2024年夏アニメ感想 天穂のサクナヒメ
夏が舞台というわけじゃないけど、夏に見たい作品『天穂のサクナヒメ』。
『天穂のサクナヒメ』の原作は2020年発売のインディーズゲーム。えーでるわいす制作の本作は発売2週目でパッケージ版売り上げが50万本達成。日本国内だけで60万本、世界累計で150万本を売り上げた。発売直後はTwitter上で「令和の米騒動」が連日トレンドワードに入るほどになり、異様なほどに作り込まれた稲作にまり込む人を多数生み出した。実際にこのゲームの稲作はよくできていて、小難しい農書を読むくらいなら、このゲームをやったほうが理解しやすいというくらい。
農協や農業業界紙である日本農業新聞でも本作は注目され、取り上げられ、米や酒といった従来では考えられない様々なコラボグッズが多数登場した。『天穂のサクナヒメ』はゲームメディア界隈だけではなく、そこから踏み越えて様々に広がっていった作品となった。
日本におけるインディーズゲームに対する意識を変革させた。そう評してもいいくらいの大ヒットタイトルである。
ゲーム版『天穂のサクナヒメ』については、当ブログでも2回取り上げたので、ゲーム版の感想文はそちらを見てもらおう。
ゲームのクオリティは、その辺の大手ゲーム会社が作るものよりはるかによくできている。世界観やキャラクターに独自性があり、遊び込みも奥深い。私としても、この時期、遊んでいてもっとも楽しかったゲームがこの作品だった。
あの傑作稲作シュミレーターゲームがアニメ化する。しかも制作会社はP.A.WORKSだ。私は最初の告知以来、アニメ放送を楽しみに待っていた。
……の、だけど……。
あれ? なんか微妙……。
いや、まずは良かったところを挙げよう。
キャラクターは原作ゲームそのまま。ゲーム版と同じ声優が起用されて、ゲームで描かれたあのシーンが再現される。ゲームで描かれたイメージそのまま。これは嬉しいポイント。
ゲームで何度も見たあの場面も……。ゲーム版はサイドビューアクションゲームだったから一つの視点でしか風景が見られなかったが、アニメ版では様々な角度から風景が描かれる。
もともと傑作稲作シュミレーターだったのだが、アニメ版では農協監修というだけあって、稲作の描写はさらに丁寧になった。苗を植える時の、指使いまで描いている。
P.A.WORKSの社長は実際に稲作をやっていたし、アニメ制作スタッフも制作準備期間中に稲作体験をやってみたということもあって、ここは原作越えをしたところ。
ただ、袂は縛ってほしかった。これだと作業をしているあいだに袂が泥で汚れてしまう。
峠から下りたところの田んぼ。原作ゲームでもいくつか描写されたけれども、インディーズゲームで超少人数・低予算作品だからあまり細かく描写されなかった。田んぼの規模や位置関係といったものがゲームでは不明瞭だったが、アニメ版でははっきりとわかるように描写されるようになった。
自然の描写も良い。田起で鍬を差し込むと、土中から蒸気が立ち上る。土の中と大気の温度差があることが表現されている。この煙が立ち上る現象を描いて、「これこそ田起だ」と説明されるので、より深い納得感を作ってくれる。
水を張った田んぼ。泥の中に細かな植物の残骸が沈んでいる。その中に踏み込むと、泥煙が緩やかに立ち上る。こういう自然の描写もよく描けている。
原作では、それぞれのキャラクターの心情があまり深掘りさなかったが、アニメ版では改めて描き込まれるようになった。特にきんたとゆいの心情描写は、ゲーム版では曖昧にされていたところ。ゲームで一度見たドラマを深めていくような作りになっている。
こうして見ると、アニメならではの良かったところはたくさんある。原作ゲームのプレイヤーでも、ただ追体験させるだけではなく、より深化させているところは一杯見いだせる。
ただ……その一方で引っ掛かりもたくさんあった。
細かく見ていこう。
まず気になったのはアクション。原作ゲームであった「どこを見ておる」「こっちじゃ」が再現されていて、ゲームプレイヤーにとって嬉しいところ。
しかし……。
ほとんどのシーンで敵と武器を重ねる……という瞬間が描かれていない。上の画面のように、キャラクターだけがピックアップされて、技を繰り出しているポーズ絵が出てくるだけ。ぜんぜん戦っているふうには見えない。紙芝居っぽいアクション描写になっている。
アクションの描き方も平坦で、立体的にキャラクターが動いている……という感覚も薄い。それぞれの位置関係、距離感がまったく感じられないか、無視して描いちゃっている。原作ゲームでは、羽衣を使って素早く相手の背後に回る……サイドビュー形式だけど位置関係を素早く変えながら戦いが魅力的だった。そういったところがぜんぜん再現されていない。
その羽衣アクションも、「重力感」が表現されていない。
この場面では羽衣を引っかけて、ぷらーんとターザンをやる場面だが、キャラクターの移動感と重さを感じられない。気持ちいい動きになっていない。
もともとはアクションゲームで、スピーディな展開が痛快な作品だった。それのアニメ版だと考えると、なんとも力が抜ける描き方になっている。もうちょっとアクションはアクションらしく描いてくれてもよかったんじゃないだろうか。
