月曜日を前向きに迎える休日の過ごし方
月曜日の朝。仕事のパソコンの電源を入れると、いつものように「ブーン」という駆動音が鳴った。ほどなくしてデスクトップの画面が立ち上がる。
IDとパスワードを入力して、Microsoft社のTeams のアプリが立ち上がるのを待っていると、ふと週末の記憶がよみがえってきた。
鷹の渡り
週末は妻と長野県の白樺峠にいた。それは北アルプスの乗鞍高原の東に位置する標高1,600mの峠だ。目的は「タカの渡り」を観察することだった。
この地では毎年9~10月頃に東南アジアに渡るタカの群れを観察できる。タカには色々な種類がある。その中でも、サシバ、ハチクマ、ノスリ、ツミなどが海を渡るタカだ。
彼らは春に東南アジアから日本に飛来する。繁殖のためだ。日本中の山中に散らばって子どもを育て、やがて秋になると日本を離れ東南アジアに帰っていく。その際、信州以北で夏を過ごしたタカのほとんどがこの白樺峠を通過する。それは本州を南へ渡っていくためには3,000m級の山々が連なる北アルプスを越える必要があるのだが、少し標高の低いこの白樺峠は一休みするのに最適な地だからだという。
そうして体力を温存したタカは、秋の晴れた日、太陽の光で地表が暖められて上昇気流が発生するタイミングを見計らって、一斉に旅立っていく。その数は多い日で優に1,000羽を超える。
今年のピークは9月24日。実に6,100羽が飛んだという。私たちが訪れたのは10月中旬。すでにピークは過ぎていたのでこの日見れたのは100羽程度。それでも数羽から10羽程度のタカの群れが青空を旋回しながら上昇していく姿は壮観だ。近い距離を飛んでいる時は双眼鏡で覗くと表情も分かる。鋭い眼差しには命を懸けて旅する者の決意が表れているようだ。
9~10月にこの地を出発したタカは九州の五島列島を越えて海を渡り、中国、タイ、マレーシアを越えて、11~12月にインドネシアに到着するという。総距離は1万キロ。その旅は決して安全ではなく命を落とす者も多い。それでも彼らは種と生態系の維持のために自然の法則にしたがい渡っていく。
温泉宿にて
その夜は乗鞍高原の温泉宿に一泊した。このあたりの温泉の源泉は標高3,000mの乗鞍岳の中腹にあるらしい。乳白色で硫黄の香りが漂うお湯はぬるぬるしていて、身体の隅々にまで染みわたった。
妻と食堂で夕食を摂っていると、宿で働いているおばあさんが大きな袋をかかえて入ってきた。少し離れた後ろのテーブルに敷かれたシートの上に、袋に入っているものを広げ始めた。近くの山で採れたキノコのようだった。
おばあさんは一つひとつキノコを吟味しながら、シート上でより分けている様子だ。妻が近づいて「山で採ってこられたんですか?」と尋ねた。
「いえいえ、これは近所の方が採って持ってこられたものです。食べられるキノコと毒キノコとあるでしょう。それを選り分けてほしいと」
おばあさんはキノコをチェックしながら、「食べられるキノコ」、「食べられないキノコ」そして「判断がつかないキノコ」に選別しているのだった。
「ずっとここで暮らしているのである程度見分けがつきますけど、やっぱり分からないものもあります。この歳になっても初めて見るキノコがあるんですよ」
「へえ、そういうものですか」
「そうなんです。キノコは面白いですよ。美味しいしね」
それまでキノコのことをあまり深く考えたことがなかったが、確かに山に登るとあちこちにキノコが生えている。美味しいキノコを知っているだけでまた楽しみが一つ増えそうだと思った。
「目立たない色のキノコでも毒を持っていたりしますしね。だから見た目では決して判断しません。食べたことがないものは料理長の夫に最終判断をしてもらいます」
80歳近いと思われるおばあさんはそう言って大きな声で笑った。
多様性のつながり
気づくと、すでにTeamsは立ち上がっていた。私宛に投稿されたメッセージは10は超えているようで、複数のチャネルが太文字で表示されている。
また新しい1週間が始まる。Outlookを開いてスケジュールを確認した。上司との定例ミーティング、今後の計画立案のためのミーティング、プレゼン資料の作成、社外のオンラインセミナーの視聴など。今週のカレンダーはすでに半分程度が埋まっている。
このあともさまざまな相談や依頼がチャットで届いて、空いている時間帯もやがて埋まっていくだろう。いくつかの時間帯をブロックして一人で考えるタイミングを確保しておいたがほうがよさそうだ。
いつもなら憂鬱になる月曜日の朝。でも今朝は少し自分の心持ちが異なるような気がした。それは週末の余韻のせいかもしれない。
白樺峠の空を飛び立っていったノスリは今頃どこを飛んでいるだろうか。
温泉宿のおばあさんは今日もキノコを探しに山を歩いているだろうか。
地球を移動しながら生きていくノスリと、乗鞍高原でキノコを愛して暮らすおばあさんには、一見なんら接点はないように思われる。でも、生物多様性の観点からすると彼らは間接的につながっている。
生態系ピラミッドの最上位に位置するタカなどの「消費者」と、最下位に位置する「分解者」であるきのこ。実は最上位の動物は豊富なエサの存在を前提に生きているため最も弱い立場ともいえる。生態系保全のためにはピラミッドのバランスを維持することが不可欠だが、その有効な手段の一つが「地産地消」だ。地元のものを食する習慣が自然を守る一助となる。それはおばあさんの日々の生活ともいえる。
多様性が尊重される社会とは人や動植物の個性が互いに活かされながらバランスを保つ社会ともいえる。広くとらえると、そうした社会づくりに貢献することが自分の仕事の目的のはずだと思い至った。
パソコンに目を戻すと、新しいチャットが入っている。
「〇〇さん、先週相談していた組織カルチャー変革について、本日少し打合せできますか?」
「了解です!今週もよろしくお願いします」
そう返信して背筋を伸ばした。
<参考文献>