散歩の風景②
子どもたちが思春期に入るころ、ようやく地区の開発が始まった。
子どもたちの通学路は、あぜ道を舗装したものがほとんどで、長男は、登校途中におたまじゃくしを捕まえて持って行ったこともあるらしい。(面談の時に担任の先生から聞かされて、衝撃を受けたので忘れられない。)
通学路の両側にあった田んぼが少しずつ埋め立てられていく。私のちょっとお気に入りだった、あぜ道に沿って流れる小さな堰も消えていた。メダカのような小さな魚が見られる堰だった。開発の規模は大きく、いっぺんに進んでいくわけではなかったので、埋め立てられた空き地に草が生え始めた。
そんな頃、次男が夏休みの自由研究に植物採集をやると言い出した。理由は覚えていない。その植物採集に私が付きあうことになった。
朝、出勤前の5時頃に起きて、自転車で植物採集に回った。往復1時間くらいの範囲で、1週間くらい続けたのだったろうか。
絵があまり得意ではない次男が、カードに採集した植物の絵を描き、図鑑で名前を調べ、取った場所や周りの様子を文で書き込んだ作品に仕上げたように思う。
田んぼを埋め立てた空き地がどんどん増えていく時期で、雑草がたくさんあったのだと思う。大作ではなかったのだが、何かの賞をいただいたのだが、そのコメントが心に残っている。
『土地に雑草が生い茂っていく過程がよくわかる採集になっている。』というようなコメントだった。
素人には全然わからないのだが、土地が変わっていくその実態を図らずも記録したのだなあと妙に感動したことを思えている。
今思えば、開発は子どもたちの通学路に当たる部分から始まっていた。子どもながらも、変わっていく風景に何かを感じていたのだろうかと思う。
通学路と言えば、最近また衝撃の事実がわかった。
田んぼのあぜ道を舗装した道路とはいえ、そこは車も通る道だった。が、長男と夫と3人で、そのころの通学路と思われる道を散歩した際、長男がふと思い出したように、『そういえば、ここらへんで、ボブスレーみたいにして帰っていた。』と言い出した。
ランドセルを体の前に抱えて、それをそり代わりに滑って遊ぶのだそうだ。車が通った後は、つるつるになっていてとてもよく滑るのだと。
交通量が少ないとはいえ、車が通る道だよね!
当時それを知っていたら、絶対にめちゃくちゃ怒っていただろう。先生方も知らなかったよね。本当に子どもって、外で何をしているかわからないものだ。