映画感想 新感染半島 ファイナル・ステージ
あれ? どうしてこうなった?
前作
あの悪夢のような列車旅行から4年後……。韓国はゾンビによって崩壊していた。『新感染半島 ファイナル・ステージ』は『新感染 ファイナル・エクスプレス』の続編。劇中の時間と同じように、前作から4年後の2020年7月に公開された。監督は前作から引き続きヨン・サンホが務める。
第73回カンヌ国際映画祭オフィシャル・セレクション作品。第7回釜山国際映画祭などで上映された。
映画批評集積サイトRotten tomatoでは132件の批評家評があり、肯定評価はわずか55%。オーディエンススコアはやや持ち直して76%。前作の圧倒的評価と比較するとかなり残念なスコアとなっている。
とりあえず、前半のストーリーを見ていきましょう。
あのパンデミックによってわずか1日で韓国は無政府状態に陥っていた。軍人のジョンソクは姉の夫婦を車に乗せて移動していた。
その最中で「乗せてください! 小さい娘がいるんです!」と訴える一家が現れる。ジョンソンは葛藤するが、一家を見捨てて行く。
ジョンソンと姉夫婦は無事に韓国を出発する船に乗ることができた。このまま日本へいく予定だったが……しかし行き先は急に香港に変わったという。ジョンソクは何が起きたか聞きに行こうとする。その時、軍人が顔色を変えて飛び込んできた。
「大佐! 大変です、客室で感染者が発生しました!」
ジョンソンはすぐに客室へと向かう。しかしそこはもう感染者だらけだった。その感染者のなかに、姉とその息子もいたが、もはや救い出すことはできなかった……。
あれから4年。ジョンソクと姉の夫だったキムは香港で暮らしていた。
香港のチンピラに「仕事がある」と呼び出される。
「お前達の国……いや半島か。そこで最近面白い噂を聞いた。ゾンビには必要のないドルや金がそこらじゅうに溢れてる。半島からそれを持ち帰り、金持ちになった賢い奴らがいるそうだ。夢のある話だろ」
ゾンビで崩壊した韓国へ行き、放置されたままの金を持って帰る……“簡単な仕事”の依頼だった。実は前任者がすでに韓国に入り、2000万ドルを集めてトラックに乗せていたが、その後連絡が途切れていた。金を積んだトラックは、今も韓国に置き去りのまま……。それを3日以内に持ち帰る、という仕事だった。
ジョンソクとキムを含む4人は韓国へと侵入する。
韓国への侵入は容易だった。件のトラックも難なく発見する。本当に簡単な仕事だった。しかしその時、照明弾が頭上に上がる。いったい誰が……。辺り一面光に包まれ、ゾンビ達がワラワラとやってくる。崩壊したはずの韓国に、何かがいる……!
