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【世界放浪記】インドのレストラン編

 私は今までインドに3回渡航し、インドの気候風土とそこで食べられている様々な料理、それらを食べているインド人たちと触れ合ってきました。日本でもそれなりに長い時間インド人やネパール人たちと一緒に仕事をしてきました。彼らから学んだことは料理のレシピだけでなく、料理の哲学や調理技術、スパイスに関する豆知識まで多岐にわたります。私はインドに行くたびに、体当たりで食堂やレストランのキッチンにお邪魔して、料理を教えてもらえないか聞くのですが、今まで食堂やレストランなど5つの場所で実際に料理を教わることができました。今回はその5つの中で料理の難易度がいちばん高かった、マナリという街にあるSher-e-Punjab(シャー・エ・パンジャビ)というレストランでの話を紹介しようと思います。


人生2度目のインドへの旅

 今回ご紹介するマナリという街はインドの中でも北側の、ヒマラヤにさしかかる標高が高い地域ヒマーチャル・プラデーシュという州にあります。街の標高はおよそ2000mで、夏も涼しいのでインドの中でも避暑地として人気があります。首都ニューデリーのインディラ・ガンディー国際空港から入国し、陸路でバス移動をしながらいくつかの街を経由して色々食べたり教わったりしながらマナリに辿り着きました。ちなみに現地の人とのコミュニケーションは基本的に英語です。インド訛りの英語で会話してくれます。
 この旅では特に目的地は定めとらんかったんで、今までで一番行き当たりばったり感が強かった気がします。最終的にパキスタンとの国境近くのカシミールまで行きましたので…。行き先が決まっとらんのんで何ひとつ事前情報を仕入れることもなく、本当に行って初めてそこがどういう街か知るという感じでした。実際、マナリのことを何も知らずに行きました。

マナリという街

簡単にマナリの紹介をここから。

ちょうど7月の終わり頃に行ったんですが、インド国内から涼を求めてやってくる観光客で賑わっていて、メインストリートにはたくさんのお店が並びます。夜も賑やかです。
インドの中でヒマラヤが近いということは、チベット仏教圏に近づくということです。街にはチベット仏教系の施設やチベット文字で書かれた石碑もあります。これも行って初めて知りました。
観光客で賑わうというても田舎なので街は小さく、ちょっと歩くと大自然です。
大自然の中を少し歩くとバシシトという隣の村に遊びに行けます。ここもまた独自の文化があるようで、町並みもいわゆるインドとは全く異なります。
住んどる人たちも顔立ちが違うんで、インドの中でも少数民族系の人たちなんでしょう。機織りみたいなことをしよるところを写真に撮らせていただきました。

行き当たりばったり。レストランとの出会い

 マナリで泊まった宿の階下、一階と二階がレストランやったんですが、オーナーがチェックインのときに自信満々で「ぜひこの下のレストランに食べに来て下さい!」と言うんです。

Sher-e-Punjab(シャー・エ・パンジャブ)​​

 下に降りてみるとこんな感じで外まで大賑わいのレストランでした。簡単に入れそうになかったんで、もう直接キッチンから攻めようと思いました。私の旅の目的のひとつは美味しいインド料理を食べるというより、美味しいインド料理の作り方を勉強することだったので、別に正規ルート(?)を踏む必要はないんです。宿の出入り口はこのレストランの裏手にあり、到着した翌日の午前、裏でレストランのスタッフが休憩しよるのを見つけたんで「すんません、上に宿泊中のものです。俺、インド料理を勉強しに来たんですけど、キッチンに入れてもらえませんか?」と単刀直入に聞いたんです。すると、私が話し終わる前に「OK、ついてこい」と…。そんなわけでお店の料理を食べる前にキッチンにたどり着くことができました。

