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いまだに“痛み=筋緊張”で解決しているトレーナーは淘汰されていく【8,797文字】

目次

  1. はじめに

  2. 従来の「痛み=筋緊張」理論の背景
    2.1 マッサージやストレッチ頼みのアプローチ
    2.2 筋緊張説が支持されてきた理由

  3. 痛みに関する最新の科学的理解
    3.1 痛みの定義と国際的なコンセンサス
    3.2 生理学的痛みと病理学的痛み
    3.3 慢性痛と急性痛の違い

  4. 痛みの生理学的メカニズム
    4.1 侵害受容と神経伝達
    4.2 中枢性感作と末梢性感作
    4.3 神経可塑性と痛みの学習

  5. 筋骨格系以外の要因と痛み
    5.1 心理社会的要因:ストレスや不安との関連
    5.2 生活習慣・栄養・ホルモンバランスへの配慮
    5.3 痛みを複雑化させる要因の相互作用

  6. 「痛み=筋緊張」だけでは不十分な理由
    6.1 単一要因説の限界
    6.2 痛みと機能障害との不一致
    6.3 トレーナーが陥りがちな思い込み

  7. 痛みに対する総合的アプローチ:最新の動向
    7.1 バイオサイコソーシャルモデル(BPSモデル)の重要性
    7.2 エクササイズと運動療法の位置づけ
    7.3 行動変容技術と教育的アプローチ

  8. トレーナーの役割と課題
    8.1 クライアントの身体的・心理的評価
    8.2 多職種連携の必要性
    8.3 最新知見のアップデートと情報共有

  9. 痛みがパフォーマンスへ与える影響
    9.1 パフォーマンス低下と痛みの関係
    9.2 パフォーマンスリハビリテーションの観点
    9.3 痛みによるセカンダリな問題:運動恐怖や意欲低下

  10. 痛みとの向き合い方:クライアント教育とコミュニケーション
    10.1 正しい知識の伝達とセルフケア指導
    10.2 「治療」ではなく「支援」の考え方
    10.3 モチベーション維持と心理的サポート

  11. いまだに“痛み=筋緊張”で解決しているトレーナーが淘汰される理由
    11.1 社会的要求の高まりとクライアントのリテラシー向上
    11.2 結果が出ないアプローチへの不信感
    11.3 科学的根拠を軽視するトレーナーに対する業界の変化

  12. 今後の展望
    12.1 テクノロジーの進歩と痛み評価ツールの普及
    12.2 多様な専門家との連携の強化
    12.3 トレーナーの専門性向上への期待

  13. まとめ


1. はじめに

トレーニング指導やリハビリテーションの現場では、長らく「痛みは筋緊張からくるものだから、マッサージやストレッチで筋肉をゆるめれば解消できる」という考え方が当たり前のように語られてきました。確かに、急性の筋緊張が強く、かつそれによって血行不良や可動域制限が生じている場合は、一時的に筋肉をほぐすことが痛みの軽減に寄与することも事実です。しかし、痛みのメカニズムが明らかになるにつれ、痛み=筋緊張だけでは説明できないケースが多数あることがわかってきました。

国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain:IASP)は2020年に痛みの定義を改訂し、痛みとは「実際の、または潜在的な組織損傷に関連する不快な感覚的・情動的体験であり、個人の過去の経験によって影響を受ける」としています。つまり、単なる組織損傷だけでなく、心理的要因や社会的要因も大きく関与する可能性があることを強調しています。

いまだに「筋肉が張っているから痛い」という単一的なアプローチに固執するトレーナーは、痛みの本質を理解していないとみなされ、徐々に信頼を失っていく時代になりつつあります。本稿では、痛みにまつわる科学的知見を整理するとともに、トレーナーがどのように総合的な視点でクライアントの痛みにアプローチすべきかを考察します。


2. 従来の「痛み=筋緊張」理論の背景

2.1 マッサージやストレッチ頼みのアプローチ

筋肉の過度な緊張によって血流が滞り、痛みを引き起こすという説は、身体の構造にある程度即した説明です。マッサージやストレッチによって筋緊張を緩和し、代謝産物の除去を促進することで一時的に痛みが軽減するというメカニズムは、古くから信頼されてきました。スポーツマッサージや指圧などの手技療法は世界的にも普及しており、その即効性から利用者の満足度も比較的高い傾向にあります。

