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旅ラン ~鯖街道を行く〜

海が見えた。今回の旅ランの目的地、福井県小浜市に広がる若狭湾だ。琵琶湖の北部から34km。走り続けてきた足取りはすっかり重くなっている。

旅ランとは、旅とランニングを組み合わせた造語。その土地の雰囲気や景色を楽しみながらランニングすることだ。着替えなど最小限の荷物を背負って、見知らぬ街を自分の足で駆けていく。歴史ある道を走ったり、たどり着いた先で温泉に浸かったり。地のものを食べてビールを飲むのも格別だ。

近江今津

スタートは滋賀県高島市にあるJR近江今津駅。走り始めたのは午前9:20だった。4月下旬。今日は暑くなるという予報だが、まだこの時点では顔に当たる風には少し涼しさが感じられた。

駅から西に出るとすぐに琵琶湖の今津港に着く。ビワイチと呼ばれる琵琶湖一周200kmのサイクリングコースにもなっている雰囲気のよい街並みを北へ駆けていく。

今津の町並み

右手に広がるのは琵琶湖。朝もやのかかる湖は透明感があって清々しい気分になる。ポツンと浮かんでいるのは竹生島だ。神奈川県の江ノ島、広島の厳島とともに、日本三大弁天の一つ。七福神に数えられる弁天様が祭られている。

今津港近くから眺める琵琶湖

竹生島には確か小学生の頃に家族で訪れたことがある。島の高台にある神社から岸壁に立つ鳥居に向かって素焼きの小皿を投げた。赤い鳥居まで届くと願いごとが叶うのだったか。冬の風に煽られてお皿はあらぬ方向に飛んでいった。

九里半越

近江今津と小浜を結ぶルートは古くから九里半越(九里半街道)と呼ばれてきた。若狭湾の小浜で水揚げされた鯖などの魚介類を運ぶ陸路だ。そこから琵琶湖の湖上交通で京都の錦市場に届けられたそうだ。

若狭湾の鯖は京都に住む人にとっては貴重な食べ物。すぐに鮮度が落ちて腐りやすい鯖を早く京都に届けるためにさまざまな街道が開発された。それらを総称して鯖街道と呼ばれる。

最も知られているのは小浜から朽木、大原を経由して京都へと続く若狭街道。実は今回の旅ランまでは鯖街道と言えばその道しかないと思っていたのだが、実際に通ってみてたくさんのルートがあることを知った。現地には気づきの仕掛けがたくさんある。ポスターや標識、看板、地元の方々との交流など。偶然の出会いを演出する現場現物は大切だ。

九里半越はその中でも唯一湖上交通を活用するルートとなる。琵琶湖を目指して鯖を運んだ昔の人の姿を想像しながら、西へ走る。目の前に広がる水田と函館山の尾根筋が美しい。

函館山。山頂にロープウェーの駅が見えている

道は標高230m程度の水坂峠に向かってゆるやかに登り基調が続く。スタート地点の標高が85mだったから145mの登りだ。

6リットルのトレランザックには水500mlとエナジーゼリー一つ、着替えとスマホ、モバイルバッテーリーが入っている。少しでも負担を軽くするために荷物は最低限にした。

こだわるつもりはないけれど、一応目標ペースは05:30/kmとしている。今シーズンのフルマラソンの目標より1分遅いペース。ストイックには追い込まないけれど、ある程度の強度は維持したい。トレーニングを兼ねた旅ランだ。

熊川宿

13km地点の水坂峠付近を過ぎた。少しペースが落ちてきていたが、ここからは若狭湾の海抜数mに向かって下り基調だ。足が弾んでペースは05:00/kmまで上がった。

しばらく下ると左手に道の駅「若狭熊川宿|」が見えてきた。このあたりで国道から一つ奥の道に入ると風情のある街並みが1kmほど続く。熊川宿は鯖を運ぶ人々の宿場町として栄えた場所なのだという。江戸時代には200戸を越える宿が集まっていたらしい。

