息子「無表情な卒園式」の巻。
卒園式前日、息子を幼稚園に迎えに行く。
「りんりん♪ついに幼稚園おわったねぇ。3年間おつかれさま〜!」
自転車の鍵を回しながら、息子にねぎらいの言葉をかけた。1週間前くらいから、幼稚園が終わる日を一緒にカウントダウンしてきて、ついに最後の幼稚園の1日がおわったのだ。
「やっとおわった〜!ほんと長い道のりやったわぁ。」
ちょうど自転車の前を通った元副担任の先生が、そんな息子の言葉を聞いてケラケラ笑っている。
「りんりーん・・・でも、たのしいこともいっぱいあったよねぇ?」
笑いながらも、ちょっぴりせつなそうな顔をする先生の顔を見て、胸がギュンッとなる。
けっきょく3年間、幼稚園に行くのをほとんど毎日嫌がった。息子にとっては、本当に長い道のりだったにちがいない。大人にとっての1日はあっという間だけれど、幼稚園児にとっての1日は、きっと私が思うよりもずっとずっと長いんだろう。
でも先生の言うとおり、楽しいことだってたくさんあったはずだ。
明日の卒業式は、なんだかんだ楽しく過ごして、なんだかんだ先生や友達との別れをさみしく思うにちがいない。
そんなふうに思っていたのだけれど。
卒業式当日。
終始、無表情。
もう一度言う。
終始、無表情。
カクカクした緊張した動きで、卒業証書を受け取ったあと、舞台の上で無表情で1言。
「大きくなったら、キーボードやさんになりたいです。」
家にキーボードはあるけれど、特に弾けないし、そこまでたくさん弾いているわけではないし。キーボードやさんって何?と後できいてみると、「先生が何か言えっていうから、めんどくさくて適当に決めた。」と言っていて、なんだかなぁと思う。おそらく特に言うことの決まらなかった子の多くが「お母さんのお弁当おいしかったです!」と言っていた。適当に"キーボードやさんになりたい"なんていうんだったら、とりあえずそれを言ってくれたらよかったのに、と思う。
担任の先生が大粒の涙を流している間も、なんだかぼんやりと先生を見ていた。すごくまっすぐな目をしていて、声の音色が綺麗で、いつも体をはって子供たちと遊んでいる素敵な先生だ。私はひそかに先生のファンだった。「先生の将来の夢は、外国で幼稚園の先生になることです。英語はまだしゃべれないから練習しています。夢へむかう過程が楽しい。みんなも夢を忘れずに、楽しみながら進んでいってほしい。」みたいな内容を熱く語っていた。私はじーんとしたけれど、息子の顔は無表情で、何を思っているのか想像すらできなかった。
先生や友達との別れを惜しみながら、記念写真を撮る人たちの中で、あいかわらず無表情で、誰とも絡まずボンヤリとしている息子。
「りんりん、先生と写真撮りにいく?」
「イヤ。」
「りんりん、仲良かった子と写真とらなくていいの?」
「別にいい。」
そんな感じのテンションだったので、私までなんだかションボリとした気持ちになっていく。
「せっかくだから、母ちゃんと1枚だけでも写真とってよ。おねがい!」
そうお願いすると、しぶしぶながら何とか一緒に撮ってくれたけれど、やっぱり無表情。
というわけで、無表情な息子の横で、私も父ちゃんもあまり心が動かず、「早く帰りたい」という息子に手を引かれて、早々と幼稚園を後にした。絶対に泣いてしまうと思っていたけれど、涙は1滴も出なかった。
ドンドン下がっていく私のテンション。
おしゃべりな息子が1言もしゃべらない。
私も静かに自転車をこぐ。
「母ちゃんさ、笑顔のりんりんと写真とりたかったなぁ。」
ボソッとそんな言葉を口に出してしまった。息子と6年間いっしょに過ごしてきて、本当に楽しい時じゃないと笑えない子だって知っているくせに。うっかり嫌味をつぶやく自分に、さらにテンションが下がる。息子はだまったままだった。
「母ちゃん!恐竜が生まれてる〜!」
