料理が私たちを文化的な鎧から解放する
「その人が食べたもの、飲んだものが、その人の考えや夢、行動を作る。」
こう信じていた未来派のフィリッポ・トマソ・マリネッティは、1932年、レシピ本という国民にとって最も親しみのあるフォーマットを使って、世間を挑発した。パスタに宣戦布告をしたのだ。
彼はこの著書(というか作品?)「The Futurist Cookbook」のなかで、パスタが人々の心と体を「重く」し、不機嫌で悲観的にし、創造的な思考や行動を妨げていると語った。パスタの追放が人々を歴史や伝統から解放し、イタリアに英雄的でダイナミックな強さを再びもたらすだろうというのだ。
他にも、ナイフとフォークの廃止(すでに料理を小さく切って、素早く食べれるようにする)、味を引き立てるための香水の使用、外来語の使用の廃止(たとえば、barのかわりにquisibeve (here-one-drinks) という造語を提案した)などと彼にとっての完璧な食事論を展開していく。今読むと、ジョークとして大変面白い読み物である。しかし、当時の熱心ぶりを見ると、彼はかなり本気だったようだ。ファシズム支持者だったことは有名だけども、彼の過激な挑発は、少なくとも世間の注目を浴びることに成功していった。
マリネッティの主張は、政治的には賛成できないとはいえ、料理と精神の関係性について面白い問いを投げかけてくる。ある一皿を食材の切り方、料理の名前、原材料のルートなどと解体していくと、その中にいくつもの社会的・政治的な要素が詰まっていること、そして、衝動的な食欲が単なる生理的欲求ではないことが見えてくる。わたしたちは、今なにを「食べよう」としているのだろうか。
私の大好きなレストランのひとつに、多様な文化が色鮮やかに交差する料理が魅力のロンドンのレストラン、Ottolenghiがある。今でこそ、中東料理と西欧料理の現代的融合のアイコンとなったレストランだが、人気が出た理由は、異文化との出会いの設計にあったと思う。花屋のような見た目のレストランに惹かれて入っていくと、見たことのない食材の組み合わせの色鮮やかなメニューに出会う。茶色のカラーパレットが特徴のイギリス食文化と比べると、かなり華やかで魅力的だったのではないだろうか。お客は、綺麗でおいしいメニューを堪能したあと、実はそれが中東料理だったと知るのだ。最初のレストランがオープンしたのは2002年。まだ9.11の記憶も新しい時期である。このレストランが、ロンドナーたちを近所の中東食品店へ向かわせ、キッチンで聞いたこともないスパイスや野菜と格闘しながら、文字通り文化を味わい、中東に別の眼差しを向けるきっかけを与えた。
料理は人をつなげるものでもあれば、引き裂くものでもある。たとえば、中東の「フムス戦争」やアメリカとメキシコの間にある「タコス」などの事例(ぜひアンソニー・ボーディンのこの記事を読んでください)は、抽象的な政治的問題を実感を持ちながら考えるきっかけになる。何かを「おいしい」と決める時、私たちは同時に何かを支持することになるが、味覚のユニークな作用は、味を知るためには自分の体を差し出すしかない(口に入れないとわからない)からこそ、固定観念の鎧を簡単に脱がしてしまうことである。
上記のOttolenghiの共同オーナーである、イスラエル出身のヨタム・オットレンギとパレスチナ出身のサミ・タミミの2人は、著書「Jerusalem」の中で、食事の準備はユニバーサルな人間的行動であり、敵同士をもつなぐ共通言語であると言った。料理が唯一この都市を一つにするものだと、2人は自らの行動を通して語っているようだと思った。
お知らせ
そんな「料理」をトピックに、ボローニャ大学博士課程でイタリア料理史を研究する中小路葵さんとトークすることになりました。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。
Cover Photo by Stefan Vladimirov on Unsplash
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