2.2 筋緊張説が支持されてきた理由

筋緊張説が長年支持されてきた背景には、以下のような理由があります。

  • 即時的な効果
    短時間のマッサージやストレッチで「気持ちよさ」や「軽さ」を体感できることが多い。

  • 機能解剖学的なわかりやすさ
    「筋肉が硬いから伸ばす」「凝っているからほぐす」という説明は、クライアントにも受け入れやすい。

  • 応急処置としての有用性
    急な筋痙攣や張りには効果的なケースがあるため、「痛み=筋緊張」が広まりやすかった。

しかし、近年の研究では筋肉だけでなく、神経系や心理社会的要因が痛みに大きく影響していることが判明し、従来の理論では不十分なケースが多いことがわかってきました。


3. 痛みに関する最新の科学的理解

3.1 痛みの定義と国際的なコンセンサス

前述のように、IASPの定義では痛みを「感覚的かつ情動的体験」と位置づけています。痛みは単なるシグナルではなく、過去の体験や現在の心理状態、社会的環境など、多層的な要因の影響を受けることが共通認識となりました。

3.2 生理学的痛みと病理学的痛み

痛みには大きく分けて「生理学的痛み(acute pain)」と「病理学的痛み(chronic pain)」があります。生理学的痛みは通常、組織損傷や炎症などに伴い、身体が損傷を回避・修復するための警告反応として働きます。一方、病理学的痛み(慢性痛)は、組織損傷が治癒した後も神経系の可塑的変化によって疼痛信号が過敏に出続ける状態を指します。ここでは心理社会的要因が大きく作用し、痛みが身体の構造的要因だけでは説明しきれなくなるのです。

3.3 慢性痛と急性痛の違い

急性痛(acute pain)は、たとえば捻挫や肉離れなどの外傷に伴うもので、適切な処置を行えば数日から数週間で治癒します。一方、慢性痛(chronic pain)は3か月以上続く痛みを指し、その多くは外傷が癒えた後も痛みの認知や神経の興奮状態が続いている状態と定義されます。筋緊張の緩和だけで対処できるのは主に急性痛の一部であり、慢性痛にはより包括的なアプローチが求められます。


4. 痛みの生理学的メカニズム

4.1 侵害受容と神経伝達

痛みの感覚は、身体の末梢組織に存在する侵害受容器(nociceptors)が刺激を受け取ることから始まります。侵害受容器は、高閾値の機械的刺激、化学的刺激、熱刺激などを検知し、その情報をAδ線維やC線維を通じて脊髄後角へ伝達します。脊髄後角ではグルタミン酸やサブスタンスPなどの神経伝達物質が放出され、二次ニューロンへシグナルが伝わります。最終的に視床や大脳皮質に到達することで「痛み」として認識されるわけです。

4.2 中枢性感作と末梢性感作

痛みの慢性化には「中枢性感作(central sensitization)」と「末梢性感作(peripheral sensitization)」の両方が関わります。末梢性感作では、炎症物質や損傷組織から放出されるケミカルメディエーターによって侵害受容器の閾値が下がり、わずかな刺激でも痛みを感じやすくなる状態が続きます。一方、中枢性感作では脊髄や脳のレベルで疼痛伝達回路が過敏化し、通常では痛みを起こさない程度の刺激でも痛みを感じるようになります。このように、筋肉の緊張や組織損傷が直接の原因ではないにもかかわらず、痛みが持続するケースが存在するのです。

4.3 神経可塑性と痛みの学習

神経系には「可塑性」があり、繰り返しの刺激に応じて神経回路が変化・強化される性質があります。これは学習や記憶の基盤となるメカニズムですが、痛みにおいては「痛みの学習」として働き、痛みを長期化・慢性化させる要因にもなります。何度も同じパターンの痛み刺激が繰り返されると、神経回路は「痛みを感じやすい回路」に再編成され、実際の組織損傷がなくても痛みを体感し続ける可能性が高まります。


5. 筋骨格系以外の要因と痛み

5.1 心理社会的要因:ストレスや不安との関連

痛みは主観的な体験であるため、ストレスや不安、抑うつなどの心理的要因が痛みの感受性や強度に大きな影響を与えます。ストレスによって交感神経系が活性化すると、筋緊張が高まるだけでなく、痛みの閾値が下がることが報告されています。また、仕事や人間関係のプレッシャーが強いと、身体の小さな不調に対して過度に注意が向き、痛みが強く感じられることもあります。

