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『呪いのnoteです』 ショートショート

男は「note」というアプリケーションを手に入れた。自分の文章を手軽にアップ出来るところが難しいことが苦手な男にはぴったりだった。

男がまだ中学生の頃の話だ。友達が一人もいなかった孤独な少年の趣味、それは小説を書くことだった。昼休みになると誰もいなくなった教室の隅で、カーテンの付いてない窓から射し込む強い日差しにもめげずいつでも一人で小説を書き続けていた。この時だけが少年にとって学校の中での唯一の幸せなひとときだった。女子が人の悪口を言ってる声も男子が校庭の影で誰か蹴飛ばす痛々しい音も小説を書いている間だけはペンを強く握りしめてやり過ごすことができた。

それでも平穏は突然崩れた。
ある日の昼休み、またいつものように少年は小説を書いていた。でもあまりに夢中になって書いていたせいか後ろからいつも外で遊んでる男子数人にそれを見られてることに気がつけなかった。
少年の視界に突然日焼けした手が伸びてきて、ノートが乱暴に奪われた。その瞬間、少年の世界は崩れ去って目の前が一瞬真っ白になった。そして間もなくして自分の後ろからゲラゲラと笑う声が聞こえた。
「おい、見ろよこいつこんなもの書いてるぞ。気持ち悪りい!」
そう言って今度はそれを廊下で話していた数人の女子に見せてそして
「うわ、キモっ」という声があちこちから聞こえてくる。
心臓がドクドクと激しく脈を打ち始める、息が苦しくなる…それでも少年はなんとか立ち上がって自分のノートを取り返しに行った。声は出なかった。うぅといううめき声だけでただ怒りと悲しみの感情だけでノートに必死に手を伸ばした。
何度も何度も手を伸ばした。それを男子たちは簡単に笑いながら避けていく。それでも少年は何度も何度も何度も手を伸ばした。少年の目には自分の世界を馬鹿にされた壊された悔しさがこみ上げて涙が溢れてきた。
すると男子らはそれを見て
「うわっ、気持ち悪っもういいよ」と言って最後にノート無理やりに破いて、ゴミ箱に叩きつけるように投げ捨てた。少年は泣きながらボロボロのノートをゴミ箱から拾い上げた。
するとその時廊下の奥の方から声が聞こえた
「どうしたんだ〜」
事態を見ていた女子が先生を呼んだのだ。廊下の向こうから先生が走って少年の元までやってくる。生徒から人気のある体育の先生だった。
「どうしたんだよ、お前。そんなに泣いてさぁ。ほら話してごらん」
「いや……いいんです。もう…大丈夫なので」
少年がこう言ったのは話したところでもうどうにもならないことだったから、それにもう話すこともなかった、それ自体が少年にとって苦痛以外の何物でもなかった。
すると先生は
「なんだよ〜大丈夫なのかよ」と言ってすぐに立ち去っていった。そして曲がり角にいる女子に何かを聞かれて答えている。しばらくして女子たちの笑い声と先生のゲラゲラ笑う声が聞こえてくる。

「あんな奴らに本当はどう思われたってどうでもいいんだ。ノートが無事なら自分の世界さえここにあればいいんだ」少年はそう心で言って。ノートを強く握りしめた。しわくちゃのノートに涙がひと粒じわりと滲んだ。
「違う…きっと僕の方がおかしいんだ…。いつも一人こんなくだらない話を書いて。僕がおかしいんだ。こんなもの書いても…こんなもの………気持ち悪いだけだ……」
少年は力無くノートをゴミ箱に落とした。
ノートはしわくちゃに折れ曲がった哀れな姿でゴミ箱からこちらを見つめているように少年には見えた。


それから時間も経って男はずっと抱いていたいつか小説家になりたいという夢なんてもうどこかへ葬り去って、やっと内定をもらえた小さな会社で経理の仕事をやっていた。会社では必要な会話以外は一切喋らなかった。勤務態度は真面目だが男には社交性が著しく欠如していた。仕事が終われば家に直帰、自宅と仕事場行き来するだけの生活だ。他の社員からの評判は良くも悪くもなかった、というより男の事など話題にすら上がることはなかった。誰も自分を見ていないそう男も感じていたがそれは大した問題ではなかった、男にとっては自分の居場所さえ確立されていればそれで良かった他人とコミュニケーションを取るなんて面倒くさくて無駄に気を使って疲れるだけのものだった。

ある土曜日の午後、男はいつものようにを家で一人、テレビや本や映画をただひたすらに消費していた。そしてTwitterを開いて誰も見ちゃいないタイムラインに長文で延々と感想を書き連ねる。「いいね」はほぼ確実に来ない、そんなツイート誰も見てないからだ。それでも男がTwitterを続けるのには訳があった、それは3年前ある映画の感想をツイートしたらそれが少しバズって「500いいね」ほどの評価をもらえたから。男は正直に言ってそれが嬉しかったのだ、いつもは「1いいね」もらえるかどうかの人間にとってそれは大きすぎる評価だった。それから男は自分には映画評論のセンスが少なからずあると思い今でもわざわざ何時間も割いてツイート続けているのだ。
だが実際には前回バズったのはたまたま有名人がリツイートをしたために多くの人の目に触れただけで誰も男の事など真に評価などしてないのだ。有名人がリツイートしたということが多くの人の関心だった、だから男の考えは勘違いだった。殆どの人が長々と書き連ねたツイートの内容については目を通していないし、男のセンスなど別に微塵も感じてないしそもそもどうでもいいことなのだ。それなのに男はその「いいね」の数ににわかに自惚れているのである。その姿は哀れ以外の何物でもなかった。

