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亡きひとを偲ぶ(ver.2)

最近亡くなられた茶華道の師匠にまつわる話と
英語で茶道を説明するchallengeについて
書いてみる。


5月に茶華道の恩師が88歳で亡くなられた。

彼女は独身で近くに身寄りがなく、晩年も一人で
公的援助を受けながら自宅で過ごされた。
少し認知症の傾向も出ていたが、
亡くなる直近まで古いお弟子さんが数名、
様子を見ながら、毎週自宅へお稽古に
お伺いしていた。
高齢者によくあることで、お弟子さんたちは
お稽古中も同じ話を繰り返し聞かされたらしい。

最期は長患いせず、苦しむこともほとんど
なかったと聞いている。
後片付けは弟子に任せて一人で旅立たれた。

人は亡くなる間際に
これまでの生き方が反映されるのだろうか。
今をどう生きるかが、死ぬときどう死ぬかに
密接に繋がっている。

頭の良い勝気な先生。
ハキハキとして、いつも前向きな態度。
弱音を聞いたことがない。
茶道、華道に人一倍精進されたので
センス、技術は抜群だったと思う。
その道一筋に歩まれた彼女の人生は
周囲の誰からも認められるはずだ。

私は23歳から師事して45年以上経つ。
ここ10年ほどはお稽古を休んでいたので
最近はお目にかかる機会が少なかった。


私はもともと茶道点前に熱心な生徒ではない。
先生、ごめんなさい。
ほんとうに叱られてばかりで。
彼女の立派なお弟子さんたちの中で私は
とても茶人とは言えなかった。
先生や上のお弟子さんにきちんと礼を尽くした
だろうか。
後進の若いお弟子さんに優しくしただろうか。

若いころ一生懸命お稽古に励んだことは
覚えている。お茶名という師範の資格も
いただいた。
(英語でいうと英検2級というところか)

ただ、続けていく中で、私がもっとも
強く惹かれたのは茶道の本質的な部分と
人としてのあり方。

茶道がカバーする文化は幅広く
書、絵画、陶磁器、竹製品など工芸品、
中国や日本の歴史、和歌、
茶花など植物の知識、素材から始める料理、
庭園、建築などなど、多岐にわたる。
学ぶことが多すぎて気が遠くなる
総合芸術の茶道の世界。
それぞれが総合的に感覚的に理解して
初めて味わい深い一座建立となる。

煩雑な点前作法よりも道具よりも
茶道の哲学を勉強したかった。
つまり茶道の体系がなぜ日本で成立したか?
というような。

この興味はずっと続いていて、
日本文化に興味を持つアメリカ人の先生に
茶道の奥深さを説明できないか
ウロウロと四苦八苦している。
長年自分が携わった茶道文化の世界だから。
茶道点前の奥にあるもの、
目に見えないものを人に伝えたい。
日本語でも説明が難しいのに
英語でそれができるだろうか⁇
大それた望みをもっている。

師が去ったあとに残された茶道具。
お稽古用からお茶会に使うものまで、
彼女の好みで選ばれたものたち。
一つ一つ大切に包まれて保管されている。

「先生、全部いっしょにお待ちになれば
良かったのに」と呼びかけてみる。
答えはなくて、問いだけが虚しく響く。
あちらの世界へは、目に見えるもの
何一つ持って行けない。
私は混乱する。
そしてまた彼女に「先生の人生はどうだったの?
お幸せだったの?」と問いかける。

弟子の何人かは、茶道や華道を教えている。
学校茶道のお稽古道具にも活かせる。
片付けは短期間だったが、仲良く相談しながら
作業が進んだと思う。
それにしても今年の6月は暑かった。
汗をかきながら整理していく。


ここ10数年私は体調を崩して、お稽古を
休んでいた。長い間お世話になったので
自分にできることは協力したい気持ちがある。

素朴で簡素な、先生のお茶室。
かつてはきれいに清められていたが、
長い歳月が経ち、自身が高齢になるとともに
雨水が漏り、木の建具は朽ちて見る影もない。
本人がいなくなって
ご自慢の庭の茶花のコレクションも
伐り捨てられて趣も無かった。
梅の実だけがいくつか淋しく落ちていた。
私は小庭の伸び放題を切り、玄関を掃いた。
自分も若くないので、大したことは
できないのだった。

お茶の弟子たちが出入りするのだから
できればさっぱりとしておきたい。

拝見していると、茶道具はただの道具では
ないように感じられる。
戦国時代ではなくても、
茶人の思い入れが込もっている気配がある。
道具に人の想いが受け継がれるのか。

先生自らが書かれた掛け軸を
私にお譲りいただいた。
表具にシミがあり、掛け軸としての
値打ちはないのだろう。
しかしこのお軸を広げるとき、
直接先生を知る私たちにだけ
味わうことを許される時間を感じたい。
それは恩師と共有したかつての時間かもしれない。

先生はなんとおっしゃるだろうか。
「お願い、やめて、恥ずかしいから」と
おっしゃるような気もする。

それとも「掛けてくれてありがとうね」と
もし言ってもらえるなら、
私はそのほうが嬉しい。

先生のお茶室にあかりが灯ることはもうない。
ご自宅はまもなく取り壊されることが
決まっている。

恩師のご冥福を心からお祈り申し上げます。

さて、オンライン英語のテキサスの先生に
茶道の話を少しずつ聞いてもらうことにした。
彼は日本の伝統文化に興味を持っているため
真剣に聞いてくれる。
私の中で茶道と英語をリンクさせ、
学びの世界はさらに続いていく。

今年は別れが多い年。
人は亡くなるとどこへいくのか。

目に見えるものに感謝。
目に見えないものにも感謝。

今日もありがとうございます。
よい一日をお過ごし下さい。

Have a nice time. Take it easy.

(写真は先生からいただいた扇子)
「龍生子金鳳」

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