこれ以上は。」などおっしゃる。
仲忠と涼からは祝いの品が贈られる。失恋の歌も添えられているが、自制が効いている。
他の求婚者とは異なり、あて宮の婿にと公の場で指名されたこともあるふたりである。
他の求婚者たちのような狂乱じみた態度を見せないのは、この二人が「あて宮ルート」以外でも活躍すべき主人公だからであろう。