5.2 生活習慣・栄養・ホルモンバランスへの配慮

現代社会では、睡眠不足や偏った食生活、過度のダイエットや栄養バランスの崩れが慢性痛を助長する要因として挙げられます。特に以下のような習慣や要因が痛みに影響します。

  • 睡眠不足: 成長ホルモンやコルチゾールの分泌リズムが乱れ、組織修復や炎症制御に悪影響を与える。

  • 栄養不足: タンパク質やビタミンD、オメガ3系脂肪酸などの摂取不足は、筋肉や神経組織の修復を阻害する。

  • ホルモンバランスの乱れ: 女性の場合、月経周期や更年期に伴うホルモン変動が痛みに影響することが多い。

5.3 痛みを複雑化させる要因の相互作用

痛みは「身体的要因(骨格・筋肉・関節など)」「心理的要因(ストレス・不安・抑うつなど)」「社会的要因(仕事・家庭環境など)」の相互作用で生じるため、どれか一つの要因だけを取り除いても完全に解決しないケースが多く存在します。トレーナーが「筋肉をほぐす」ことだけをしていては不十分であり、クライアントの生活背景や精神的状態も把握したうえで、アプローチを検討する必要があります。


6. 「痛み=筋緊張」だけでは不十分な理由

6.1 単一要因説の限界

従来の筋緊張説では、痛みを筋肉や筋膜の緊張が原因と単純化しがちでした。しかし、先述のとおり痛みは非常に多面的な要因に影響を受けます。そのため、筋緊張を和らげる手技を行うだけでは、慢性痛や再発を防止できないケースが多々あります。

6.2 痛みと機能障害との不一致

筋肉の張り具合と痛みの強度、あるいは構造的異常と症状の重さには必ずしも相関関係がありません。画像診断で明らかな異常が認められないのに強い痛みを訴える例や、逆に椎間板ヘルニアの画像所見があっても痛みが軽い、あるいは無症状という例も少なくありません。これは、痛みの原因が「構造的な問題だけではない」ことを示唆しています。

6.3 トレーナーが陥りがちな思い込み

トレーナーの多くは、筋力強化やストレッチなどの身体的アプローチに習熟している一方で、痛みの心理社会的要因や神経学的要因の重要性を見落としがちです。痛みが慢性化しているクライアントに対して「筋肉の張りを取れば良くなる」と安易に結論づけることで、適切なケアを受けさせる機会を逸してしまう可能性があります。その結果、クライアントの信頼を失うだけでなく、パフォーマンスの向上を妨げる恐れもあります。


7. 痛みに対する総合的アプローチ:最新の動向

7.1 バイオサイコソーシャルモデル(BPSモデル)の重要性

近年、医療やリハビリテーションの分野では「バイオサイコソーシャルモデル(Bio-Psycho-Social Model)」が強調されています。これは、痛みや疾病を「生物学的要因(バイオ)」「心理学的要因(サイコ)」「社会的要因(ソーシャル)」の総合的視点で捉えるアプローチです。痛みを抱えるクライアントに対しては、身体評価だけでなく心理面・生活環境・社会的背景などを含めた包括的な評価と支援が求められます。

7.2 エクササイズと運動療法の位置づけ

痛みの改善や慢性痛の予防には、適切な運動療法が不可欠です。最近の研究では、過度に安静を保つよりも、痛みの範囲内で適度に身体を動かすことが痛みの慢性化を防ぎ、組織修復や神経可塑性の健全化に寄与することが示されています。特にコアや下肢、肩甲帯周辺の安定性を高めるエクササイズは、痛みによる身体の保護姿勢や代償動作を改善し、動作時の負担を軽減する効果が期待されます。

7.3 行動変容技術と教育的アプローチ

クライアントが抱える誤解や不安を解消するためには、トレーナーが痛みのメカニズムをわかりやすく説明し、セルフケアの重要性を伝えることが大切です。最近では「Pain Science Education(PSE)」や「Explain Pain」といったプログラムが注目されており、クライアントに痛みについて正しく理解してもらうことで、痛みそのものを軽減する効果があると報告されています。これは、脳が痛みを「より安全なもの」と再認識することで、中枢性感作が抑制されるからです。