NHKの「ブラタモリ」というテレビ番組でも紹介されていたが、日本に初めて象が上陸したのは小浜だったそうだ。室町時代の1408年にインドネシアから船で運ばれた象は、京都の足利将軍に献上されるために鯖街道を歩いた。熊川宿にも象は立ち寄ったのだろうか。当時の人たちの驚く姿を想像するのも面白い。

街道の軒下には前川が流れている。昔は人や馬の飲み水、生活用水として利用されたという。今も芋洗いに使われ、「平成の名水百選」にも選ばれているそうだ。

熊川宿の町並み。流れるのは前川

熊川宿を過ぎると次第に下り坂はゆるやかになり、小さなアップダウンをいくつか越えた。23km地点でJRの線路が見えた。小浜から敦賀に抜ける小浜線だ。上中駅を通り過ぎると平野が広がった。松永川を渡ると30km。風の隙間に海の香りが感じられた。

ゴール・若狭の海

琵琶湖を出発してから3時間と少し。12:30に辿り着いた小浜市の若狭の海は静かだった。若狭湾は入り組んだ地形に囲まれているので普段から波の少ない穏やかな環境なのかもしれない。

ふーっと大きく息を吐いた。左足のつま先に少しの痛みと、右の腰に張りを感じる。でもそれ以上に心は充実感で満たされている。

琵琶湖から小浜まで無事走り通すことができた。仕事は終わった。

ここから10分ほど歩いたところに小浜漁港がある。スーパー銭湯やフィッシャーマンズワーフ、魚料理を出してくれるお店も集まっているようだ。温泉に浸かれば疲れた身体にじわじわとお湯が染み渡るだろう。風呂上りにはとれとれ市場のお寿司とビールが待っている。

ゴール地点のマーメイドテラスより

旅の終わりに

今、近江今津行きのバスに揺られながら走ってきた道を眺めている。夢中で駆け抜けてきた景色を客観的に振り返る至福の時間だ。

先ほどまでいた小浜の町を思い返す。

小浜という町は昔から訪れてみたい町の一つだった。理由は忘れてしまった。以前読んだ小説の舞台だったのか、著名な人の出身地だったのか。静かで美しい海を連想させる語感が気に入って頭に残っていた。

JR小浜駅の西側に、「西組」と呼ばれるエリアがあった。小浜は鯖街道を通じて京都と深いつながりがあり、町を歩くと京文化を感じる場所が残っている。特に三丁町と呼ばれるかつての茶屋町には、狭い路地に風情のある家が軒を連ねていた。

小浜駅近くの鯖街道ミュージアムではガイドのおばあさんが話しかけてくれた。幼い頃からこの土地に生きてきて昔は隣町から峠を越えて鯖をここまで運ぶのは女性の仕事だったそう。村人の募金活動でトンネル工事が完工したのはそう遠くはない時代のことだ。

おばあさんはいくら話しても話し足りない顔つきで一緒懸命にこの土地の歴史を語ってくれる。

小浜と京都の平安京、奈良の平城京はほぼ同じ経度で一直線に南北につながっているのだそうだ。毎年3月2日にはこの小浜の地で「お水送り」が行われる。その水は10日かけて南に流れ、奈良の平城京にたどり着くという。10日後の3月12日に奈良で行われるのが「お水取り」なのだという。

旅ランはいつも見知らぬ街に住む人や歴史を知る機会になる。合わせてその景色を眺めながら自分を振り返る時間にもなる。

心地よい疲労感に包まれながら、いつの間にか眠りに落ちた。

小浜の町並み(西組重伝建保存地区・三丁町)
今回走ったルート


※参考にさせていただいた文献など
・鯖街道ミュージアム(小浜市)
【ビワズ通信 No.38】琵琶湖・淀川のなかまたち|水のめぐみ館「アクア琵琶」 (mlit.go.jp)

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