ここまでで30分。あらすじを見てわかるように、前作との関連性はまったくない。
前作との違いとして、まず「おや?」と感じられたのは「ゾンビ」という言葉が使われていること。前作では「ゾンビ」という言葉が作中でも宣伝でも避けられていたけど、今作では普通に使われるようになった。たぶん「韓国ではゾンビ映画は売れない」というジンクスを乗り越えられたからだろう。
ただし西洋ゾンビとの違いはあって、感染者は生存者に飛びつくが、噛み跡を付けたらそれで満足して他のターゲットを探そうとする。あ、やっぱり喰わないんだ……。今作のゾンビは生きた人間を「喰う」ことを目的としていない。感染を広げることを主目的としている。
前作『新感染』は閉鎖状況におけるパニック映画として教科書にすべき傑作映画だったけど、今作はいろんな面で「あれ?」という感じの作品。
パンデミックによって韓国が崩壊した。ここまでは良しとしよう。その韓国国内に放置されたままになっているドルを持って帰る……この時点で「そのストーリーだったら、別にどこの国が舞台でも良くない?」「前作との繋がりがなさ過ぎるんじゃない?」という気がするけど、これも良しとしよう。
まず気になったのは登場人物の印象の弱さ。ジョンソク、キムを中心とする4人のチームで韓国に潜入することになったのだが、主人公ジョンソクからして「誰だ?」となる。冒頭シーンでは軍人なので丸刈りだったものが、4年後の姿になると格好よく髪が伸びている。最初しばらく「誰だ?」となる。他の3人にしても特徴がない。印象にまったく残らない。印象がない顔……というだけではなく、印象に残るエピソードがない。
韓国に入っていくと、韓国国内で生存している人々がいた……。まあそれは良いでしょう。気になるのは、どれもキャラクターも印象が薄いこと。
例えばこの少女。いったい何者? 驚異的なドライビングテクニックを持っていて、カーアクションは格好いいのだけど……いや、何者? 人物の掘り下げがまったくない。なにもないところで、驚異的ドライビングテクニックだけがある……というところを見せられてもそれは漫画のキャラクターでしかない。「設定」だけでキャラクターを動かしている状態。
韓国の生存者集団である631部隊の1人、ソ大尉。彼も何者なのかよくわからない。631部隊のなかでそこそこ高い地位にいるらしい。しかし彼にそれだけのカリスマ性をまったく感じない。631部隊の人々はみんな野性味溢れた強面なのだけど、彼にはそういう強さを感じない。どうして彼が現在の地位を築けたのかよくわからない。
さらにどうやらミンジョンとも知り合いらしいが、どういう知り合いなのかも掘り下げはなし。むしろ余計な設定なので、外したほうが良い。
前半1時間は韓国国内がどういう状態なのかが説明され、それぞれの人物の関係性が掘り下げられるのだが、どれも薄い。これがどんな問題をもたらすかというと、後半。キャラクターの死んだ時、いかにも悲しい雰囲気の場面が描かれるのだが、見ているほうはピンと来ない。どういう関係性かわからない状態だから、描かれているシーンが上滑りしているように感じられる。生存者の悲しみが大袈裟に感じられ、見ているほうは「あ、うん」というくらいの感想しか浮かばない。
映像を見てみよう。
港の風景。セット+CGで画面が作られたと思われる。シーンの作り込みはこんな感じで問題ないが、気になるのは港のシーンがここだけだということ。ワンシーンしかないと世界観に広がりが感じられない。地面に「神は我々を見放した」という落書きがあるのだが、小手先の技に感じられる。そういう落書きで説得力を出そうとするのではなく、もっとたくさんのシーンを出して、映像そのもので説明した方が説得力が出る。
都市部に入っていく。たぶんこのシーンもセット。カーチェイスシーンもあるから、かなり大がかりに作られたのだろう。この作り込みに関しては「よくやったなぁ」と感心するレベル。
気になるのは映像。夜のシーンなのに画面全体がくっきり見えすぎている。これは昼の間に撮影し、色調調整で夜にしたから。こういう撮影法は昔からあるもので、映画の作法としては間違っていない。ただ画面全体が見えすぎているから、画面に「締まり」がない。
この作品の場合「どこにゾンビが隠れているかわからない」という状況が怖いはずなのに、これだけ隅々まで見えてしまっていると、その怖さが薄れる。画面全体が同じような光で表現されているので、「夜」という感じがしない。明るいところ、暗いところのメリハリがないので、画としても薄っぺらく見える。どこを見せたいのか……というピントもぼやける。