8. トレーナーの役割と課題

8.1 クライアントの身体的・心理的評価

トレーナーはまずクライアントの主観的な痛みの程度やその背景をしっかりと把握することが求められます。痛みの部位や種類だけでなく、生活習慣や精神的ストレス、痛みに関する信念など、多角的な情報収集が重要です。また、医療従事者との連携を視野に入れ、必要に応じて適切な専門医や理学療法士への紹介を検討することも大切です。

8.2 多職種連携の必要性

痛みのメカニズムは複雑であり、トレーナーが単独で対処できる範囲を超えることが少なくありません。医師、理学療法士、作業療法士、心理カウンセラー、栄養士など、各専門家と連携して総合的にクライアントをサポートする体制づくりが理想です。例えば、クライアントの痛みが心理的ストレスによって悪化している場合には、メンタルヘルスの専門家の介入が効果的となるケースもあります。

8.3 最新知見のアップデートと情報共有

トレーナーは科学的根拠に基づいたアプローチを行うために、定期的に勉強会や学会、セミナーなどに参加し、最新の研究知見をアップデートする必要があります。また、得られた情報をクライアントに適切な形でフィードバックすることも重要です。痛みに関する多面的な理解を共有することで、クライアントのセルフマネジメント能力を高め、結果としてより良いアウトカムを得られるようになります。


9. 痛みがパフォーマンスへ与える影響

9.1 パフォーマンス低下と痛みの関係

アスリートや一般のクライアントを問わず、痛みがある状態では身体機能が制限され、パフォーマンスが低下する傾向にあります。これは、筋力そのものが落ちるだけでなく、痛みを回避しようとする代償動作によって運動効率が低下することにも起因します。慢性的な痛みを抱えたまま無理に練習やトレーニングを続けると、さらに悪化させるリスクが高まります。

9.2 パフォーマンスリハビリテーションの観点

痛みのあるクライアントをサポートするには、リハビリテーションとパフォーマンス向上の視点を融合した「パフォーマンスリハビリテーション」が有効です。ここでは、痛みを軽減しながら段階的に競技動作やパフォーマンス要素を復帰させるトレーニングプログラムが組まれます。筋緊張の緩和だけではなく、動作分析や身体機能評価、競技特性を考慮した包括的なプログラムが重要です。

9.3 痛みによるセカンダリな問題:運動恐怖や意欲低下

痛みが長期化すると、運動やトレーニングに対して不安や恐怖感が生まれ、結果として動くことを避けようとする「運動恐怖(kinesiophobia)」につながる場合があります。これが習慣化すると、さらに筋力低下や身体機能低下を招き、痛みの原因となる身体的負担がより増えるという負のスパイラルに陥ることもあります。トレーナーはこのような心理的側面を理解し、クライアントの意欲を維持・向上させる工夫を凝らす必要があります。


10. 痛みとの向き合い方:クライアント教育とコミュニケーション

10.1 正しい知識の伝達とセルフケア指導

クライアント自身が「痛みとは何か」「なぜ痛みが起きるのか」を理解することで、過度な不安や誤解を解消できます。たとえば、痛みは必ずしも「組織がひどく損傷している」ことを意味しない場合もある、という点を丁寧に説明するだけでも、痛みに対する捉え方が変わります。セルフケアとしては、以下のような方法があります。

  • 軽い有酸素運動やヨガ、ピラティスなど、痛みの範囲内でできるエクササイズ

  • 自己マッサージやストレッチ、ホットパック・コールドパックなどの温冷療法

  • 睡眠習慣や栄養バランスの改善

10.2 「治療」ではなく「支援」の考え方

トレーナーは医療従事者ではなく、基本的に「治療行為」を行うことはできません。したがって、痛みを「治す」ことを前面に出すのではなく、クライアントが痛みと上手に付き合いながら目標とするパフォーマンスへ近づくための「支援」をするというスタンスが望まれます。痛みの程度や原因によっては医師や理学療法士との連携が必要となるため、その判断も含めた包括的な視点が求められます。

