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岡ひろみは今もいる


「えこひいき、してるんだよ」

ニヤっと笑って、先生が言った。

中学の部活だ。
私はテニス部に入っていた。
「エースをねらえ!」の岡ひろみに、めちゃくちゃ憧れていたのだ。お蝶夫人じゃない方。
おそらく再放送アニメで「新エースを狙え!」が正しいが、とにかくあれは私のハートをガッチリ掴んだ。


岡ひろみには、宗方コーチが必須である。

1年の時の顧問は、アニメに仕立てると、まぁまず顧問Aとして、名前もつかず、せいぜい「面倒くせぇなぁ」というセリフが入る程度のお方だった。

2年になってからだ、宗方コーチが現れたのは。
宗方コーチというが、それは女性だった。
女性だったけど、とにかく激しかった。


「おい、そのぐらいのボール取れなくてどーすんだよ!」
「もっと走れ!くらいつけよ!」
「本気出してんのか!?」
「泣くな!ボール見ろ!」
「見ろっつってんだろー!!!」

このぐらいの怒鳴り声は日常茶飯事だ。

今のご時世の子供たちはどう感じるんだろうか?やっぱり怒鳴るのはダメなんだろうか。

私は。

私は、とにかくシビれていた。
リアル宗方に。

あの時の先生は「とにかくがんばれ!」「ついて来い!」「お前らを絶対強くする!」
怒鳴り声にそれが含まれているのが、ちゃんと伝わってきていた。

顧問Aが無関心とすると、
新顧問、女宗方コーチは、愛と根性ぶつけてくるタイプだ。
豪速球すぎて、無茶苦茶怖かったけど。

そして私は、岡ひろみになりきっていた。
泣きながら「ハイッ!!」とボールを追う自分に、酔いしれていたと言っていい。

『泣きたい時は、コートで泣けと、あの人は、あの人は、教えてくれたー♪』
この令和に、歌える人どのくらいいるんだろう?胸熱ソングなので共に歌って欲しい。


そして、人間、
しっかり愛を持って指導される上に、
酔いしれる程に食らい付いていると、
運動神経が悪くても、そこそこちゃんと上手くなる。
気づけば、私はレギュラーの座をとっていた。

誰かに勝ちたい、その欲求より
「岡ひろみに近づいている」
そっちが私を引っ張っていたので、
「TVばっかりみて!」とよく怒られたものだが、アニメや漫画は上質の教科書だと今も思う。
娘よ、目指せ炭治郎だ。

そして、宗方コーチは、あの手この手でチームを強くしようと試みる。
レギュラーだった6人は、毎週末、高校生と試合をするよう言いつけられた。
毎週毎週、街にある高校に出向き、練習試合をさせてもらうのだ。
田舎からバスに乗って、指定された服装はジャージだった。

だっせージャージ着て週末の街に行く。

まず、そこらへんで、私達はげんなりしていた。
加えて、高校生も「芋くせーのが来た」程度の扱いしかしてくれず、試合以外ではあまり相手にしてくれない。
かつ、中学生に負けるわけにはいかないというプライドもあるだろう、わりと本気なのに、本気じゃない体でくる、そのバランスが悪かった。

つまらなかった。
宗方コーチには教えてもらえない、高校生は冷たい、そしてジャージがダサい。

とうとう、私たちは根を上げた。
「もう、高校に練習試合しに行きたくありません!」
「なんでだよ?」
「そもそも、なんで私達だけなんですか?」
「お前らの試合慣れのためだよ、それでお前らはもっと強くなれんだよ」
「じゃあ、みんなで行くべきじゃないですか!私たちだけなんて、そんなの贔屓じゃないですか!」


「そうだよ、お前らをえこひいきしてんだよ」

宗方コーチは、私たちをみて、ニヤっと笑った。

あの時ほど、えこひいき、の響きが格好良かったことはない。
頭のてっぺんから爪先まで、電気が走ったみたいな感覚だった。

「そんなの、先生が言ったらダメじゃん」
メンバーでそういっている子がいたが、私は惚けたみたいに「えこひいき」を反芻していた。

あれから30年ほどの月日が経った。
そんなに経ったか。
それほどの時が経過しても、
「えこひいきしてるんだよ」
を思い出す。

先生は、その後若くして病に侵され他界してしまった。もう、どこまでいっても、リアル宗方じゃないか。そこまで忠実じゃなくて良かったのに。

20歳すぎたころだったか、ひょんなことから一度だけ年賀状のやりとりをしたことがある。
「お前の、泣きながら食らいつく顔は忘れない」
そう書いてあった。

先生ごめん、あれは、岡ひろみが憑依してたんだ。あと、泣いたのは2回ぐらいだからね!
とは、言えないままになってしまったんだけど。

思春期の不安定なあのころに、
先生から受けた「えこひいき」は、
その後の私の人生で、
新天地で怖気付いたり、腐ったり、バランスを崩した際の私を奮い立たせる。

「もっと強くなれよ、えこひいきしてやってるんだからな」

勝手にそう解釈する。
「えこひいき」されてる自分に誇りを感じる。
あの時、悪そうな顔をして笑った先生が、背中を叩く。
「ほら!行けよ!」

先生、私はまだちゃんと「岡ひろみ」ってますか?


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