秋冬に、最も行きたくなる温泉【群馬 沢渡温泉】
私を温泉酔狂者へと導いたのは、間違いなく沢渡温泉だ。
8年前、出口の見えない身体の変調と仕事の徒労感を覚え、塵界から逃れるべく一人旅を思い立った。安閑・静謐を求め、山の温泉地へ・・・
自宅から2時間半、辿り着いたのは中之条町「四万温泉」。
まだ温泉と銭湯の区別もつかぬこの頃、伊香保や草津温泉ほど騒がしくない地が望ましかった。孤独を助長せぬ様にと。
四万温泉の静寂さと山水の美景は理想通りだった。
清流を沿うように少々鄙びた温泉街が並び、映画「千と千尋の神隠し」のモデルの一つとなった「積善館」。スマートボールや射的場などのレトロな遊技場などの景物もあり。
何よりも、初めてまともに入浴したと言える「源泉かけ流し」の湯。
内側からジリジリ効いてくる感覚、汗と共にストレスが流れ落ちるよう感触を捉えた。初の一人旅は上々の出来。これなら治療にも良さそうだ。
再訪を誓い四万温泉を発った。
チェックアウトは10時。帰路に着く前にもう一湯。
四万温泉街から川下へ5キロほど、二股に分かれる街道を右折する。草津方面へとハンドルを切り、こちらに来てから知った沢渡温泉へと向かった。
共同浴場に入り、軽く逍遥でもしようと思ったその地に、地球の自転が止まったような衝撃を受けた。
「こんなところに温泉街があるのか??」
絵変わりしない寒村地の小路を抜け、陵丘を登って行くと旅館が立ち並ぶ一角に出た。
目的地の共同浴場の駐車場は3台分。満車のため通り過ぎてしまう。結構な急坂を降りると小川があり、その横にある町営駐車場に駐車した。
「何もない」
それが通り抜けた時の沢渡の印象だ。
100年前、歌人若山牧水が暮坂峠を越えて骨を休めたというこの地。その時と、何ら変わらないのではないか。
急坂を歩き、寂寥感漂う温泉街へと戻って行く。
四万温泉に見受けられた巨大ホテルや遊技場は皆無。旅館か自宅か見紛う二階建の旅館群に、筆舌にし難い郷愁に駆られる。
四万温泉に行くという大義を果たした数十分後の出来事。
「あれっ??私が求めていたのは、こちらかも。。」
番台で300円を支払い、平屋の共同浴場に入る。大小二つの湯船に張られていたのは激熱の源泉。石膏臭が漂い、無色だが卵スープの様な湯花がふわふわと舞っていた。
居合わせたお爺さん達は、ポリタンクや大量のペットボトルを持ち込んでいる。重たいだろうが、皆汲み湯をして持って帰る。
私 「飲むのですか?」
男性 「そう、米もこれで炊くんだよ。胃腸に良いからね」
手ですくって源泉をいただくと、ホットミルクの様な香りが鼻に抜ける。米炊き水にはちょっと癖がありそうな、、お粥には良さそうだ。
激熱の源泉に顔色一つ変えず湯に浸かる地元民達に紛れ、修行僧の如く身を沈める。
「半可通と思われてなるものか」
身体を真っ赤に染めながら、入退浴を繰り返し一時間ほど浴場にいた。
湯上り後も汗がなかなか引かない。だが四万で感じた以上の心地良さを覚えた。そして、酷かった関節痛が引いている。
温泉に治療の可能性を見出した私は、週末になれば全国各地に出向く。
霊泉から激湯、強酸性から強アルカリ・・・だが止り木のように、時折沢渡へと戻って行く。
「まるほん旅館」は、日本屈指の建築美を誇る内湯を持つ。
2食付きがベースとなり、この地では最もハイグレードな旅館だ。関東圏に住む友人に「おすすめの宿は?」と問われると、私は真っ先にこの宿を紹介する。
治療を兼ねた長逗留の際は、共同浴場を挟んでその隣、「龍鳴館」へ。
私はこちらを最も多用する。牧水が草津温泉から四万温泉に向かう途中、立ち寄ったのがこの旅館だ(当時の名は正榮館)。「いい湯だった」と、みなかみ紀行に残している。
少々年季の入った旅館だが、総檜の内湯には共同浴場以上の湯花が確認できる。連泊素泊まりプランがあるため、長期滞在の際には有難い存在だ。
沢渡温泉の湯元は1本しかなく、湧出量100数ℓと決して多くはない。この限られた湯量を、10数件の旅館で分湯する。詳しい内訳までは分からないが、総湯量の多くを「まるほん旅館」、「龍鳴館」と共同浴場に配湯しているという。
その他の旅館群も、小さく、どこか懐かしく、何れも家族経営。
この温泉街では、旅館の経営権の第三者への譲渡が許されず、家督相続となる。どの宿に行っても祖父母を追懐させるご主人・女将さんの歓待を受ける。
とある旅館でのこと。
私は治療のため素泊り連泊で訪れていた。夕食はどうしてもコンビニの弁当になる(温泉街には商店がない)。夕刻になるとそれを持って女将さんの元へ行き、レンジで温めてもらう。
数分後、その弁当はお盆に乗せられて返って来る。生野菜や煮物に味噌汁、時には茶碗蒸しと一緒に。
「賄いでごめんね。それだけじゃ足りないでしょ。」
「ちゃんと食べないと元気出ないよ」
ありがとう。女将さん。。
派手にライトアップされた奇勝に高級旅館。「源泉」も同様に観光資源に成り下がった温泉街とは一線を画す沢渡。
そろそろ、その時期だ。
旅の寂しさ、もののあわれ、激熱の源泉が恋しい季節がやってくる。
何も起こらないが、何故か私の足は沢渡温泉へと向かう。何度でも・・・
※共同浴場の写真は沢渡温泉組合の公式サイトからお借りしました
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