10.3 モチベーション維持と心理的サポート

痛みを抱えるクライアントは、意欲を失ったり、ネガティブな感情に支配されやすくなります。トレーナーは目標設定やプログラム進行を小さなステップに分割し、達成感を感じやすい仕組みを作ることでモチベーションを維持しやすくします。また、定期的に身体の変化や痛みの程度を把握し、ポジティブな変化があれば積極的にフィードバックすることが重要です。


11. いまだに“痛み=筋緊張”で解決しているトレーナーが淘汰される理由

11.1 社会的要求の高まりとクライアントのリテラシー向上

情報化社会が進み、痛みやトレーニングに関する情報を誰でも簡単に入手できるようになりました。クライアント自身もSNSやウェブ、書籍などで痛みのメカニズムやケア方法を学び、比較的正確な知識を得るケースが増えています。こうした背景の中、筋緊張だけを原因とする説明では納得を得られなくなり、科学的根拠に基づく説明を求めるクライアントが増加しています。

11.2 結果が出ないアプローチへの不信感

筋緊張だけにアプローチしても慢性的な痛みや複合的な痛みが解決しないケースは少なくありません。クライアントが期待するのは痛みの軽減だけでなく、長期的なパフォーマンス向上や再発防止です。根本原因にアプローチできないトレーナーは、その場しのぎのケアしか提供できないため、結果として不満や不信感が高まり、離れていくことにつながります。

11.3 科学的根拠を軽視するトレーナーに対する業界の変化

フィットネスやリハビリテーションの業界では、Evidence-Based Practice(EBP:科学的根拠に基づく実践)の重要性が強調されるようになり、各種資格団体や専門協会も定期的に研究やガイドラインを発信しています。科学的知見を無視して自己流のアプローチを続けるトレーナーは、今後ますます業界からの評価も低くなり、淘汰されていくことが予想されます。


12. 今後の展望

12.1 テクノロジーの進歩と痛み評価ツールの普及

近年、ウェアラブルデバイスやモーションキャプチャ、MRIや超音波などの画像診断技術が進歩し、より客観的かつ詳細な痛みの評価が可能になりつつあります。例えば、筋活動をリアルタイムで可視化し、痛みを感じる場面でどの筋群に過度な負担がかかっているのかを具体的に分析することができます。これにより、筋緊張以外の要因も含めた包括的アプローチがより精密に行えるようになるでしょう。

12.2 多様な専門家との連携の強化

痛みに対する理解が深化するにつれ、リハビリテーション医療やメンタルヘルス、栄養学、スポーツ科学など、複数分野の専門家が連携する必要性がさらに高まります。トレーナーも自分の専門領域を押しつけるのではなく、クライアントの課題に応じて他の専門家と協力し合うことが求められます。このような連携を通じて、より包括的で効果的な痛み対策やパフォーマンス向上プログラムを提供できるようになるはずです。

12.3 トレーナーの専門性向上への期待

痛みの評価や対策は、従来は医療従事者の領域とされることが多かったですが、近年ではトレーナーやコーチも高度な知識や技術を身につけるケースが増えています。運動学や解剖生理学だけでなく、疼痛科学や心理学、栄養学といった関連分野を学ぶことで、クライアントの多様なニーズに応えられるようになるでしょう。今後は「筋肉だけでなく総合的に身体を捉えられるトレーナー」が活躍の場を広げていくことが期待されます。


13. まとめ

痛みは単なる筋緊張だけが原因ではありません。生理学的・心理的・社会的要因が複雑に絡み合うことで生じる総合的な現象です。いまだに「痛み=筋緊張」という狭い視点に固執し、筋肉をほぐすだけで解決を図るトレーナーは、クライアントの多様な症状に対応できず、結果として淘汰されていくでしょう。

むしろ今後は、痛みの神経生理学やバイオサイコソーシャルモデルに基づいた包括的アプローチが重視されます。トレーナーとしては、痛みのメカニズムに関する正確な知識と、多職種との連携を活かした統合的プログラムの提供が求められます。クライアントの痛みを一時的に取り除くだけでなく、再発防止やパフォーマンス向上につなげるためにも、最新の研究成果を踏まえたアプローチの学習と実践が必須となるのです。

こうした総合的視点を持つトレーナーこそが、クライアントから信頼を得て、長期的なサポートを任される存在となるでしょう。時代の要請に応じて、トレーナーが痛みに対する包括的理解と科学的根拠に基づいた実践を身につけることは、業界全体の発展にもつながる重要な課題です。

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