[幻聴ラヂヲ]草の黙示録[短編]
昨日は地域の一斉清掃の日だった。役をやっているので空き家の草抜きもやることになった。三軒受け持ったがそのうちの一軒は、テレビでも宣伝していた最高級の住宅だった。たしかに洗練されていて鼻につく豪華さもなく、塀なんかのモザイクでさえ見ていて飽きない。まだ築五年くらいではないかと思う。いや五年経ったから売ったのだろう。でないと税金がバカらしい。
引っ越す前、そこの若い奥さんが連日、家の周囲の草引きをしていた。それも引っ越しの準備だったわけだが、その時はそんなことを知らないから、別世界の人をジロジロ見ないよう目の端で見ていた。
その高級住宅の雑草を、昨日オレが小一時間かけてきれいにした。
「この高級住宅はオレのものだ。成功してついに手に入れたんだ!」
炎天下、そんな空想に耽ろうと思ったが無理だった。
リアリティが感じられたのは、清掃会社に派遣されてきたという設定だ。近所の人に気づかれないよう手早く済ませたいとか、そういうシチュエーション、そのほうがよほどしっくりきた。
その家、一方の境界が小川なのだが、そっちはずっと放置されていて雑草だけでなく低木まで繁っていた。とてもではないが引き抜けるようなものではない。大きな枝切りばさみを取りに戻って、それでようやく伐採できたのだが、刈ろうとした時、声が聞こえてきた。
(オマエ、雑草のくせに雑草を刈るのか!)
いつもの幻聴である。最近はヨソの星の話が多かったが、今回は目の前の雑草の声として聞こえてきた。
雑草のくせに雑草を刈るのか! とは、なかなかうまいこと云う。
これは一本取られました! 思わず、そう返したくなったが、幻聴は聞こえても幻声を発することは出来ないので黙っていた。うっかり普通の声で喋れば、アブナイヒト決定である。それにうっかりしたことを云って、指の一本でも持って行かれたらえらいことだ。
作業を終えて片付けていると、幻聴というのも一種の電磁波であって、聴く者によって聞こえ方が違うのではないか? という仮説が頭を過った。
もしオレが選ばれし「使徒候補」なら、たとえばこんなふうに聞こえるのではないか。
もしそんなふうに聞こえたら、こんなオレでもひざまずいて天を仰ぐと思う。(主よ どうすれば良いのでしょう?)
聖書だと大衆は「迷える子羊」だが、あれは聖書が中東で生まれたからだ。この国であれば、さしづめ雑草だったのではないか。
しかし、雑草は迷ったりしない。生えれば増える、増える増える、ひたすら増える、その一手だ。
踏まれようと焼かれようと日照りが続こうと水浸しになろうと、しぶとく再生し、またグングンとはびこっていく。留まるところを知らない。
核爆弾でも枯れ葉剤でも、雑草には一時的なダメージしか与えられなかった。とてつもなくしぶといのが雑草だ。
地球統一委員会ができようと、どんな強権管理社会が出来ようと、雑草を管理することなど不可能だと思う。ヒツジとは違うのだよ。ヒツジとは! これは願望ではなく現実だ。そう思うと、なんだか希望が出てきた。
とはいえ、勝てるのは最後の最後だ。最後の最後は雑草が勝つと思うが、それまでは徹底的にやられる。間違いない。超毒の薬品も使うだろうし、ククチンを使っての移伝子組み替えもやる。もうやってる?
そんな地獄の季節を生き抜く術などありはしない。個々の雑草がどう考えようと何をしようと、ほとんどはやられる。
やられるがそれも一時期のこと。少しすると、きっとどこかで芽が出てくる。そして彼らが再び世界を覆い尽くすのだ。
であれば、タイトルも「草世記」にしたほうがよかったか?
いや、さすがに気が早いか。
人口が激減してからの 再スタートだから……
イラストは、noriyukikawanakaさんの作品です。
ありがとうございます。
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