色々なものが始まった場所・伊豆韮山
韮山とは、静岡県伊豆の国市の地名です。現在はのどかな田園風景が広がっていますが、箱根の関所にも近く、関東と関東以西をつなぐ結節点でした。そのためか、あまり知られていないものの、日本史上で大きな役割を果たした土地でもあります。
武家政権の始まり
平安時代末期、平治の乱で敗れた源義朝の遺児・頼朝は伊豆に流刑となり、約20年を過ごします。頼朝が過ごした流刑地と伝えられる場所が、伊豆の国市にある「蛭ヶ島」です。
流人時代、北条政子と結婚した頼朝は、1180年に挙兵。平氏を滅ぼし、史上初めての武家政権を開くことになります。
現在は蛭ヶ島史跡公園があり、頼朝と政子の銅像が建てられています。
戦国時代の始まり
1491年、今川氏の客将であった伊勢新九郎盛時(長氏とも)は、伊豆韮山を本拠地とする堀越公方の勢力を攻撃しました(伊豆討ち入り)。彼は、後世に北条早雲として知られる人物です。
伊豆に進出した盛時は、韮山城を築いて伊豆統治の拠点としました。後北条氏の飛躍のきっかけであり、戦国乱世の始まりを象徴する城といえます。
現在、韮山城跡は広大な領域のごく一部ながら見学が可能です。土塁や堀切などが良好に残り、戦国の土の城の模様を伝えています。
近代の始まり
鎌倉時代以降、伊豆韮山の領主だったのが江川家です。江戸時代には旗本として幕府に仕え、代官となりました。
代官とは代理で統治する人という意味で、相模や伊豆などにまたがる天領(幕府直轄領)の統治にあたったのです。
伊豆韮山の代官だった江川家の邸宅は重要文化財であり、公開されています。
江川家の当主は代々「江川太郎左衛門」を名乗りました。最も有名なのは、幕末に活躍した36代当主・江川太郎左衛門英龍です。彼は、西洋に対抗するために新技術の導入に尽力。品川台場(東京湾を守る砲台)や韮山反射炉(大砲の製造に必要な溶解炉)の建設などで知られます。日本の近代化・工業化に大きく貢献した人物です。
また、日本で初めてパンを焼いた人ともされます。パンを兵糧として使おうとしたもので、国防を意識した事業でした。
江川邸の敷地には、その功績を称えた「パン祖」の碑も建てられています。
武家政権・戦国乱世・近代の始まりの地であった伊豆韮山。休日にゆったりと歴史散歩を楽しんでみてください。