源泉回顧録【塩原~南会津③ 沈黙の木賊温泉】
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※この記事は2020年2月の日記を元に、加筆修正をしたものです。
「一番良かった温泉はどこですか?」
温泉好きならば幾度となく問われてきたであろうこの質問。三日三晩頭を抱えても、ベストアンサーを導くのは超難関。温泉を回れば回るほど、その難易度は高くなる。
いつ行くか、誰と行くか、何を重視するか、それによって答えは変わってくる。私の源泉人生、記憶をザーッと振り返り、頭を過るいくつかの湯。その中に必ず入ってくるのが「木賊(とくさ)温泉 岩風呂」だ。
南会津町湯ノ花温泉から車で10分。緑に囲まれた寒村地を抜けていくと、商店や旅館がぽつぽつと現れる(ほとんど営業していないようだ)。
通り沿いの共同駐車場に駐車し、川縁へと続く階段入口へ。赤い募金箱が設置されており、こちらも200円を投金する無人共同浴場スタイル。
全国からファンが訪れ、混浴ではあるが湯あみ着着用可(近くの商店でレンタルしてくれる)とあり、男女問わずいつも賑わっていた。手を延ばせば西根川に届きそうなほどのロケーション。全国有数の「足元湧出泉」とあり、鮮度も素晴らしかった。温湯のためいくら浸かっても疲労感が来ない。
気分も開放的になるのか、入浴中に親しくなる方も。いつも2時間は入っていた。リウマチや関節痛の治療で通っているという方にもお会いしたことがある。
だが、悲劇はまた繰り返される。
2019年の台風19号。長野県では別所線の陸橋をも飲み込んだ大水害。twitterの情報で「岩風呂」が再び流されたことを知る。災害の規模から、これまで以上の大傷を負ったことは想像がつく。大丈夫だろうか、、
あの被害から数か月が経過したころ、湯小屋の再建こそ間に合っていないが、営業再開したとの情報が入る。私が見たのは南会津町の公式サイトだった。
脱衣所や目隠しすらない完全露出型のワイルド系浴場として、営業中の体裁を取っているようだ。「入浴はできますが自己責任で」、との張り紙が出ていることも記事で確認できた。
期待と不安半分。内湯の共同浴場「広瀬の湯(※こちらも2021年4月で閉鎖)」を通過し、ようやく見えてきた共同駐車場。
だが、明らかに様子がおかしい。ダンプカーやユンボで満車となっているではないか。
「やっぱりダメか、、」。岩風呂へ続く階段入口には「入浴禁止」の張り紙が出されていた。
近所の方がちょうど通りかかり、様子を伺った。
どうも前週に振った大雨で再び土砂が流れてしまい、湯船は埋まってしまったという。再建に向け動き出したところ、まさに弱り目に祟り目。現在土砂の掻きだし作業中だという。
ある程度予測はしていたことだったが、やはりショックだった。
川縁へ続く階段は生きており、岩風呂の様子を見に行った。
そこには、営業再開に向け土砂を掻きだす好漢達の姿。まるで、パイプ椅子に座るボクサーを必死に手当てするセコンドのようだ。腫れ上がった顔面、切れた目尻にワセリンを塗り、氷嚢で患部をアイシングする。
まだ、「岩風呂」は死んではいない。また戦おうとしているのだ。
どれだけ撃たれようとも、瞼の奥に宿る闘志はこれっぽっちも衰えていない。土砂の下においても、源泉だけは滾々と足元から湧き続けている。
それを支えるセコンド陣、日本全国の温泉ファンの期待を背負い、再びリングに送り出そうとしている。
暫く入ることもできない岩風呂を前に、言葉もなく呆然と立ち尽くす。
そうか、私はいつからか10年以上に渡る闘病史の中で、「岩風呂」に光明を見出し、自分と重ねていたのかもしれない。激痛に低白血球、周期性のスパイク熱、自己免疫等の原因不明の血液異常。検査に次ぐ検査、それでも未だ見えて来ぬ病の全貌。
通院の日々に心身衰弱し、何度臥床にのた打ち回ろうと、私は源泉を追い今日も岩風呂の前に立った。
「あなたのように強く生きていきます」
捲土重来の精神を誓い、復旧を目指す岩風呂に別れを告げた。
令和2年2月頃
※2021年8月現在、建物は再建されたものの保健所の許可待ちとの情報。ウイルス対策も斟酌した上での再開と思われる。
画像は観光協会のホームページより拝借しました。