家に帰るなり、息子が叫ぶ。
しばらく水につけているとヒビが入って生まれる、恐竜の卵のおもちゃ。
今朝見たときは、まだ生まれていなかったのだ。卒業式から帰ってくると生まれていた。
ささいなことだけれど、ボンヤリしていた息子と、ションボリしていた私の心に、パッと光を照らしてくれたような気がした。元気に戻るには、きっかけが必要なのだ。
「母ちゃん、ぼく今なら笑えそう!写真撮ろう、写真!」
生まれたての恐竜と一緒に、ツーショットを撮る。自転車でボソッとつぶやいた私の嫌味を覚えてくれていたんだろうか。
歩いて帰ってきてくれていたので、少し遅れて父ちゃんが帰ってくる。
「父ちゃんも一緒に写真撮ろう!」
家族3人で、「笑顔の写真」を撮ることができた。背景は家だけれど、まぁいいか。
それよりも、なによりも、
息子の表情が
どんどん豊かに戻っていくのが嬉しかった。
笑った顔じゃなくてもいい。
泣いた顔でもいいから
怒った顔でもいいから
変な顔でもいいから
表情がちゃんと「ある」と安心する。心がちゃんと動いているような感じがするからだろうか。心がちゃんと開いている感じがするからだろうか。
今さらだけど涙腺がフワッとゆるむ。
私の心が動くのは、やっぱり息子の笑顔なんだなぁ、と思った。
休日に幼稚園の行事がある日、わが家では「打ち上げに行こう!」となって外でランチをする習慣がある。
幼稚園最後の打ち上げだ。
息子の希望で、今回はサイゼリア。
息子はドリンクバーのあるところしか行きたがらない。つまり近所でいうと、サイゼリアか、ガストか、和食さとか、バーミヤンの4択しかない。息子の打ち上げだから、仕方がない。
「りんりん、小学校ではさ、親友ができたらいいね。」
「親友って何?」
「友達よりも、もっと友達ってこと。めちゃくちゃ仲良しな友達ってこと。」
「母ちゃんは、親友いる?」
「母ちゃんは、4人くらいはいるかな。でも34年かけて4人だよ?りんりんはまだ6年しか生きてないから、いなくて当たり前や。これから出会えると思うよ。父ちゃんが親友って思ってるのって、だれ?」
私が父ちゃんにそんな話をふったから、その質問に父ちゃんが「誰だろう・・・?」と考え始めてしまった。そこから「親友と友達の基準は?違いは?」という大人の深い話がはじまって、息子は黙々とピザを食べていた。大人同士で話が弾んでしまって、息子を若干仲間はずれにしちゃう感じは、ひとりっ子あるあるかもしれない。打ち上げなのに、ごめん。
「りんりん、小学校は楽しかったらいいね。」
「楽しいでしょ!あそこは絶対たのしいって思う。ぼくあそこに行けるのたのしみ。」
ツルツルモチモチのホッペの真上にある2つの目が、「生きている」感じがして、なぜだか春を感じた。
恐竜の卵が割れて、恐竜が生まれた。
今いる場所をエイッと飛び出して
新しい場所へ行く。
これから新しい経験が待っている。
心弾む何かが、きっと見つかるから大丈夫。
心弾む誰かに、きっと出会えるから大丈夫。
3年間おつかれさま。
幼稚園という場所が、息子にとって大好きな場所にはならなかったけれど、
幼稚園という場所に、離れるのがさみしいほどに仲のいい友達はできなかったけれど、
それらも含めて、
いろんな経験ができた。
素敵な幼稚園だったと思う。
その幼稚園のことが大好きだという子たちは
たくさんいるのだ。
でも息子には合わなかった。
ただそれだけなんだと思う。
息子が次に過ごす場所が、どうか息子にとって大好きな場所になりますように。
そして贅沢を言うのなら、
その小学校を卒業するときに、
笑顔の息子と写真を撮りたい。
あ、泣き顔でもいいかも。
とにかく、無表情だけは勘弁してほしい。
そんな願いを込めて。
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