秋の立科へ⑦無言館
この旅のフィナーレは
夕闇の中に浮かぶようにあらわれた無言館。
ここは太平洋戦争などで志半ばで
戦士した画学生の遺作、遺品を展示する
慰霊美術館です。
「口をつぐめ
眸をあけよ
見えぬものを見、
きこえぬ声をきくために」
私は入る前に心の準備をしました。
一度深く息を吸い、
ゆっくり吐いて、
ドアを開けました。
そして一歩中に入りました。
鎮魂…という思いがあったに、
慰められたのは私でした。
そこは、あふれんばかりの
「愛」に満たされていました。
生きたい!と願った若者たちの
家族、恋人、故郷への愛…
それは圧倒的な愛でした。
一枚一枚の絵を見ていくと
その方の優しさ、温かさが
伝わってきます。
窪島さんの詩の前で足が止まりました。
あなたを知らない
遠い見知らぬ異国で死んだ画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは
あなたが残した
たった一枚の絵だ
あなたの絵は赤い血の色にそまっているが
それは人の身体を流れる血ではなく
あなたが別れた祖国の
あのふるさとの夕灼け色
あなたの胸をそめている
父や母の愛の色だ
どうか恨まないでほしい
どうか咽かないでほしい
愚かな私たちが
あなたがあれほど私たちに告げたかった言葉に
今ようやく 五十年経ってたどりついたことを
どうか許して欲しい
50年を生きた私達のだれもが
これまで
あなたの絵の切ない叫びに
耳を傾けなかったことを
遠い見知らぬ異国で死んだ 画学生よ
私はあなたを知らない
知っているのは
あなたが遺したたった一枚の絵だ
その絵に刻まれた
かけがえのないあなたの生命の時間だけだ
無言館 館長 窪島誠一郎
1997.5.2 無言館の開館の日に
そう。
ここには恨み辛みという
負のエネルギーがまったくないのです。
精一杯生きた若者のひたむきさ
一心に愛する妻の裸体を描く
その愛情に満ちた目を、
その目でみられている新妻の
幸福感を…
私は心底羨ましく思いました。
「かわいそうに。
戦争さえなければ、好きな絵を描くことができたのに」
「生きていたら、有名な絵描きになっていたでしょうに」
「こんな素晴らしい才能を戦争は奪ってしまった」
という感想もあります。
無言館で一番の絵をご紹介します。
リーフレット写真の「ごあいさつ」
右下の家族団欒の絵です。
戦前の裕福な家族を描いています。
きっちりと和服を着こなす落ち着いた両親、
正装の着物をまとった清楚な妹、
新調したての背広姿の兄、
父親の後ろに立っている学生服姿が
この絵を描いた伊澤洋さんでしょう。
一家で紅茶を飲み、果物を頂くのでしょう。
穏やかな、和やかな油絵です。
大正6年生まれの伊澤洋さんは
昭和16年に東京美術学校を卒業したのち、
満州に出征し、18年8月に
ニューギニアで26歳で戦死しました。
この絵は、召集令状を受け取る少し前に
描いたもので、この絵を処分して出征しようとしますが、
お兄さんがそれに反対して、大事に守ってこられました。
この絵を見ていると、
家族の温かさと同時に強靭な血縁の繋がりを感じます。
誰もそこに入れないという意志も感じます。
この絵を展示するために預かりに行ったときに
お兄さんはこう語られたそうです。
「これは洋の空想画なのです。
あの頃のウチの家族は、朝から晩まで畑仕事にあけくれていて、こんなふうに一家でお茶を飲む時間なんてまるっきりなかった。だから洋はきっと、そんな貧しい家族をせめて絵のなかでだけは一家団欒を味わせてやりたいと考えたのかもしれません」
お兄さんがいうのは、
洋さんを美術学校に入れるだけでも大変だったそうです。
家宝の欅の木を切って入学金を工面したそうです。
この絵を描いた時、
洋さんの胸は
家族への愛と
絵を描くことができる喜びと
将来の希望がいっぱいだったでしょう。
そこに、哀しみ悔恨はありません。
一枚一枚の絵のすべてに幸せな記憶の
ストーリーがあります。
遺品の乾いた絵の具が
鮮やかな色に変わっていくのを感じます。
ここは生きているのです。
無言館のもつ意味が伝わります。
温かな涙が流れてきました。
いつの間にか、
館内には学生の団体さんが
思い思いに絵を鑑賞していました。
熱心にメモをとる子供たちはこの絵を観て、
どんな感想を持つのかしら。
聞きたいけれど、ここは「無言館」
さすがの私も黙っていました。
帰りがけに受付で聞いてみれば
近江からきた中学生ということでした。
良い時間になったことでしょう。
さて、無言館の隣にはまるで教会のような建物
「オリーブの読書館」がひっそりと建っていました。
ここは約30,000冊の蔵書があり、
そのうち15,000冊の書籍が開架されているそうです。
水上勉の全集、書籍が眼につきます。
あ、中村妙子先生の「クリスマスのお話」もあるわ。
懐かしい背表紙の本たちが私を呼びます。
ここで1日中、本を読んでいたいと思いながら
書架の前に佇んでいると、
そこに窪島先生が現れました。
「この本は寄贈されたものですか?」と伺うと、
「いや、僕の本だよ。全部は読んでないけどね」
とおっしゃいました。
本に囲まれて暮らすことが夢だった私の
「夢のお部屋」です。
ずっといたいけれど、もう17時。
閉館の時間です。
名残惜しいけれど、ここで信州立科の旅は終わり。
横浜に帰ります。
それにしても、ここでも「けやきの木」
「けやきのたび」だったのですね。
無言館からみる山並み
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