キッチンで経験できたこと・学んだこと

 キッチンに入るなりスタッフが、お店のヘッドシェフに私のことを紹介し始めます。現地の言葉なので私にはなんて言いよるんか全然分からんかったんですが、私は「ここの上に宿泊中」、「インド料理を勉強しに来た」、この2つの情報しかまだ話しとらんかったはずなのに、すごく長いこと私のことを喋っとったんですよね。一体何を話してたんでしょうか。そして説明が終わるなりヘッドシェフが私の方に向き直り、
「OK、名前は?」
「トモです。」
「OK、じゃあ今ランチタイムでちょうど注文あるし作ってみましょうか。はいどうぞ。」
そう言ってフライパンとおたまを手渡してきたのです。
「作り方は教えるので!」
そう言ってヘッドシェフは私から離れ、少し離れたところにあるタンドール(インドの土釜)の置き場所から私を動画で撮り始めました。タンドールでロティやナンを焼き続けているスタッフも手を止め、興味津々でこっちを見ています。
 アルゴビ、パニールマサラ、バターチキンカレー、なんとかかんとか…とにかく次から次へとやってくるオーダーをヘッドシェフの説明を聞きながらこなしていきます。指定されたグレイビーを指定された量フライパンに入れて火にかけて沸かし、パウダーのスパイスと塩を少し補って味と香りを整え、下ごしらえしてあるチキンやキーマ、野菜などと合わせ、仕上げのスパイスやパクチー、生クリーム、ココナッツなどを使い分けてカレーを完成させていきます。グレイビーとはインド料理の専門用語で、日本で一般的に食べられているルーカレーのルーの部分に近いものです。今から作るカレーがチキンカレーなのか、野菜カレーなのか、といったように、使用する食材に合わせて使用するグレイビーが異なります。ヘッドシェフは私に逐一このカレーにはこのグレイビー、次のカレーにはあっちのグレイビーと事細かに指示を出してはくれますが、終始私が興奮しながらカレーを作りよる様子を動画で撮りっぱなしで、私の作ったカレーの味見も忘れる程でした。
 どうやら本当に忙しいお店なようで、私なんかが教わりながらカレーを作っていると注文が渋滞してしまうんです。ふと我に返ったヘッドシェフが、「よし、ここからは俺がやる」とさすがに選手交代。

ヘッドシェフ

 シェフは残像を残しながら移動して、溜まったオーダーを次々にこなしていきます。インド料理レストランに行ったときに、メニューの多さに驚いたという経験をお持ちの方は多いと思いますが、その秘密がこの鍋に入れて並べられているグレイビーです。どれもレシピや味わいがすべて異なり、これらを単体もしくは組み合わせて使うことによって、多種多様なカレーをメニューに載せることが可能になります。

調理風景
豊富な食材

 これらは私が既に経験して習得していることではありますが、ここのレストランのキッチンは私が今まで経験してきた中でもグレイビーの種類が最も多く、また準備している食材の種類もかなり豊富でした。
 休憩を挟んで夜もキッチンを見せてもらい、プロの手さばきや仕込みについても勉強させてもらえました。

 インドではレストランのキッチンは完全に分業制です。カレー、タンドール、ビリヤニ、炒め物&揚げ物、とそれぞれに専門の技術を持った人がつくので、みんなそれぞれ突出したスキルを持っています。そういった方々の手さばきは見ていて本当に勉強になると思いました。

オーナーから与えられた課題

 夜の営業も落ちつき出した頃に、オーナーがキッチンへやってきました。「よう、やっとるかい!」みたいな感じの挨拶をされました。そして一言、
「課題を与える。明日、昼またここに来るんなら私達が昼に食べるカレーを作ること。必要な食材は伝えてくれ。なんでも仕入れてこよう。」
「では南インドのサンバルを作ります。必要なんはトゥールダル、あと野菜は適当に、タマリンド、ヒング、カレーリーフ、それからミックススパイス作るんでホールスパイスをこれこれ…。さすがにカレーリーフはないですよね。」
「ドライですまん。」
「では明日やります。」
 翌日のランチタイムはヘッドシェフの横に立って一つ一つのカレーのレシピを教えてもらいながら見学しつつ、サンバルの準備をしました。カレーのレシピを教えてもらうというても、私自身はレシピそのものが大事とは思うてません。最終的にどのような味と香りをどうやって実現しようとしよるんか、私の関心はそこなので、ランチタイムが落ちついた頃、サンバルを作りながらシェフにあれこれ質問をさせてもらいました。

私が作ったランチ

 そうしてできあがったサンバル。ヘッドシェフに味見をお願いしますというと、スプーンですくって目を閉じて丹念に香りをかぎ、そして一言…
「塩、足りんくない?」
 え、味見しとらんやんって思うたんですが改めて味見してみると確かに…インド人と日本人では塩味の好みがかなり違うとはいえ、確かに!といえる驚きの指摘でした。塩味を丁寧に整え、もう一度。シェフはもう一度目を閉じて丹念に香りをかぎ…
「Everything is perfect.」
このときの言葉は今でも覚えています。無事にオーナーにも課題を提出し、「うまい!」をいただけて、急に始まったミニ修行も無事にやり遂げることができました。

これからインドへ行くひとへ

 これは私とインドとの関わりの物語(現在進行形)のほんの1ページです。インドはそれくらい広く、どれだけ時間を使っても決して学び終わることがありません。実際に行ってみると、今まで聞いとった話とぜんぜん違うということもたくさんあるんがインドなので、なんとなく躊躇しとったっていう方は一度行かれてみると良いかも知れません。
次回の記事は…まだ決めていませんが、もし何か聞きたいことがあればコメントください!なるべくリクエストにはお答えしていきたいと思います。

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