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早春、南伊豆逗留記①【下田で温泉ワーケーション】
2月末日。私は久々に自炊道具一式を積載し、愛車と共に東名高速を西へと向かっていた。御殿場を超え函南に入り、貫通が待たれる伊豆縦貫道を南下する。
長岡から修善寺、そして湯ヶ島へ。
わさび園の棚田を横目に見ながら天城を越える。ちょうど百花繚乱の河津桜の候、渋滞に苛立ちつつも伊豆の南端下田市へと到着した。
これから逗留の舞台となるのは、市内北部に位置する横川温泉「千代田屋旅館」。伊豆では数少ない自炊棟を持つ旅館だ。かけ流しの源泉で治療をしつつ、1週間のワーケーションに勤しむ。
ここには過去に一度だけ泊まったことがある。
中伊豆、西伊豆と湯巡りし、最後に寄ったのが千代田屋だった。その時は旅籠に泊り、女将さんに頼み別館の自炊棟を覗かせてもらったのだ。
本館から数メートル離れにある別棟。3泊以上からであれば利用できるという。小さいがキッチンや冷蔵庫、食器類も一通り揃っており、部屋も手入れがされていた。生活するには何も困らない印象だった。炊飯器や調味料など、必要であれば貸出してくれると女将さん。
実は伊豆で長期滞在をするのはこれが初めてのこと。
湯治の基本はやはり東北、この事実はこれからも普遍であり続けるだろう。
すぐにでも鳴子(宮城)や肘折(山形)に行きたい気持ちは山々だが、自宅からそう簡単に行ける距離ではない。
私の身体では一日に運転できる時間は3~4時間が限界。どちらに行くにも中間地点で一泊しなければならない。大型連休にでも接続できれば造作ないが、出社と通院の都合もある。
予てより自宅から3時間程度で、安く自炊ができる宿を探していた。
できれば東京よりも温かく穏やかな気候、南の地。当然かけ流しの源泉が出ていることが前提、今回はその宿願が叶った形だ。
だが「伊豆半島」というだけで、どうしても懸案されてしまう湯の質。
大型開発・巨大ホテル・加水に循環・消毒液・・・想念されるのは源泉は二の次駄湯のイメージ。
私自身ある時期、伊豆の温泉を忌避するかの如く東奔西走していた。
東北や甲信越、九州までをも巡りかけ流しの源泉を追った。これは私に限らず、温泉沼にハマりし者が皆経験する過渡現象ではないだろうか。
だがそんな僻見も次第に柔和していき、伊豆にも良質で個性の際立つ源泉が数多く存在することに気が付く。特に伊東から西、山間部にひっそり湧く一件宿や、小さい港町が点在する西伊豆エリアは刮目すべき名湯が揃う。
漁港の目の前「雲見温泉」、つげ義春氏宿泊「松崎温泉 山光荘」、現代湯治の宿「神代の湯」、伊豆半島唯一の国民保養温泉地「畑毛・奈古谷温泉」などの温湯群も素晴らしかった。言わずもがな、河内温泉「金谷旅館」も忘れてはならない。
今回湯治の舞台に選んだ千代田屋旅館もまた、100%完全かけ流しの湯をいただくことが出来る。浴槽は2~3人サイズの貸切湯が2つ、下田は単純温泉しかない印象だったが、こちらは「硫酸塩・塩化物泉」。ph8.6のアルカリ性の高温源泉は、配湯量の調整により適温だった。
当節、一時の厳寒こそ落ち着きつつあるものの、時折襲う低気圧や寒波は容赦なく激痛となり全身を襲う。東京よりも一足先に開花を迎えし春風駘蕩の地は、私の身体にとっても渡りに船の存在だった。
河津から松崎方面へ抜ける道中。左右に点々と鉄柱の温泉櫓が見え始めた。やがて右手に見えてきたのは「里山の別邸 下田セントラル」。その数百メートル先、信号を左折し狭路を登り切ると「観音温泉」。
温泉ファンでなくても、一度はその名が耳朶に触れたことはあるだろう。どちらも東京に本社を持ち、贅の限りを尽くした超高級旅館。何と一泊分の宿代で、私が投宿する自炊棟にて一週間雨露を凌ぐことが出来てしまう。
高級志向の両宿の鞘当てを嘲笑うかの様に、私はオールドスタイルの袖型蛍光灯看板へと吸い込まれていく。盤面には「長期滞在・自炊OK」の文字。
緩やかに坂を下ると、鮎釣りの名所としても知られる稲生沢川を渡る。護岸工事中の清流沿いにひっそりと佇むのは、開業150年を誇る老舗宿。チェックインは湯治宿らしく13時(※旅館部は15時)。
私 「こんにちは。お世話になります」
女将 「ヨシタカさんですね。お待ちしてました」
迎えてくれたのは正装のスタッフではなく、エプロン姿の女将さん。私が求めているのはこれだ。 館内を一通り案内いただく、間違いなく風呂も完全貸切、部屋も一棟貸切だ(他の客は来ない様で、)。これではクラスターの心配はあるまい。
こうして伊豆での湯治生活は幕を開けた。 ちなみに今回の宿、一泊素泊り4,000円(消費税・入湯税別)である。
<※連泊条件等あり。ネット掲載はなし。一般旅館部は2食付、素泊りでじゃらんから予約可能>
令和4年3月2日
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左に「観音温泉」、奥は「昭吉温泉」こちらも超名湯
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<次回はこちら>
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