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食べるものはたくさんある

本日の無花果は大漁。

無花果を採る時、禿げてしまったティファールの16センチ鍋を使っている。
(捨てようとベランダに置いておいたんだけど、無花果の収穫にぴったりじゃないの!って思いついたから)
写真だとわかりにくいけど、山盛り採れた。
無花果はすぐに悪くなってしまう。
ドライ無花果を作るって手もあるけど、生で食べる方がすき。
食感がいいし、みずみずしいもの。
ジャムを作るって手もあるけど、正直イチジクのジャムってそんなに惹かれない。生がおいしいものを加工するのってちょっとテンションが下がる。

この前、ジムのおともだちにあげたら大層喜ばれたので、今日もあげようと持っていったのだけど、別のひとにあげてもいいな。と浮かんだので、なんとなくイントラさんに聞いてみた。
大好きだって言うので、あげた。
1人じゃ食べきれないうちの無花果が、みんなに喜ばれてうれしい。
売ってもいいんだけど、傷みやすいから、パックするのとか、ちょっと大変そうって思っちゃう。
でも、将来的に、無花果ファーム(?)を作って売るのってありだよな。とは思う。
いっぱいなるし、たいしてお世話もいらないから。
場所をとるから、広いところじゃないとできないけどね。
まあ、一気になるから1人だと難しそうだけどね。
柿と栗と無花果は、なんとなくそういう妄想が掻き立てられる。
(どれも収穫が大変だな・・・でやや萎む夢)

祖父母の代までは農家だったので、何かを育てて食べる。というのは身近だ。
売るのは大変でも、自分で食べる分くらいを作るなら、まあまあやれそうな気がする。
夏の雑草をどうするか問題はあるけれども。(正直夏の間はおやすみしたい。)
真夏はサボっても、それ以外の季節なら、小規模な畑で手軽なものを育てれば、結構日々の食料が手に入るし。旬のものを食べ続けるのはあんまり苦じゃないし。(今年も父母が作ってる、なす、ピーマン、ねぎ、きゅうり、トマトばかり採ってきて食べてたし。かぶやサニーレタスは自分でタネを蒔いて収穫してたこともある。でもしょっちゅうタネを蒔いたところの土を耕されてしまったり、育ったところで抜かれてしまったりしたので、やる気を削がれた)

米がないなら他の主食を食べればいいと思うし、そもそも私はまだ米が無くて困ったことがない。米ばかり食べるわけではない上に、そんなにたくさん食べないので、ずいぶん前に買った3キロの玄米がまだある。
なんとなく、「食べるものに困ることはない。なんだかいっぱいある」というしあわせな思いこみ(前提)をもって、わたしは生きている。(ご馳走とかそういうのとは別だけど、ご馳走を日々食べたいとも思っていない)




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