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夏の湯治⑭【群馬 大塚温泉 (前編)】

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 群馬北西部に位置する中之条町。長野と新潟にも隣接する広大な町には名立たる名湯が揃う。4万の病を治すと言われる「四万温泉」、草津の上がり湯「沢渡温泉」、川を堰き止めて作るワイルド系露天「尻焼温泉」などなど。

 超一級品の温泉天国の中、私が5日間の湯治の地に選んだのは「大塚温泉 金井旅館」。地元民や湯治客、また一部の温泉マニアでもなければ知ることはないであろうこの地。温湯とあり、夏場になると度々日帰りで訪れてきたが宿泊は初めて。

 以前から宿泊してみたかったが、こちらの宿なかなか予約をするにも二の足を踏む。とにかく情報が少なすぎるのだ。

 じゃらんや楽天トラベルと言った予約サイトには一切掲載なし、公式ホームページなし、中之条町サイトにも存在は確認できるが詳細が全く分からない。間取りやアメニティ、wi-fiの有無に一泊料金まで不明だ。

 ただ昔見た「医師も驚く”奇跡”の温泉」という書籍には、1泊3食付き5,500円という情報が掲載されていた。20年近く前の出版物、当時の消費税率は5%。多少の値上げは覚悟は必要か。

 
 宿に荷電すると社長らしき男性に繋がった。かなりぶっきらぼうな対応に
本当に番号が合っているか?と不安に駆られる。
 旅館名も名乗らず、電話しても尚詳細は明かされない。だが5日間湯治したいという旨は伝わったようだ。湯治場らしいと言えば湯治場らしいか。
 いよいよ現地に着くまで、料金すら不明のままチェックインを迎えることに。

 宿泊もさることながら、日帰りで立ち寄る際も最初はその独自ルールに戸惑った。正面玄関の戸を開けると、まず飼い犬にギャンギャン吠えられる。
 帳場らしいものは一応あるが、呼び鈴を鳴らすも一向に誰も来ない。館内をウロウロしていると一人の老父に遭遇。

私  「あの、日帰り入りたいんですけど」
男性 「日帰りは裏からだよ」

 どうも勝手口から入場する仕組みのようだ。
裏手に回っても受付もなく従業員らしき人もいない。源泉を採水している女性に尋ねると、「そこに小銭を入れれば大丈夫」と机の上を指さした。
 
 そこには鰹節削り器のような木箱があり、張り紙が貼ってある。小学生まで100円、中学生~は300円。2時間までで追加1時間100円とある。

 盗人どころかカラスにも持ち逃げされそうなセキュリティの甘さ。
鯉が泳ぐ中庭の池の奥に勝手口があり、中を進むと浴場に着いた。予備知識なしではなかなか湯までたどり着けない。だがこの不案内さが良泉への期待を高めてくれる。


 大塚温泉は開湯600年の歴史を誇り、戦国時代は真田系の武将たちの傷も癒したという。出典は不明だが、「ぬるくとも 効能あつき湯の徳は 田から和喜来る 人に会ふ塚(おおづか)」、という古人の詩が残されており、中庭にて石碑が確認できる。予てから温湯温泉として親しまれてきたようだ。

 
 毎分湧出量は800ℓと1軒宿としては贅沢過ぎる湯量。34度の源泉が循環されることなく全ての浴槽を満たす。浴槽に留まらず、中庭の鯉や無数の観賞用の魚(名前を失念)が泳ぐ新館近くの池に流れているのも源泉。シャワーを捻っても出るのも源泉だ。

 旧館には混浴内湯が一つ、薄暗く年季の入った浴場はホラー系。館主に頼めば一晩中入れるようだが、湯治客ですら「お化けが出そう」と話す。
 昔ながらの混浴を残している理由は、夫婦や家族で訪れる湯治客への配慮だという。湯治客は独歩が出来ない方も多い、リウマチや術後の方も多いため、補佐がいなければ入浴ができない方もいるのだ。
 山梨県は下部温泉、「橋本屋」でも同様の理由で同じ造りで残っている混浴があった。


 リニューアルされた新館は脱衣所も浴槽も清潔。
 内湯には源泉34度、加温38度、41度の3つの湯船があり、源泉の混浴露天が1つ(冬場は寒くてとても入れない)。皆基本的には源泉浴槽に数時間浸かり、上がり湯代わりにさっと加温浴槽に浸かりフィニッシュ。

 地元客から聞いた話だが、温湯と知らずに銭湯感覚で来てしまった方は、「身体が温まらない」と、二度と現れないという。やはり「温泉は熱けなければならない」、と考える方が大半なのだろう。

 
 多くの湯治場に浸かり、温湯での長湯伝説なども多聞してきた。だが大塚ほどの異空間はなかなかお目にかかれない。日帰りで2時間の滞在時間中、ほとんどの人が退湯することなく、悟ったかのように閉眼し微動だにしない湯治客。
 
 「何時間入っているのですか?」と問うと、「5時間」「一日」などの返答も。
 
 「この方達は追加料金払ってるのかな、」と邪推してしまうが、まあローカルルールでセーフなのだろうか。


 様々な思い出があるこの湯。だがここから5日間の滞在、個性派地元民や(珍客?)とも見えなくない湯治客に次々に出会うこととなる。


  
                          令和3年6月28日

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