[暮らしっ句]悴 む[俳句鑑賞]
※ 悴む(かじかむ)
「あるある」編
悴みて 大阪駅に迷ひけり 樺山翠
一見すると、寒い日に迷って身体が悴んだと思ってしまいますが、それは早合点。大阪駅に着く前にすでに悴んでいた。だから判断力が低下していて迷ったと。でも、なぜ悴んでいたのかは示されていません。
大阪駅で迷ったことよりも、どうして悴んだのかのほうが重要だろうと思ってしまいますが、そこが人それぞれなところ。
作者としては、悴んだ理由は云いたいことではなかった。悴んだ身体で、あの広い大阪駅をさまようことになったんだと。そこをわかってほしかったようです。
悴んだ身体でも勝手知ったる場所を行くだけなら問題はなかったんだけれども、よりにもよってバカ広い駅で行ったことのない場所を探さねばならなかったんだぜ~ という泣き言。
思えばそういうことってありますよね。うっかり溝にお金落としたとか。百円くらいいいやと思って拾わなかったら、肝心の買い物の時に、数十円足りなくて痛い目をしたみたいな。
実はこの感想、五回くらい書き直してるんです。関東の人が梅田から大阪駅を目指して迷ったのかとか、「悴む」は心理描写で何か気が進まないことがあったから迷ったのかとか、わたしもまた解釈に迷ってしまったという。なかなかに罪な作品!
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悴むや ホームの端の喫煙所 松川悠乃
ホームの「待合室」?は、冬のオアシス。もう「何も云えねえ」。
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もっと身近な作品もあります。
朝刊を取り込むのみに悴める 大橋晄
説明不要ですね。昭和の時代から今も繰り広げられている光景。でも、地方では存続が危ぶまれているようです。どう変わるのかまだはっきりしませんが、どの方法にせよ早朝ではなくなるわけで淋しくなりますね。
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悴みて 湯となるまでの 水流す 辻直美
給湯器の描写。台所の湯沸かし器ならコップ二杯分くらいで湯に変わりますが、屋外の給湯器だと洗面器二杯分くらい待たねばなりません。
計量した? いえ、流すのはもったいないので取っておくのです~
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パンクせし 自転車曳きて 悴めり 市川十二代
泣きっ面に蜂。寒空に自転車漕ぐだけでも寒いのに……
修理代も結構しますしね。
ちなみに、パンク修理を、やってもらうほうが安いと感じるか、自分でやったほうが得と感じるか、そのあたりにも底辺の境界がありそう。
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悴みし手にて 紅茶の茶椀抱く 稲木款冬子
最初は「紅茶」と「茶碗」がミスマッチと思ったのですが、眺めていると昭和初期の洋風文化かと。和洋折衷がお洒落だった時代です。そして、それがイメージされると「手」もね、水仕事で荒れた「手」として立ち上がってきたという。実に味わいのある作品。
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喪主となり 位牌持つ手の 悴めり 中島節子
寒い時期に限ってお葬式…… つきあいが少ないわたしでも、冬のお葬式は何度か参列しました。田舎の野辺送りはもちろんですが、都会でも寒さは厳しかった。個人宅の葬儀は外で待つ時間が結構ありますから。
でも、それも今やパッケージの「家族葬」に移りりつつあるわけで、この作品の光景も徐々にセピア色……。
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悴む手 今朝の鍵穴 逃げ回る 西村将昭
悴める指に そむけり 釦穴 岡田和子
おもしろいですね。「わたしは悪くない。逃げたり、そむいたりする相手が悪いんだ」という。ユーモアですが「でも、誰だって、そういうことがあるでしょ?」と思わせるところもあって、そこがブラックに効いている~
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最後に、ポジティブな句も
悴みて 丁稚奉公せし頃も 武内沢仙
若い頃の苦労を思い出されたわけですね。
わたしが思したのは小学校一年の時のこと。教室の暖房はまだ石炭ストーブで、当番が金バケツ(専用のちょっと大きいやつ)一杯分の石炭と薪を運ばねばなりませんでした。距離にすると百メートルくらい。それが軟弱なわたしにはキツかった。
当番は男女一組で男子が石炭。女子が薪。一人だと休み休みやれるんですが、女子がいるんで休めない。カッコ悪いから。で、根性出して強くなれたというのならいいんですが、内心「なんで女子というだけで軽い薪なんだ。不公平じゃないか!」と、男の風上にも置けないことを思っていたという。ペアの女子のほうがずっと大柄だったんです。
サイトウさん、覚えてますか? 覚えてないだろうなあ。いや、覚えてたとしたら、そっちのほうが恥ずかしいか。「いつも泣きそうな顔してたね」とか云われそうだ。
……ちっぽけな話をしてしまいましたが、作者の場合「悴みて」は「スイッチ」になったようです。当時の根性が呼び覚まされた。若い頃の苦労って、やはり財産なんですね。
わたしも時々「スイッチ」が入るんで、気持ちはわかります。何か恥ずかしい失敗をした時に、こんなふうに気を取り直せるんです。
「あの時のほうが、もっと恥ずかしかった…」
出典 俳誌のサロン 歳時記 悴む
悴む
ttp://www.haisi.com/saijiki/kajikamu1.htm
見出し画像は、kuuuudoooo さんのご作品。
ありがとうございました。
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