照明弾で辺りが明るく照らされる。でも、月明かりだけの状態と比較しても、「見えているところ、見えていないところ」の差が変わってない。色調が変わっただけのようにしか見えない。ここは真っ暗な状態から光が差し込んで、その光の中にゾンビの姿が炙り出される……その怖さを表現するところなのに、そういう怖さがまったく描かれていない。
謎の少女が現れて、驚異的なドライビングテクニックが披露される。
カメラワークはかなりうまい。カーチェイスががっつり描かれているが……しかしやはり画面全体にメリハリがまったくない。構図はしっかり作れているけど、画面全体がのっぺりしすぎて台無しになってしまっている。
それに、すでに書いたことだけど、この少女がなぜこれだけのテクニックを持っているのか、理由が示されていない。「そういう設定だから」だけでお話しが進んでいる。
こういう「そういう設定だから」という部分は、この作品のいろんなところで見られて、出てくるキャラクターがみんな「設定」だけで作られている。キャラクターの設定も、人間関係も。「設定」だけで作られていて、作品の中でエピソードとして掘り下げられていない。だから事件が起きた時、意外性や感動がない。
生存者達は、残された物質をただ消費するだけの享楽的な生活を送っていた。文明が崩壊し、理性も崩壊し、野蛮な暴力が社会の中心になっていた。
……ありがちな設定だ。別に『新感染』の続編としてやるストーリーではないんじゃない? これだったら「何でもあり」だ。
この辺りも「設定」だけで作られた部分。設定だけで作っているから、なぜそういう社会になったのか、理由と経緯が描かれていない。こういう社会になっていなければならない説得力に欠ける。
その後にやってくるのは「虚無」。前半1時間で韓国国内の状況が掘り下げられ、次の1時間でアクションのフェーズに入っていくのだけど、キャラクターそれぞれの関係性が掘り下げられていないから、どんなシーンが来ても感動がない。そのうえで主人公達の行動のほとんどが失敗してしまう。……じゃあこれまでのお話しは何だったんだ……と虚無しか残らなくなる。物語の設計に合理性がない。「いったい何がやりたかったんだ」と言いたくなるようなシーンの連続だった。
前作が素晴らしい作品だったので、その続編があると聞いて楽しみに見た結果……どうしてこうなった。多分……前作が大ヒットしたから、かなり無理矢理に続きが作られたのだろう。
まず物語に連なりがまったくない。別に『新感染』の続きとして作る必要がまったくない。あまりにも世界観が違いすぎるので、「同じシリーズの作品」という感じがまったくしない。
次に気になったのはイメージの貧相さ。韓国に潜入しても、出てくるのは港の場面だけ。セットが明らかに一つしかなく、カメラの位置を変えながらどうにか広がりを持たせようとしている。これは第一にセットを作り込む予算がなかったから。もう一つ考えられるのは――「イメージが思い浮かばなかったから」。後者が理由だとすると、本当に続編の想定がなく、無理して作ったらこうなった……というのが正解だったということになるが……。
「作法」という面でも前作と今作とでまったく違う。前作は新幹線の中に11人のメインキャラクターたちがいて、それぞれのドラマが数分おきに掘り下げられていく……という構成だった。11人の物語が間を置かず次々に描かれるので、ギュッと物語が詰まっている感じがあった。
今作では1時間かけて世界観と人物が掘り下げられるのだけど、ぜんぜん深まらない。設定や人物がうまく深まっていかない状態でドラマを描こうとするから、どうしても上滑りになってしまう。前作と比較すると中身スカスカ。
後半、かなり派手なカーチェイスシーンがあって、そこは非常に出来が良い。クオリティはめちゃくちゃに高い。でも見ていても気分が高まらない。それはそこに至るまでの展開に失敗しているから。見る側の気分が温まってない状態でアクションが描かれているから、何となく気持ちは虚無になっていく。
世界観が違うだけではなく、作法もまったく違っているので、本当に同じ監督の作品だろうか……と疑ってしまう。作品があまりにも違いすぎるので、同じスタッフによる作品だと言われても信じられないような気分になっていく。
否定的に書いてきたけれども、アクション自体はよくできている。「うまいなぁ」と思う部分は一杯ある。良いところも一杯あるのだけど、しかし気分は冷めてしまう。そうなってしまうのは、世界観とキャラクターの掘り下げができていないから。良いはずのシーンも、みんな虚無になっていく。
前作が素晴らしい作品だっただけに、どうしてこうなった? 公式続編なのに「パチ物」を見たような気分だった。
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