【考察】iri「言えない」の歌詞から読み解く、iriの3つの才能(後編)
本記事はiri「言えない」の考察記事の後編です。
前編はこちらからご覧ください。
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さて、ここまで行ってきた考察は男女の現状、いわば「現在」の考察である。では、彼らの過去はどういったものであったのだろうか。
「ポラロイド」と2人の過去
彼らの過去を考えるときにキーとなるフレーズが1番にある。
拾いかけたポラロイドポラロイド 錆れて切れた落としたはずはないよ
このフレーズでまず気になるのが「ポラロイド」という名詞である。このフレーズで唯一の名詞で、「拾いかけた」や「錆びれて切れた」、「落としたはずはない」と他のすべての分詞はこの「ポラロイド」という名詞を修飾したり、あるいは「ポラロイド」という単語が主語になっている。明らかにこのフレーズの主役は「ポラロイド」という単語である。
では、この「ポラロイド」は曲中においてどんな意味を持つのだろうか。
まず、ポラロイドとはポラロイド社が開発したインスタントカメラの通称である。ただ、この曲中ではポラロイドカメラ自体を意味するのではなく、そのカメラで撮った写真という意味合いになっている。
この「ポラロイド」はMVでも何度か登場する。1つ目は47秒からの1カットだ。
写真の中の男女は、お互い顔を寄せ合い、笑いあっている。なんとも微笑ましい写真だ。これまで考察してきた2人の関係性からは想像がつかない。わずか数秒のカットだが、とても印象的なシーンだ。
このシーンからはっきりわかる事は、この曲では「ポラロイド」が男女の「過去」のメタファーとして使われている、という事だ。そしてそれがポラロイドの役割となっている。
写真とは、過去の一時点の視覚を記録するものだ。それが人物写真であれ風景写真であれ、ファインダーという目を通して空間的に、そして時間的に切り取られた世界の一部であることには変わりはない。しかし、たかが視覚と言えど、そこには視覚以外の多くの情報が含まれている。風景写真であれば撮影された場所の気温が写っている天気から読み取れたり、人物写真であれば、被写体の表情から何を考えているのかを想像したりすることができる。
そして、このカットのポラロイドから読み取ることができるのは、男女の過去の関係性だ。写真に写る2人は表情も柔和で、想いあっているように見える。つまり、彼らにも健全な恋愛関係にあった時代があったという事が分かる。
もう一つ、ポラロイドが登場するシーンがある。4分16秒からのシーンだ。ここでは、ポラロイドの役割がもう少し明示的に示されている。
このシーンでは、まずポラロイドとそれを持つ手が写り、
ポラロイドを見つめる女の顔が写る。
そして女は手に顔をうずめる。
彼らの「過去」そのものを表すポラロイドを眺め、それに涙する女。彼女の涙の理由は、健全な恋愛関係にあった過去とそれが破綻している現在とのギャップによるものだろう。
今述べたように、「ポラロイド」は彼らの男女の過去そのものを表すものだ。「過去」という言葉だけ見れば非常に複雑で情報量が多いように感じるが、こと男女の関係性に絞って考えれば、一枚の写真で「過去」というものを十分に表すことができる。このように複雑な概念を適切に抽象化し、明快に表すことができるのもiriの大きな才能の1つだ。
女の感情、2人の現状、追いかけ続ける虚像
最後に、残してきた2つの疑問を解消してこの考察を締めくくるとしよう。
1つ目は「なぜ女はこれほどまでに男に固執するのか」という疑問だ。また、「まだ」という言葉の考察で「女は男の気持ちが変わってくれることにいくばくかの希望を抱いている」と述べたが、女がなぜそう思っているかについての疑問も解消されていない。これが2つ目の疑問だ。
上で疑問が2つあると述べたが、その答えは一つにまとめられる。そして、その答えは彼らの過去にある。彼らの過去についての考察で述べたとおり、この2人にも健全な恋愛関係にあった時代があった。女はその時の幻影を追っているのだ。
1番のサビにこんな歌詞がある。
消えない消えない消えないthat story
ここでいう「that story」とは、彼らの過去を示しているのだろう。それが消えないといっているのだから、彼女はどうしてもその過去を忘れられないのだろう。
そして皮肉なことに、過去に想いあっていたという事実によって、女は元の関係に戻る事が出来るのではないか、という希望を抱いてしまう。しかし、実際の2人の恋愛関係はすでに形骸化していて、もう元に戻る事はないのだろう。
iriが見せた"4分26秒のマジック"
ここまで、前後編にわたって「言えない」の考察とともに、歌詞に隠されたiriの才能について探ってきた。そして、感情を解像し言語化する能力、歌詞と曲を調和させる能力、複雑な概念を抽象化させる能力の3つが特に秀でていることが分かった。
ここで、初めて聞いた時のあの余韻は何だったのだろうとふと考える。たった4分26秒という短い時間の中で、様々なストーリーを想起させ自分の世界に引き込む。小説を一編読み終えたかのようなあの余韻。
感情を解像し、抽象化すること。そして言語化して音楽と融合させること。そのすべてが高いレベルで行われている事がiriの素晴らしい才能である事は確かだ。でも本当にそれだけだろうか。本当にそれだけであの余韻が生まれるのだろうか。
答えは分からない。少なくとも、今の僕の能力では計り知れない。でもそれでいいのかもしれない。分からないからこそ、この曲が見せてくれるミステリアスな空白に酔いしれられる。
分かりにくいアーティストiri、最高だ。
(Tom)
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最後までお付き合い頂きありがとうございます。
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