あまり作画の話はしたくないが、第4話の時点で早くも作画が怪しくなる。『ぷる天』状態。この辺りはまだレイアウト、背景まではしっかり作られているから、DVDで修正は入るはずだが……。
(※ぷる天 『ぷるんぷるん天国』のこと。PAWORKS制作『SIROBAKO』の劇中アニメ。制作状況があまりにも過酷だったために現場崩壊、作画があたかも溶けるような現象を起こし、逆に話題となった。これ以降、悲惨なほどに作画崩壊した作品やシーンを「ぷるってる」などと呼ばれるようになった。……というのは『SIROBAKO』の劇中設定の話だが、作画崩壊を「ぷる天」という言い方は現実世界でも時々使われるくらいの影響力はあった。まさかPAWORKS作品に『ぷる天』と言う日が来るとは)
フォローできないのは作劇の崩壊。サクナヒメの台詞の後に、その母親の回想を入れる……あまりにも平凡。こういうのはただの説明であって、ドラマではない。描く必要がない。
ただの説明にしかなっていないシーンだらけで、きちんとドラマを組み立てよう……という意識が薄い。そのうえに、とりあえず「笑わせよう」「泣かせよう」とする。これをやればやるほどに、見る側の気持ちは冷めていく。作品が安っぽくなっていく。ちゃんと脚本を作った上で映像を作っているのか、怪しくなるような作劇。
第4話あたりから、作画が怪しくなるとともに、作劇もだんだんおかしな状況に……。作画だけならDVD&Blu-rayで修正が入るが、ダメな作劇は立て直しができない。
技を繰り出すサクナヒメ。ポーズが間抜け。
次は連続コマで。
ボスモンスターの頭上を羽衣でくぐり抜けていく……という動きだが、動きがフニャフニャ。あの角度からぶらーんとやったら、ボスモンスターの頭にぶつかるはずでしょ。なぜかスルッとすり抜けるように描かれている。せめてボスモンスターの頭を蹴って、向こう側に行く……くらいの見せ方はやってほしかった。
「憎い……憎い……」
この間抜けな構図は長回しで描かれ、ボスモンスターはじわじわと自分から溶岩のほうへ移動していき、最後には落ちていく……。
たぶん、「溶岩のほうへずるりと落ちていく」という様子を描きたかったんだろう。DVDでは修正が入るはずだ。
第6話まで来るとアクションがぐちゃぐちゃ。最初からアクションがいまいちだな……という感じだったけど。
でも実は第6話はまだマシな方で、この先、もっともっと地獄になっていく。
第3話のラストに『田植え唄』が流れる。
このシーンは悪くはないが……どこか無理矢理第3話の最後に突っ込んだ感がでてしまっている。第3話全体のテーマは、サクナヒメがヒノエ島の生活に嫌気が差して脱出しようとするが、考えを改めて農作業に戻る。そこからみんなで田植え……この第3話のテーマとも合っていない。やっぱり無理矢理感が出ている。
『田植え唄』のシーンは原作ゲームをプレイ済みの人ならわかるが、非常に重要なシーン。物語中盤のドラマ的な要となる名シーンである。それで原作ゲームでは、このシーンにかなり長い尺を割いて、全員で歌いながら田植えをやる場面を、長すぎるというくらいにがっつり描き込んでいた。
それを較べると、アニメ版は性急だし、やっぱり無理矢理第3話の後ろに突っ込んだ感が出ている。
この唄を、こんなふうに扱ってほしくなかったな……。原作ゲームプレイヤーとしては残念な気分。
話を聞くと、制作スタッフは1年前から準備として稲作体験をやっていた……という話だから、準備期間だけは間違いなくあったはず。
しかし実際の作品を見ると、中盤に入る前からスケジュールがいかにも逼迫している……というような作劇に作画になっている。きちんと考える余裕がなく、とりあえず絵に書き起こしました……そういうやっつけ感が出てしまっている。作劇のグダグダ感から察するに、脚本も間に合ってなかったのではないか。
どうしてこんな状態になってしまったんだろう? PAWORKSといえば高品質な作品制作で知られているし、制作期間はしっかりあったはず。それに、原作ゲームがビジュアル的なイメージをしっかり確立しているはずだから、絵作りに迷うポイントはないはず。
失敗しようがない。失敗要素がないはずなのに、アニメ版はグズグズになってしまっている。
こうなったのはスケジュール管理の失敗によるもの……というのは間違いないが、それこそ制作体制がしっかりしているはずのPAWORKSでなんでそんなことが起こった? という感じだ。
アニメ版にも良いところはたくさんある。アニメ版スタッフは間違いなく原作ゲームをプレイし、その上でどこが手薄だったかを割り出し、そこを重点的に盛っている。「きちんと作ろう」という意識は感じられる。そこは良かった。
しかしダメなところのほうが多すぎる。構成も作画もガタガタ。原作ゲーム『天穂のサクナヒメ』は素晴らしい作品だっただけに、アニメ版はどうしてこうなったんだろうか? あの感動をアニメでもう一度、いやアニメになるのだからもっとドラマが深まるのでは……と期待していた1人としては、残念でならない。
もう一回、作り直してくれないかな……。アニメ版が終わったばかりだが、再アニメ化してほしい作品だ。
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