増富温泉 湯治日記②【小さな宿の名犬 モモとの再会】
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私 「モモ、小さくなったかい?」
女将 「一昨日トリミングしてきたんだ。暑そうで可哀想だったから」
私 「だからか、最初ネコになっちゃったのかと思ったよ。お腹が細くて」
女将 「すぐ伸びてくるよ。アンタが帰る頃には戻っているさ」
2年前の春にこの宿に来たモモ(シーズー、3歳)。元々はウイルス感染症拡大の渦中、女将さんが孤独にならないかを懸案し、娘さんの提案で三英荘にやって来たそうだ。
以前にも記事にしたが、良い湯治場には必ずと言って良いほど動物がいる。湯治は時に孤独な戦いにもなる、開始から2~3日は好転反応(一時的な体調不良)が訪れ、出不精になり籠ってしまう危険性もある。
だがこの愛玩を前にして、寝たきりという訳にもいかない。
去年も御多分に漏れず、滞在中一時的な激痛に見舞われたが、それでも毎日モモと遊んだ。抱っこをするのも腕の運動、歩いて追いかけるのは脚の運動だ。
標高1,000mの増富温泉、この宿にはエアコンがない。夜は肌寒いほどだが、日中は真夏日となる。2方向の窓を全開にしてドアを開け、扇風機を回すことで凉を取る。
全く鳴かないモモ、カーペットのため足音もしない。部屋で仕事をしていると、いつの間にか背後にモモがいる。夕方になりドアを閉めていても、「ドンドン」と音がする。最初女将さんが来たのかと思ったが、戸を開けるとモモの姿。どうも前足をドアに乗せるように叩いているようだ。
ある程度長期で滞在をしていると、部屋の中に私がいることを認識して「遊んでくれ」と、この行動を取るのだという。これをやられては、余程の犬嫌いでもなければ誰でもメロメロになってしまうだろう。
滞在中、驚くほどのスピードでモモの毛は伸びた。最終日が近づくに連れてちゃんとモフってきた。
私 「全然大きくなってないね。去年と全く同じサイズだ」
女将 「もうこれ以上大きくならないらしい」
私 「へえ、でも少し落ち着いたね。去年はもっと飛びかかって来た」
女将 「ちょっとね。でも今でも踵をガブガブやるよ」
夕刻、陽が傾きかけた頃、女将さんはモモを散歩に連れて出る。
蓄熱したアスファルトの温度は肉球が溶けてしまいそうなほど。16時を過ぎると瑞牆山の方から山風が吹き、一気に涼しくなる。
時々私も一緒に散歩に出た。女将さんは作り過ぎたという煮物などを持って温泉街に繰り出す。館内に入って行くと、必ず返礼品の果物や野菜をゲットして帰って来る。私も一日一個、女将さんから渡されるフルーツを食べた。
今回の一週間湯治。数日はテレワークで稼働していたが、後半は夏休みを接続して治療に専念した。贅沢な悩みだが、湯治ワーケーションと言いつつ最近は仕事が手から離れず、温泉地においてウェブ会議ばかりやっていることも多い。増富温泉に期待しているのは保養ではなく「治療」だった。
自炊が出来るのが望ましいが、残念ながら増富の自炊棟は全て休館状態となっている。感染拡大による一時的な休業という建付けにも見えるが、恐らく復活はないものと思われる。
客自体が減っているのもそうだが、やはり見ず知らずの客が火元を利用するリスクを天秤にかけると、「やるものではない」と以前とある館主から伺った。
増富温泉街には旅館やお土産屋を兼業している飲食店が4軒あるが、何れも夜は閉めてしまう。昼の内に店に顔を出し、夜の注文をしておくとその時間には開けてくれるという具合だ。定食や麺類など、一通り揃っており値段も安い。
週末から休暇を嚙ませた増富逗留。
朝は散歩に出て神社へ平癒祈願。朝食は女将さん手作りの食事を食べ、昼は犬と遊び、夕食は村松物産店でうどんなどをいただく。
隠遁生活と痛みのない日々へ、憧憬の念は尽きない。
毎日3時間近く風呂に入り、徐々に源泉が効いてくると、少しずつそれに近づいて行くようだった。
つづく
令和4年8月11日
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