男が「note」に出会ったのはそんな生活をしている中だった。Twitter内の記事でたまたま見かけてアプリをインストールしてみたのだ。そして早速、先日読んだ本についての感想を男は「note」にアップしてみた。すると驚いた、あっという間に「10いいね」だ。
男は「いいね」してくれた人のプロフィールを見てみた。「小説を主に書いてます。映画や小説を見るのが大好きです。よろしく」と書いてあった。
「そうか…noteには小説を載せることもできるのか」と男は思った。
すると男は突然思い立って後先考えずとにかくスマホのメモ機能に話を書き始めた。その集中力は何時間も続いて気がつけば深夜になっていた。薄暗い部屋の中でただひたすらに夢中になって今まで我慢していたエネルギーを全て放出するかのように男は静かに小説への熱意を燃え上がらせ、そしてさらに数時間経って遂に男の手が止まった、男の瞳は未来に一筋の光を見つけた少年の瞳のようにギラギラと輝いていた。この何時間で男は1つの小説を書き上げたのだ。それは何度読み返しても傑作としか思えない出来だった。男は興奮していた。
「勢いで書いた小説だが、これは本当に傑作だ。俺の全てだ、久しぶりの小説だったがあの頃の感性はまだ残ってたんだ。これは評価されるに違いない、評価される違いないよ!」と男は部屋で一人叫んだ。
ふと、男はあることに気がついた。
「ちょっとまてよ、こうして喜んでいる間にも他の誰かが俺が書いた話と同じような話を思い浮かんでそれを先にアップロードされたら俺は作品をパクったことになってしまう。これはいけない、早く早く早く。早くしないと」
男は貧乏ゆすりをしながらハッシュタグをいくつか付けて遂に「投稿が完了しました」と文字が画面に表示される。男の中に安堵と興奮ときっとすぐに評価されるだろうという確信が生まれ、いろんな人から評価される自分を妄想し一人で緊張していた。心臓の鼓動は早まり、落ち着かない様子で部屋をウロウロ歩き回った。そして10分くらい時間が経った。そろそろ「いいね」たくさん来ているはずだと男は「note」を開いた。男は学生時代に受験結果を見に行ったときのような胸のざわつきを感じていた。
男は通知を見た。
「いいね」は誰からも付いていなかった。
「おいおい、嘘だろ」と何度も男は画面を更新してみたがそれは無駄な事。何度も更新マークがグルグルと回るだけで何も起こらなかった。男は原因を考えた。
「そうだ!フォロワーがあまりいないからそもそも誰もこの文章を見ていないんだ。」と今度は「#小説」で検索をしヒットしたユーザーを手当たり次第フォローした。もはや男は自分の文章がセンスがなく、話の内容も全く面白くないということを認めたくないという現実逃避しているだけだった、だからそんなことをしても無駄だった。実際問題、誰も男の文章を評価しなかったのだ、多くの人間から「お前はつまらない」と認定されたに等しいのだ。
それから3時間ぐらいが経って「いいね」の数は25になっていた。そして男のフォロー数は324人になっていた、フォロワー数は67だった。男はもう気づいていた、この25の「いいね」は自分の文章に対する評価ではなく、フォローしてくれたことに対するお礼の「いいね」だということを。誰もこの文章など読んでくれてはいないのだ。

すると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「おい、見ろよこいつこんなもの書いてるぞ。気持ち悪りい!」
「うわ、キモっ」
その声はどんどん大きくなって頭の中に何度も響いて、そしてますます映像や音声が鮮明になっていく。
男の中にいつか捨てたはずの記憶が完全に戻ってきて着実に心を蝕んでいった。
男の目から涙が溢れた。
「俺はバカだ……今まで何をしてきたんだ…。何のために生きてきたんだ、誰にも寄りかからず生きてきたつもりだった。でも違った逃げていただけだ…俺の人生は誰のためにもなっていない。今の仕事だって代わりはいくらでもいる、俺である必要なんて何一つない。俺には大した金もない、愛してくれる人もいない。それでも自分の居場所さえあればいいと思ってた、そうやってずっと生きてきた。でも違ったんだ。本当はずっと寂しかったんだ…でも嫌われるのが怖くてバカにされるのが怖くてずっと逃げてきた。今、俺が持ってるものはなんだ…?何があるっていうんだ…何もないじゃないか。あぁどうしてこうなったんだろう、何をしてるんだろう。くだらない。くだらない。全てがくだらない。何が創作だ何がセンスだ…。自分は何一つ面白くない。誰からも気になんてされてない、誰も俺を見てなんかいないんだ…」
男はふらつく足取りで台所に行くと、包丁を手にして自らの手首を深く切りつけた。
男はその場に倒れ、目は虚ろになり。
「あぁ寂しいなぁ、悔しいなぁ…」
そうつぶやいて息を引き取った。

男はこんなことで一生を終えたのである。


男の死体はすぐに見つかった。
普段は絶対に遅刻しない真面目な男が出社せず連絡も取れないのを上司が心配してすぐに警察に電話したのだ。男の丁寧な仕事は周りからの信頼も厚かった。

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きんぴら
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