東京大学2020年国語第1問 『神の亡霊』6 近代の原罪 小坂井敏晶
「学校教育を媒介に階層構造が再生産される事実が、日本では注目されてこなかった。」
日本の学歴の頂点とされる東大の入試初日の最初の科目である国語の第1問の問題文冒頭に、上記の文が記されていたのは、2020年度入試。
前年度の入学式の祝辞で上野千鶴子氏が、「がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています」「がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください」と述べたことが話題になった。
それから丸一年たたないうちに、まさに学校教育が階層構造の再生産の一翼をになっているという警鐘を、受験生が最初に目にする文にすえたのは意識的だったのだろうか。
(一)「不平等が顕著な米国で、社会主義政党が育たなかった一因はそこにある」(傍線部ア)とあるが、なぜそういえるのか、説明せよ。
傍線部アの文は平易で論旨も明確である。にもかかわらず、この設問は、正解にたどりつくのが容易ではない。
傍線部を言いかえると、「米国では不平等が顕著であるにもかかわらず、社会主義政党が育たなかった原因の一つはそこにある」となる。ここでいう「不平等」とは制度的な不平等ではなく、「結果の不平等」、言いかえれば社会的格差のことと考えられる。
また、「そこ」とは「人種・性別など集団間の不平等さえ是正されれば、あとは各人の才能と努力次第で社会上昇が可能だと信じられている」ことである。
理由と結論を反対にすると、傍線部は「(ほかにも理由があるかもしれないが、)米国では、機会の不平等さえ是正すれば、あとは個人の才能と努力によって社会上昇が可能だと信じられているため、社会的格差が顕著であるにもかかわらず社会主義政党が育たなかった」ということである。
ところで、この設問を難しくしているのは「どういうことか、説明せよ」ではなく、「なぜそういえるのか、説明せよ」となっていることである。因果関係が成り立つ理由を述べなければならないのだ。
単純な例として、「正三角形の一つの角が60度である理由は、正三角形が三角形の一種だからだ」という文について考えてみる。これを言いかえると、「正三角形は三角形の一種だから、その一つの角は60度だ」となるが、依然として論理に飛躍がある。
飛躍した論理をつなぐためには、たとえば「正多角形の一つの角は内角の和を頂点の数で割って求めることができ、三角形の内角の和は180度だから」という理由を間にはさめばよい。(もっと丁寧にいえば、三角形は多角形の一種であること、三角形の頂点の数は3であること、も理由となる)
そう考えると、「個人の才能と努力によって社会上昇が可能だと信じられている」ことと「社会主義政党が育たなかった」ことの間をつなぐものを特定すれば、それが解答となることがわかる。
第2段落には、「自由競争の下では違う感覚が生まれる。成功しなかったのは自分に能力がないからだ。社会が悪くなければ、変革運動に関心を示さない」とあり、これが該当しそうだと見当をつけることができる。
この「成功しなかったのは自分に能力がないから」という考え方は、第5段落では「才能や人格という〈内部〉を根拠に自己責任を問う」とも表現されている。
格差が自己責任の結果なら、社会を変革する運動によって解消すべきものとはならなくなる。そしてそうであれば、社会主義を支持する必然性は乏しくなるわけである。
傍線部の「そこ」が「個人の才能と努力によって社会上昇が可能」であることを解答に明示する必要があるので、それを加えてまとめると、「才能と努力によって社会上昇可能なら、いくら格差が顕著でもそれは自己責任の結果とされ、社会変革運動によって解消すべきものとならないから。」(67字)という解答例ができる。
(二)「自己責任の根拠は出てこない」(傍線部イ)とあるが、なぜそういえるのか、説明せよ。
まず、自己責任の根拠とは何か。それは第6段落の後半に「家庭条件や遺伝形質という<外部>から切り離された、才能や人格という<内部>を根拠に自己責任を問う」として述べられている。つまり、個人の自己責任は、根拠が外部とは無関係の内部になければ問うことはできない。
しかし、第7段落では、自己の内部はすべて外部に起因することが述べられている。「才能や人格」「偶然」「心理」「意思や意識」など一般的に内因と考えられているものはすべて外因によってうまれたものなのだ。
さらに、傍線部イの直前には「外因をいくつ掛け合わせても、内因には変身しない」とある。
以上から、「自己責任の根拠となるのは外部要因とは無関係の内部要因だけだが、才能や人格、意思や意識など内因とされるものもすべて外因に起因するから。」(66字)という解答例ができる。
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